少女を中心とする話5
21.少女を中心とする話5
時計塔はこの街の端にある。学校からの行き方は、まず橋を渡って商店街を抜けた所にあり、町役場のすぐ近くだ。灯台下暗しってわけだ。
俺とシノとリンの三人は部活動の一環のごとくに橋を走りぬけ、商店街を掻き分けて5キロほど道のりを走りぬいた。途中商店街の人たちとすれ違ったが、あまり不審な目で見られることは無かった。木剣を持って疾走している俺たちを熱心な学生だと思ってくれたのか、シノが有名だったからなのかは分からない。世界の高等制で十本の指に数えられるほどの実力だこの町で知らない人は居ないんじゃないかと思われる。そんな有名人をこんな事に巻き込んでしまっているのはいささか心苦しい。
しかし、この中で一番の正義感を持って実力を持って悪い奴等を圧倒する事を望んでいると思う。普段では決して出せない本気・・・というやつがいかんなく発揮させることが出来る。事によっては、シノ一人でもかたが着くんじゃないかと思わなくも無い。
それに付き従う従順な下僕リン高い身長としっかりした体格キリッとした顔にメガネを掛けているコイツは見た目は真面目の堅物、実際部長のシノが居なければそんな印象なのだが、常に一緒に居ようとする狂信者にして、変態でもある。なんか上手い事一言で言い表すなら・・・やっぱり変態だ。今も走りながら部長の後ろをキープしながら息使いに一喜一憂している。
マジで引くなこれ。
そんなこんなで時計塔の近くに着いた。普段から搭の中には入れるようになっている、確か中の構造は搭の中に入ると広い空間があって奥に階段があるそこから螺旋階段の要領で上がっていく事が出来るといった感じだったか。
『ユウキ、見張りとかいはいなさそうだけれど、気をつけて中に入って行こう』部長が俺を先行させる。
振り返ると意外と近くにシノの顔があって驚く。向こうも驚いたのか、顔を背けられた。『早く行け』さらに怒られた。
『んじゃあ、行くぜ』またしても走り出す。扉を開けて中に入ると誰も居ない。とにかく進むしかない、そう思い階段へ行き、右回りに螺旋階段を登っていく。そこそこ広い階段で三人が横に並んでも少し余裕がある程だったが一列になって上っていく。
走らずに一段ずつ上がって行く。螺旋階段というのは意外と怖い先を見通せないのだ、次の一段を上がった瞬間に襲われるんじゃあないかという考えが頭から離れない。
『おい、ユウキ遅い、先頭を変われ。ビビッてるんじゃ無いか?』
『ビビッてなんか!』ないんだ、ただちょっと慎重になったんだよ。
後ろか声を掛けられた『おい、ユウキ』今度は何だ!
『部長の後ろは俺の指定席』は?何言ってんのコイツ。
『わかったよ、後ろは任せろ』
『付いて来い、遅れるなよ下僕共』なんか楽しそうだな!
シノは駆け上がって行った疲れを知らず、恐怖を知らず、敵の姿も知らず、味方の気持ちも知らずに。だから楽しそうだなおい!
『部長!どこまでも付いていきます!』コイツもテンション上がってないか?
これだけ早く駆け上がっていたら後ろの心配はしなくても良いだろう。
ずいぶん上ったところで、扉が出現するためらい無く押し開けるたのはもちろん部長のシノ。
扉を開けて固まるそこには十人から十五人程のいかにも悪者の集団といった感じで揃えた服装が連帯感を生んでいるようにも思える。黒い服に目深に被った帽子で素顔は分からない。
相手が得物を構える、短いナイフのような刃物で、それはナイフだと思った。
『怯むな、相手を良く見ろ余裕でかわせる。こちらも方が間合いはあるんだ、先に当てれば良い。あんなもの、当たらなければどうという・・・』
『分かった!』最後まで言わせるわけにはいかなかった。
相手は声をあげる事も無くこちらに向かってくる。
まず、シノが相手に向かって突き進んだ。続いてリン、最後に俺。
突っ込んだと同時に相手の呻き声が聞こえる。・・・絶え間なく。
三人で背中合わせに立って背中を捕られないように気をつけながら戦った。言われたとおり間合いでこちらが上だったのでしっかり先に当てられれば問題はなかったが、同時に複数を相手にするというのは初めてでいくらかかすり傷を頂いた。それはリンも同じだったようで、少し苦戦している様子だった。
『お前ら二人とも少し下がってろ』無傷で一人無双しているシノに言われれば従うしかない。長いものには巻かれるもんだ。
