表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RPGの世界が実在していました。  作者: 寿ヒカル
第一章「ゲームをすると時間が経つのが早いよな」
6/6

第一章・5

 カラン、とグラスの中の氷が溶け、そんな音を立てた。

 ファミレスを訪れてから一時間。ドリンクバーでオレは一体どれだけのおかわりをすればいいのだろうか。少なくとももう一五杯以上は飲んでいる気がする。オレンジジュースやコーヒー、メロンソーダなど色々種類を変えてはいるが、レパートリーにも限界というものがあるのだ。これ以上ここにいると、ドリンクマッドサイエンティストになっちゃうゾ。

 ちなみに席順は通路側にオレが座り、その隣に美里、そして美聖とテーブルを挟んだ向かい側にラタが座っている。

 ラタはよっぽどお腹が空いていたのか、注文した(ラタはメニューが読めないらしく、注文は美聖がしている)料理をものすごい勢いで平らげていき、この店の厨房を軽い戦争状態へと引きずり込んでいた。一時間もここにいるのはそのせい。

 にしても美聖といい、コイツといい、二人の胃袋はどうなっているのだろうか。てか、ラタは金を持っているのだろうか? 持っていなかった場合、おそらく『多額請求』というミサイルがオレ目掛けて飛んでくるに違いない。

「ラタさん、よっぽどお腹が空いてたんですね」

「魔王城には食事休憩できる場所もなかったし、だからと言って厨房もないから殆ど飲まず食わずだったからね」

 ……魔王城、勇者、ペガサス。さっきからゲームの世界で馴染みのある言葉ばかりが彼女の口から飛び出す。そこまで設定に入り込んでいるのか、それともオレ達には想像できない世界が存在するのかは分からないが、一つ言えることはラタ自身、ウソを言っているつもりはないらしい。嘘をついた時に現れる動揺が全く見られないからだ。

 と、ここで美聖はオレが今まで踏み込みたくても踏み込めなかったその領域に、一歩足を踏み入れた。

「……あのー、ラタさん?」

 ん? 何? と今届いたナポリタンをフォークとスプーンで上品に食べながら返事する。大食いだからと言って、マンガのように食べ物を口にかきこむということはしないようだ。

「さっきからラタさんの言う『勇者』とか『魔王城』とかってどういう意味なんですか?」

「ええ? 美聖も知らないの?」

 少し驚いた表情を浮かべ「さっきの男たちも知らなかったけど……ここは辺境の国なのかしら?」と小さく呟いた後、ラタは食事の手を一度止めて、真剣な表情で口を開いた。

「今から数十年前。フェアヴィルング王国にたった一人の少年が乗り込み、その国の城に住むアートルム王に宣戦布告を行ったのはさすがに知ってるわよね。それで――」

「ちょっと待て」

 思わずオレは片手でラタを制し、言葉の一時停止を求める。

「何? 話の邪魔をしないで」

 その行動にラタはイラっとしたらしく、鋭い眼差しでオレを睨みつけてくる。……やべーあの眼光、人殺せるよ?

「色々と話について行けないんだが? 見ろ、美聖も頭がオーバーヒートしてるだろ」

 プシューと沸騰の音が聞こえそうなほど頭から煙を出し、頭をフラフラと動かす美聖。……コイツ、複雑な話とかは順を追って説明しないと理解できないもんな。

「で、そのふぇ……ヘアー何とか王国だっけ? どこにあるんだよ、そんなとこ」

 確実に日本ではないことは分かる。そんな中二チックな名前の場所あったら、一気に有名になるわ。違った意味で。

「フェアヴィルング王国よ! 『アイン・ハイリヒトゥーム・イデアール界』の地図の中央に描かれてるじゃない! 地図くらい見たことあるでしょ!!」

「ンな地図見たことねーよ! なんだFF最新作の地図でも見ればいいのか! それかデラクエの方か!」

「『エフエフさいしんさく』とか『でらくえ』って何よ! 意味分からない言葉でごまかさないで!」

「ちゃんとした日本語だ! 意味が分からねェのはこっちのセリフなんだが!」

 すると、そこでラタの口がピタリと止まる。……どうしたんだ? 自分の中二病設定に矛盾でも出来始めたのか?

