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ルリノミダマ

作者: 葉月十葉
掲載日:2014/03/08

2008年。

地震がまだ起きてなくて、

携帯が普及しきる前で。


クトゥルフなんてまだ流行らなかった時代ですけど

すごいのに絡まれてろくな結果が残らなかったら困りませんか?


あ、困らない?

そうですか。

時代か。

 **県里島市の寂れた住宅街の中に、ヤマタノ神社という神社がある。駅に近い賑やかな場所からほんの少しだけ奥に入るだけで、そこは常に寂れていた。ただでさえバブルがはじけ、無駄に白い家屋と猫の額ほどしかない庭をぎゅうぎゅうに詰めていた見た目だけ綺麗な宅地を年中砂嵐が襲うだけで今はどこの家も茶色くなってしまっている。

 そんな住宅街の中にひっそりとある神社にいつも、月野瑠璃(つきのるり)は通っていた。時々見れば埃の払われている不思議な神社に、足しげく通っていた。

 何をするわけでもない。ただ、小さな安らぎの場がある神社にいて、夕方までそこでぼーっとしているだけ。なんだか、それだけで十分落ち着くだけだけれど、彼女はそれだけで安心できた。

 それは彼女がまだ中学1年の頃の話。彼女にとっては、はじまりの話。


 今日も自転車を押して神社へ行く。ころころと押していた自転車を止めて、持っていた水筒の中身を少し飲んだ。中学では夏季にしか許されていない水筒の中身は緑茶にしてある。

 4月頭に合わない、妙に涼しい神社が彼女には気持ちよかった。小さいし狭いけれど境内にある木は風にそよぐくらいの大きさがある。一体どれほど前に建立されたのだろう。そう思っていると、彼女は不意に横の気配を感じた。肩がびくりと震える。オバケ。その一言だけが頭に浮かんだ。

「そんなに怖いかい?」

 いつの間にか横にいたのは、赤く、少し長い髪を軽く流しただけの子どもだった。恐らく小学6年くらい。しかし不釣り合いなくらいにしっかりした身なりが気にかかる。白いワイシャツの首元に結んだ細いリボンの緑を除けばどことなく赤味しか感じない見た目の……

「僕は男の子だけどね、獲っても食っても何もないよ」

黒いまつげが美しくて、長く赤くてくりくりとした大きな瞳が瑠璃を見据えた。夕方なのに肌の異様な白さが気になるし、足元を見れば彼は裸足で、片足だけにリボンがついているという妙な恰好だった。

「君は、だれ」

「僕はミダマ」

 ミダマと名乗る少年はふふっと笑う。笑っているようにも泣いているようにも見える微妙な顔で。

「月野瑠璃、君は彼岸花を知っているかい」

「彼岸花? それって秋の花……でしょ」

「君は彼岸花だね。根の毒を知っているなら尚更分かるだろ?」

「何を言いたいんだかさっぱり分からない」

 はにかんでいるのかそうでないのか、さっぱり分からない表情のミダマを見つめる、瑠璃の表情にかすかな焦りが見えた。それは人を見る目ではない。それ以外の、理解のしようがないものを見る目になっていた。つぅ、と季節外れの汗が伝う感覚。上着を着ていても微かに肌寒いのに、それ以上に寒気が襲ってくる。

 自分より年下の少年と話しているはずなのに、瑠璃は神様や怪物と話している気分になってきた。しかしまだ、彼女は僅かな言葉しか交わしていない。

「月野瑠璃がそういう存在なんだと言いたいだけだよ? ああ、例えが悪かったかな。君は彼岸花が何故墓に生えているか知っているかい?」

「知らない……」

「それは骸のそばに咲きたがるから。死を求む旅人達が最後にありつく餌として、華は在りつづけるのさ。だから彼岸花には怨念が眠っている。引き抜けば芳しい百合根の姿。食べれば死の毒。ん、何か心当たりがあるようだね?」

 そう言われたあたりで、瑠璃は自分の体の異変を感じた。腕をびっしりと、蔓が覆っているのだ。艶々とした緑の葉がとにかく彼女の身を包むように生えているのが目に見えて彼女は吐いた。皮膚の下に蠢く根が伸び広がり、茎は肌を破って生え、新たな葉をつける。痛みはない。ただ肌を痒みが襲って、引っ掻いたら皮膚が少し赤みを帯びただけで葉も茎も何も変化しない。やがて葉の中に赤い花が咲いた。露がついて美しい花だ。現実味のなさに理由も分からず、瑠璃は倒れたくなった。しかし残念ながら自分の意志で倒れることは叶わない。ミダマは少しだけ嬉しそうな表情をする。

 もう瑠璃は声を上げて現実から逃げるしかなかった。

「あああ、い、いやだ、気持ち悪い、助けて……! ねえ、君も見てておかしいって思わないの!?」

「久しぶりのことだからね、これは嬉しいことかもしれない。いや悲しいことかもしれないね」

 瑠璃の目からぼろぼろと涙がこぼれて、腕どころか胸や首から生える緑やさまざまな花に身悶える。にもかかわらず見つめる赤い目は歓びの色を見せた。ミダマは瑠璃の腕にぎゅっとしがみついて、ささやきかける。縋り付く彼の吐息は年に合わないくらいに熱かった。幼い瞳が変態的に突然きらきらと輝く。