あっという間に二人を伸したので、残りは四人で二人がこっちに来ていた一対一なら負ける気がしない。向こうがこちらの間合いを掻い潜るためには攻撃を誘ってかわすか、一気に距離を詰めて自分の間合いに入り込むか、不意を付くか、だいたいこの三つ。分かっているから簡単には打てない。
相対して徐々に間合いを詰めて行くこちらの間合いに入った瞬間に俺は動く、真っ直ぐ振り下ろす。空を切る音そしてギリギリで右にかわされて懐に入られる。踏み込んで振り下ろしたので前に動いているのでそのまま進んで相手のさらに右側を抜けると同時に身体を回転させて木剣を横になぎ払う、見事に相手の胴体に直撃して何とか倒せた。周りを見ると、リンもちょうど倒した所の様で、シノに関してはすでに倒し終わっていてこちらを見ていた。
『よく頑張ったな、行くぞ』シノ・・・お前が主人公だ。
入ってきた扉に相対するようにあるもう一方の扉を開けてまたしても階段を上がる。上がっていくと先程は右手にあったドアだったが今度は左側にある。
扉を開けると外に出た広場になっている。そしてそこに三人の男がいた。大きい奴、細い奴、普通の奴。そしてツバキが縄に縛られいた、今はまだ眠っているらしい。
普通の奴が話し始める。『良くここまでたどり着けましたね、褒めてあげますよ』テンプレすぎるぞ。
『お前ら、目的は何なんだよ、何でツバキを誘拐したんだ!』こっちまでテンプレになるだろうが。
『あなたたちに言う訳ないですよ。ここに来る少年を生け捕りにして連れてくる、もしくは出来なければ消しても良いと言われてるので消す相手に話すことではないのです』
『思いっきり言ってるじゃねーか!狙いは俺かリンってことか』むしろきっとおそらく俺だろうな、ツバキを誘拐してリンが来る可能性はそんなに高くない、むしろ朝にリンが来てなかったらここには居ない事になってるから・・・俺か。
『とにかく行きますよ、覚悟してくださいね、バイオレンス・ジェントルマンによる恐怖の始まりですよ』拳にグローブをはめるとダッシュでこちらに向かってくる。
大きい奴がリンに、細い奴がシノに、普通の紳士風の男が俺に向かってくる。
ちくしょう少しかっこいいじゃねーか!
振り下ろす木剣を拳をクロスにして受け止めてそのまま前進してくるそこから前蹴りをみぞおちに当てられる。
『蹴られる瞬間に剣でこちらを押し返すと同時に後ろに飛んでダメージを殺したか、なかなかやるな。でも入ったところが悪かった、だよね?』
呼吸が上手くできない。そこに間髪を居れずに攻撃を仕掛けてくる。こちらは打ち込むほどの力も入らないって言うのに。かろうじて中段に構えた木剣で捌く。
『あーあ、なかなかクリーンヒットしないモンですねー、困りました、殺す気で行くしかないみたいです』
このでかい男が俺の相手ですか『良いでしょう』思いっきり振りかぶって鈍い動きのデカ男の上段へ一閃振り下ろす。
おもむろに出してきた手ごとへし折ってしまおうという気合で放ったそれはなんと片手で受け止められた。
『おい、嘘でしょ』
『痛いじゃない』そう言われて、そのまま腕を掴まれ思いっきりブン投げられた。
痛そうじゃないし、しかも・・・おねぇかよ。
細いな。それが最初の印象、初撃受けた時に印象が変わる・・・長いな。長くて速い。かわせないほどの速さではないけれどやり辛い。
『お前さんはあれだね、有名ななんて名前だっけなぁ・・・なぁ?』
『人の名前を聞く時は、まず自分から名乗るのが礼儀ってものだろう』
『ああ、悪かった、確かにそうだ、有名人に会えて興奮してしまったよ。俺はバイオレンス・ジェントルマンの一人カズマだ覚えてくれなくても良いぞ?』
『私は、シノ。コートの高等学校に通う剣術部の部長だ』
『これは詳しくありがとうお嬢さん、そうか、世界の十本に入るといわれてる君がシノか、相手に恵まれちゃったぜぇ。楽しみだなぁ、おい!』
『いいから掛かって来い、ばっ倒す』
ガンガン攻めてくる、手数が多くて全部をかわし切れない。何度か木剣で受ける事もあり、そのたびに相手の攻撃力の高さを感じる。
『おい、どうした?防戦一方だなぁ、元気出せよ!』
ッチ!『うるさい!』相手の右ストレートを相手の右側にかわし胴体に向かって横に木剣を振る。
『くっそ!あっぶない』