 だが、その考えは外れだったらしく、ラタはオレが発したある言葉に喉を詰まらせていたのだ。

「……ニホンゴ?」

「何故、そこに喰い付いた?」

 外国人であろうと、あれだけ日本語がペラペラなんだ。自分の使っている言語の名前くらいわかっているはず。

「ニホンゴって何?」

「は? お前が今使っている言語の名前だろうが」

 そう言うと彼女は、明らかなオレに対する侮蔑の表情を顔に浮かべ、

「はぁ? 何を言ってるの? これは『イデアール語』よ」

「お前こそ何を言ってるんだ? 立派な『日本語』だろうが」

 バンッ、と大きな音がオレ達のテーブルから響く。オレ達が同時に立ちあがったからだ。

「イデアール語、って言ってんでしょ? 頭悪いのかしらアンタは」

「どこからどう聞いても日本語だろうが。何お前、日本という国にケンカ売ってんの?」

 段々とオレ達はヒートアップし、

「そんな国知らないわよ。ニホン? 地図に載ってないぐらいだから相当小さい国なんでしょうね!」

「んだと? 地図に載ってるに決まってんだろうが。お前の目は節穴か。なんなら今地図見せてやろうかアアン? 数年前のガラケーでも地図ぐらい一発で呼びだせんだよ。日本の技術半端ねーんだぞコラ?」

「望むところよ。見せてみなさいよ。がらけー、とか言ってる意味は分からないけどね!」

 左ポケットから折り畳みの携帯を取出し開いた後、ボタンを素早く操作して地図のアプリを起動した。

 すると、画面に自分がいる場所付近の情報が表示される。

「ちょっと待ってろ。今、世界地図モードに――」

 キラキラ……! それがまずオレが彼女を見た瞬間に持った感想。なぜなら、彼女は探究心丸出しの少年少女のような目で、オレの携帯を時には不思議そうに、時には欲しそうに眺めているのだ。例えるならショーウィンドウの前でおもちゃを欲しがる子供、と言ったところか。

「おい、そんなに見るな――」

「アンタなんか見てないわ、この自意識過剰」

「携帯を、と言う意味なんだが。何だ、お前はオレを罵倒しないと死ぬのか?」

 ……ギャップがある人ってモテるとか言うけど、激しすぎると逆に恐怖心しか持てないんだけど。

「で、地図は?」

「あ、ああ……」

 震える手を必死に抑えながら、オレは携帯に映る地図を世界地図モードへと変更した。

 別にこの機能はあらゆる国の地域、道、建物、店が調べられる訳じゃなく、ただの遊び用として入れられたもののようで、世界の地形と名前しか表示はしない。だが、彼女を納得させるには十分な材料だろう。

 しかし。

「……これが地図な訳ないじゃない! 形も違うし、フェアヴィルング王国も、魔王城のあるソレイユ・ルヴァンも描いてないし!」

「だからそんな国は知らないつったろ。これが世界地図なんだ。お前の見てた地図の方が間違ってたんだじゃねぇか? ……あ、これが日本だ」

 画面の一部を指さしながら、彼女にそう説明した。

「ありえない……! アンタ私に嘘ついてるでしょ!?」

「言ってねーよ。今のオレにそんな世界を妄想する力は無い」

 ……はっ! 余計な事を自分で言ってしまった気がする! が、目の前の人物が聞いてなかったので良しとしよう。

「そんなまさか……。あたし、別の世界へ来ちゃったって言うの……? でも次元転移魔法なんて聞いたこと――」

 何をブツブツと呟いているのかは知らないが、とりあえず彼女にとって覚えのない場所に来たことを認識させることには成功はしたようだ。だがそれは同時にオレにある事を考えさせる要素となる。