「ねぇ月野瑠璃。……君はあの彼岸花に、何を見たんだい?」

「彼岸花に……何を」

 未知の恐怖に何も感じなくなる瑠璃は、ただ繰り返す。

「死の毒を見せる彼岸花。君は、彼岸花以外のものを想ってしまったんだろう?」

「そう、だ……アルラウネ」

 答える瑠璃の目には生気がなかったが、ああ、とミダマはひとりうなずく。

「君は死の根から死ではなく、知恵を見出したわけだ。じゃあ君は『アルラウネ』を『語り』続けることになる」

 瑠璃の周りに一気に彼岸花が咲いては枯れて幼子の泣き声が響き渡った。黒い蝶が幾羽も羽ばたく。瑠璃とミダマの周りだけ、神社から別の場所に移っていた。朝焼けが空も地も焦がすくらいの風景の最中、裸足で泥沼を蹴るミダマが、ふっと振り向き、笑って見せる。

 瑠璃の顔の大半を覆う紫の花弁の中で、彼女の目が救われて光を映した。

「いずれ彼岸の叫び声が君を高次元に誘うだろう。死に近づくことと引き換えに、君は未来を見る」

 枯れては咲く彼岸花の中で笑うミダマは、どこか異邦の雰囲気を纏っていた。ただでさえ容姿が異邦的なのに、それ以上に変わっていた。白い肌に映える赤い髪が、燃えるように靡く。左の掌に、蝶が止まる。

「僕は『ミダマ』。此岸にも彼岸にも住まない『書き手』だ」

 そしてぐしゃっという音で全てが現実に還る。ミダマの手の中で、黒い蝶が握りつぶされていた。

 音と共に瑠璃も膝をついた。


 瑠璃が目を覚ましたころには、日はかなり落ちていた。

「いい夢は見られたかな?」

「……うん。たぶん――とても。ねえ、君はいつもどこにいるの?」

 にっこりと笑うミダマ。

「残念ながら、僕はこの外には出られない。此岸と彼岸の曖昧な場所だから、僕はここにいるのさ」

「……そう、なんだ」

瑠璃の記憶からは、あの緑の痛みが抜け落ちていた。ただ、『アルラウネ』を語り続けるという言葉だけが心に刻まれている。ミダマの書いたものを、瑠璃はそう解釈して、これから語り続ける。

「君はこれから、誰かと出会うだろうね。そして、その誰かをずっと守ろうとするのだろう」

ミダマの言葉は瑠璃の胸にすうっと入っていく。誰を守るかは、彼にも彼女にも分からない。

「『その時』が来たときは、またおいで」

瑠璃はただ黙って頷く。ミダマの姿は掻き消えてしまった。



 ミダマは朝焼けの中で水に素足をつけて遊んでいた。ここは里島市の中にもうひとつある此岸と彼岸の間――山奥の廃墟だ。

 ふふんと鼻歌交じりに遊んでいると、突如首元に日本刀を突き付けられる。それに構わずミダマは問いた。

「それって、子ども相手にやることなのかい?チエ」

「テメーなんざガキじゃねえだろうがキタローもどき」

「あはは、ひどいじゃない?」

 冗談代わりに日本刀の刃に沿って黒い蝶を飛ばしてから、ミダマは立ち上がった。

「アンタがこんなとこにいるなんて珍しいな、ミダマ。親父は見つかったのか?」

「いや?むしろ、新しい『物語』が生まれたばかりだよ」

「てめっ――」

 チエ、と呼ばれた少女が振った刃は空を切るだけだ。既にミダマはチエの後ろで不敵な笑みを浮かべていた。

「妄想に走って『噂』にならないだけマシさ。彼女は僕でも制御に困るくらいだったんだ」

「そりゃそうだけどさ」

「父さんを見つけ出すには彼らを巻き込まなきゃならないのは承知だろう?『導くもの』」

 チエの表情が険しくなる。見れば彼女も、黒髪で、赤い雨合羽を着ている。そしてミダマと同じ赤い目をしていた。

「その呼び方はキモいからやめろよ『狭間に立つもの』」

「わざと呼ぶあたりお互い様だよね、結局。……まあ、いつか彼ら彼女らが悲しい目に遭ってしまったら、その時は僕らが償うしかない。それも分かってくれるといいな」

「……だ、な」

 口をとがらせながらも、うつむくチエ。外見は彼女の方が年上だが、ミダマの大人びた口調のせいで正確な年齢差はよく分からない状態になっている。

「それじゃあ僕は、今日もあの場所に戻るとするよ。ごめんね、こんなカラダになっちゃって」

 透けるように消えていくのミダマの表情は、悲しげだった。

創作ものでも割と最近書いたものです。

「里島市」が舞台の話はこれ以外にも色々ありまして、今後はその話を掲載してみたいな、という。

超能力には遠くて、ファンタジーにしてはえげつなく、現代というには少し古くて、学園というにはあまりにも後ろ向きすぎますが、どうかよろしくお願いいたします。

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