左手で受けられた。まさか、あの体勢から手が届くの?でも体勢が完璧ではなかったようで、ダメージが通った感触はあった。たたみかけようと木剣を振り抜こうとしたが掴まれてしまった。
木剣を離して距離を取ろうとしたけれどその前に右腕を掴まれる。
『惜しかった、痛かった、残念だったね?』
そのまま腕を捻られ、足を掛けてうつ伏せに倒されて肩関節を決められる。
どこかで、『ズルイ!』って声が聞こえた気がしたが多分気のせいだ。
『女の子相手に関節技ってあんまりしたくないんだけど仕方ないよね、仕事だし。おとなしく見守っててよ友達がやられ・・・え?』
背中に乗る形で抑えられていた状態から身体を逸らせて足を細くて長くて黒い奴の顔を挟むと、そのまま全力で地面に叩きつける。
ゴンと鈍い音がして、同時に、うがぁという呻き声が上がる。
『バカが、関節を決めるなら一瞬で骨を折れ、私を甘く見たな。剣術だけだと思ったお前が悪い』
『お前身体柔らかすぎだろ、普通は動けないんだよ』ふらふら立ち上がりながら負け惜しみを、惜しみなく言ってくる。
『少し肩の関節外れたみたいだが、負けるよりは良い。って事で騎士道の下寝てろ』
って使い方おかしいじゃんよ。
左手に木剣を持ち、ほとんど動けない相手に容赦なく振り下ろす。
『なかなかタフじゃなーい?まだまだ遊べるなんてウレシ。でも余所見は感心しないわね』
変態め!あの細くて長くて黒い奴部長の背中に馬乗りなんて許せない!
『そうでした、俺の相手はお前だったな、デカ男』
『何その、デリカシーの無い呼称、怒っちゃう』
しかし、どうする。タフでパワーバカでオカマか・・・だだし足は遅い。基本はパンチでの攻撃しかしてこない。カウンターを狙ってもなかなか綺麗に決まらない反対の手でガードしたり木剣を振るよりも先にガードが完成する。胴体への攻撃はあまり効果が無い。ピンクの魔人みたいな身体しやがって。
仕方ない作戦変更だ。
戦闘不能にするんじゃなくて、行動不能にする。
ゆっくり近づいてきたデカ男を待ち構えて攻撃を打たせるように誘う。しかし、簡単に乗って来ない。・・・コイツ、バカじゃないんだよな。
左手で牽制のパンチを打って来るだけで、力の入った右ストレートはなかなか打ってこない。ただ、この左だってヒットしたら良いダメージだろうし、何よりも右手のコンビネーションが怖い。
覚悟を決めるか・・・。
『どうしたの?顔が怖くなってるわよ?何か狙ってるのね?』
バレてらぁ『うるさい、デカ男の顔がでか過ぎて、こっちの顔が引きつっただけですよ』
『憎たらしい事を言うわ・・・ね!』さっきよりも踏み込んだ左が来た。
これを受ける。
さらにもう一発今度は中段受けつつかわして一歩踏み込む。
さすがにこのでは距離で右ストレートを振ってくる。
待ってました。懐を掻い潜り背後へ、ちなみにこの挑戦は二回目で最初は後頭部を狙ったが振り向くよりも先に頭をガードされた。
なので、今度は右の膝に一撃二撃。振り向きざまに返してきた裏拳を交わして三撃目を入れる。体制を崩した。もう一押しと思ってさらに振った。相手はかわす事も受ける事もせず攻撃を受けた。これで、完全に右足を使えなくしたと思った。
しかし、相手は予想外にも、倒れながらタックルをしてきた。避けもせず受けもせずこれを狙っていたのか、と思った時にはもう遅かった。がっちり掴まれ押し倒され、マウントを取られる。
『ふふふ、なかなか生意気な子だったけど、だからこそ制圧した時が堪らない』
背筋に寒気が走る。こんな巨漢に乗られたら手も足も全く動けない。
顔を近づけられて、あまりの恐怖に目を瞑った。鼻息なのか口の息なのか分からないが、不快な空気が耳に吹きかけられる。このまま気絶しかけたその時、完全にデカ男が覆いかぶさった。あ・・・俺終わった。
しかし、デカ男は動かなくなった。ん?と思って目を開けると部長がいた。
『さすがに見るに絶えなかったのでな、一対一の勝負を邪魔したくは無かったが、もう決着していたようにも見えたから、汚物は排除する事にした』
『部長ーーー!』一瞬でデカ男をどかして抱きつきに行った。
『触れるな!』
『はい!』もちろんピタッと静止。
『部長の手を煩わせてすいませんでした』
『気にするな、お前は大事な部員だ助けるのは当たり前。それよりもだ、ユウキのやつが・・・な』