 何故、彼女はここまで世界の事を知らないのか。

 普通、日本にいる人は外国人であろうと、自らが立つこの国の名前が『日本』と言う事くらいは知っているはずだ。知らないのは生まれてから数年間だけだと思う。

 だがラタの様子を見ている限り、本当に自分の居場所を分かっていない。まるでどこかから『ワープ』でもさせられたかのように。

 それともう一つ、オレには気にかかることもあった。

 知らないと否定はしたものの、フェアヴィルング王国、ソレイユ・ルヴァン。その二つの名前はどこかで聞いたことがあるような気がするのだ。しかもつい最近。

 でも、思い出せない。喉まで出かかっている気はするんだが……オレ、こんなに記憶力悪かったっけ?

 だがまぁ、思い出せないものは仕方ないと考えるのを諦め、携帯の電源ボタンを押して、画面が待ち受けへと戻ったのを確認すると、それを閉じてポケットへとしまった。

「……ま、お前がただの中二病だろうと、異世界から来た勇者だろうと関係ねぇ。今はただの女性だ。自分の元いた場所に帰れるまで、ここを楽しんでいけよ」

「……何よ。ただの村人のくせに……」

「あーはいはい。勇者様からしたらオレはただの村人Aですよー」

 勇者の言葉に皮肉じみたの返事をして、オレはグラスの中の乳酸飲料を一口飲んだ。

「はっ!? 魔王が王国に攻め込んできた!?」

「何を訳の分からん事を言いながら復活してるんだ美聖」

 先ほどまでオーバーヒートを起こし、機能を停止していた美聖が再起動。慌てた様子で辺りをキョロキョロ見回す。

「あれ? 私、今まで何してたんだっけ?」

「お前は今の今まで頭にダメージを受けて気絶してたんだ。家で休んで体力回復して来い」

 オレの言葉の意味が分からなかったようで、美聖は可愛らしく首を横に傾ける。……あー畜生可愛いな。

「あ、そう言えば私、全身怪我してたはずなのに、いつの間にか完治してる……」

 突然、思い出したかのように自分の全身を見始めるラタ。……見たところ怪我していたような痕なんてないように見えるけど。

「次元転移した過程で傷が治ったのかしら……って何、私の体見てんの?」

 凍てつく世界。多分、凍てついてるのはオレの世界だけだと思うが、水風呂に入った後に冷凍庫に入れられたような感覚が全身を貫く。これが氷結系魔法というやつかな?

「兄貴、見るのは男の人だけにするんだよ?」

「それはどういう意味かをじっくり話しましょうか、美聖さん?」

 あれ? こう言いなさいって友達に言われたんだけどな、と首を傾げる美聖。……何となくだが、お前を毒牙に掛けようとしている友達の性別が分かってきた。趣味も。

「とにかく……って、お前はいつまで食い続けるつもりだ! その分の費用、ちゃんと用意してるんだろうな!」

 テーブル一杯に広がる食器の数々。よく確認していくと、ラーメンの器一〇杯。ステーキが乗っていたであろう鉄板八皿。スープの器一五杯。スパゲッティが乗っていた皿一二皿。その他諸々。軽く見積もっても三万以上はするはずだ。……どうやって支払うつもりだろうか?

 異世界の話が嘘だった場合はいくらかのお金を持っているだろうが、本当だった場合、異世界の通貨がこの世界で使えるとは思わない。よって無一文と言う事になるだろう。……ということは必然的に支払いは――とそこで思考を停止した。これ以上考えるとオレの何かが壊れると思ったからだ。

「うーん、この世界の通貨かは分からないけど、これは?」

 細く綺麗な指を持つ掌に置かれていたのは『コロコロランド』と書かれている銀のコイン一枚。…………。

「ゲーセンのメダルじゃねーか!! こんなんでここの代金、支払えるかぁぁぁああああああああああああああああ!!」

「し、知らないわよっ! 向こうじゃ有り余るほどのお金を持ってたけど、こんな異世界に飛ばされるとは思わなかったから持ってきてないし! そもそもあっちのお金がこっちで使えるはずないし! それにこのコインはあのハイコウジョウで拾ったのよ!? この世界の通貨と思うじゃない!」

「そのロープレの勇者理論いらねーんだよ! 拾ったコインが全部財産になると思うな! 世の中そんな甘くねェ!! 後な、勇者みんな人ん家に入り込んでアイテム入手するけど、アレ要するに泥棒だからな! こっちでは犯罪なんだよ!」

「それはそっちの都合じゃない! 私が人の家で道具を拾ったときはちゃんと『どうぞ、持っていってくださいませ勇者様』って言われたわよ! ちゃんと家主の許可あったもん!!」

「人ん家に入り込んでる上に、結局、物盗ってんじゃねーか!」

「……兄貴たち? 何の話をしてるかは分からないけど、店に迷惑だと思う」

 辺りを見回すと、ジロジロと白い目で他のお客たちがこちらを見ている。……どうやらヒートアップしすぎたらしい。

 スイマセンでした、と二人で頭を下げた後、オレ達は静かに着席する。

「……ったく、コレで貸し一つだからな」

 財布の中から四万円を取出し、ラタに差し出すと、彼女は何か納得いかないようにひったくる感じでそのお金を受け取った。

「必ず返すわ」

「おう、そうしてくれ。オレの財布でひっそり溜めていた緊急用の金だからな。返してもらわないと困る」

「言われなくても返すわよ!」

 憤慨するラタを尻目に、革の財布をジーパンの右ポケットへ戻し、グラスに残っていた乳酸飲料を飲み干して、オレはもう一度だけドリンクを注ぎに席を立った。

 悩んだ挙句、結局手堅くコーラをグラスに注いで席へ戻ろうとすると、美聖とラタが真剣な顔をして話しているのが見えた。……何だ? またトラブルだろうか。

 金銭的な事だったらもう助けられないな、と思いつつ席へと戻ると、どうやらオレの想像とは違っていたようで、

「ねぇ兄貴。ラタさん今日、寝る場所がないんだって」

「まぁ、そりゃそうだろう。金が無いんだからホテルとかにも泊まれないし」

 とは言ってみたものの、最初から答えなんて決まっているのだ。

ホテルもダメ。知り合いもいない。野宿は――ラタは勇者らしいから襲われても返り討ちに出来るだろうけど、知っている女の人を野宿させるのは、こちらとしても寝心地が悪い。

なら答えは一つ。後はラタ次第だ。

「じゃあ、ラタさん家に来ない? 私の部屋広いし一緒に寝られると思うよ?」

 美聖の提案にオレは口を出すことをせず、ただコーラを口に流し込みながら聞いていた。

 すると、グラスに注がれた氷水を飲みながら、ラタがこちらをジロリと睨む。

「その提案は魅力的だけど、この男が……」

 やっぱりか。そんなことを言うと思ったから、オレは何も言いださなかったんだよ。

「……そんなに心配ならオレが野宿してやるよ。別に外で寝るのは怖くないしな」

「え……?」

 彼女にとって、その言葉は意外だったのだろう。目を丸くし、驚いた表情でこちらを数秒間見て固まっていた。だが、すぐに我を取り戻し、

「い、いいわよ……別に。泊めてもらう立場なのに家主を追い出すって、どれだけ最低な勇者なのよ」

「ま、確かに」

 少し皮肉っぽくなったはずなのだが、彼女はそんな事に気付かない。

ただ恥ずかしさで熱くなった顔を冷やすために、彼女は氷で冷えた水を飲み干すのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