辺りの様子を見てみると、ユウキは紳士風で普通の男とまだ戦っていた。
『本当にしぶといですねー、実力の差は分かってると思うんですが、諦めて一緒に来てくれませんか?そうすれば、この関係の無い子も開放させてあげられるんですけどね』
『従ったら、本当に解放するんだな?』
『だから言ってるじゃないですか、ちゃんと返しますよ。それにお仲間だって助けられる』
『何で俺を狙うんだ』
『知りませんよ、依頼主の命令なんです』
俺が素直に捕まれば良いのか?でも・・・。
『ユウキ、私たちなら大丈夫だそいつを倒せ。無理なら手を貸してやっても良いぞ?』
『あれあれあれ?二人ともやられちゃったんですか?学生相手に情けないったらもう、いつの間にか人質も取り返されちゃってるしマズイデスネ形勢が逆転しちゃってるじゃないですか、仕方ありませんね・・・退却です』
そう言うと見るからに爆弾らしきものに火をつけてこっちに向かって来る。
『おいおい、何持ってるんだよ』
『爆弾です、ほら早く逃げないと皆で心中ですよ?助けに来たのに元も子もないですよ?元気に走り去ってください』
逃げるんじゃなくて逃がすのかよ!
『目的は達した、逃げよう!』三人で走りリンがツバキを担いで階段を駆け下りる。
少しして上の方から爆発の音が・・・しなかった。ハッタリだった。
外に出ると自警団の人たちが集まっていて、その中にハルと家族がいた。
自警団の人たちが駆けつけて四人で一応病院へと行く事になった。
俺とリンは軽い打撲が数箇所だけだったので、その日のうちに家に帰ることになった。
シノは肩の関節が外れていたので、入院する事になった。
ツバキはその日のうちに目を覚ました。家族みんなの顔を見た瞬間に大泣きをした。ハルも大泣きをいていた。
ひとまず一件落着だ。ハルとツバキが大丈夫そうなのを確認したので今度はシノのところに向かった。
扉を開けるといくつかのベットがあってそれぞれをカーテンで仕切っている。
その一番奥の窓際にカーテンが開いているところがあって、そこにシノ部長がいた。
『シノ、大丈夫か?』
『ん?ああユウキか、問題ない、ドクターに関節を付けてもらった。一応安静のためにこうして入院することになったけれどもな』
服装は自宅からすでに届けられているようで、寝巻き姿だった。まさかピンクでヒヨコがいっぱいいるようなものを着るとは思っておらず、凝視してしまった。
『あ・・・あんまり見るんじゃない、悪いのか?ヒヨコが悪いのか?』
『いや、シノがそういうのが趣味だったとは意外だと思って・・・な』あと、薄手な素材だから透けて見えそうなんだよ。見ていられない。
『悪かったな、悪趣味で』
『いやそういうことじゃなくてな』
『じゃあ、どういうことなんだ?』
『・・・そ、それよりも無事にツバキが目を覚ましたよ。本当にありがとう。シノがいなかったらきっと助けられなかった』
『うん、良かった、無事だったなら良かったよ。それにお前がとても辛そうにしていたからな、見ていられなかったからな、また何かあったら私に言ってくれお前の力になりたい』
『・・・なってやっても良い』
なんだこれ、すごい可愛いんだけど。
『あ、ああサンキューなその時は頼むよ』
何か話す事はあったはずなのに言葉が出ない。きっとお互いに。
『部長!大丈夫ですか?』部屋にリンが入ってきた。
『む?なんだこの空気は・・・ユウキ貴様部長に何かしたのか!って部長・・・その格好・・・サイコーです目に焼き付けてみせます』何を宣言しているんだコイツは!
『おい、ユウキ頼みごとをして良いか?』
『はい部長』
『リンを家に連れて帰れ!今すぐだ』
嫌がるリンを引きずって病院を出る。
『リン、今日はありがとう俺のわがままのために』
『ツバキを大切に思ってるのは、お前だけじゃない、部長もそうだが、俺だって思っているんだ敵の敵は味方だ気にするな』
『敵が多すぎるらしいなお前には!』完全に使い方を間違えている。
『でもやっぱり、ありがとうを言わなきゃいけないんだよ』
『気持ちは受け取っておく、じゃあな』
『ああ、またな明日な』
俺が狙われている・・・そういうことらしい。色々考えなくてはいけないと思うけれどとにかく今日はもう疲れすぎた。
帰ろう、家に。
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