第一章・3
不良御一行を追いかけてやってきたのは、使われている気配のない荒れた公園。
人が盛んに通る表通りからかなり離れた距離に存在するこの付近は、よく犯罪が起きる危険な場所としても指定されており、地元の人間は誰も近づこうとはしない。
ただそういう場所のお決まりとして数多の不良たちがアジトにしており、ここに出入りする不良の数は星の数にも匹敵する。いわば一つの不良都市だ。……学園都市みたいでいいな、その呼び名。
ここでは不良を一人見かけたら三〇人はいると思わなければならない。それが一般人の暗黙のルール。
「そんな場所に手ぶらで乗り込んだオレ乙。……美聖、無事に帰ったらいっぱい飯食わせてやるからな」
これは死亡フラグですね、分かります。
どうでもいいことは置いといて。
不良たちが走って行ったのはこの公園ではなく、その先にある廃工場。昔はたくさん建ち並んでいた工場もこの不況で次々に倒産。残ったのはただの跡地だけ。そのせいでここには次々と不良が溜まるようになった。
……って近所のオバチャンが話してました。オレはよく知りません。だってオレ生まれる前の話だし。
「んな話どうでもいいんだよな。今は目の前の事だ」
オレも不良の後を追いかけるようにしてその廃工場へと近づいていく。
すると、何やら遠くから叫び声と金属が何かにぶつかるような音が響いてくる。どうやらオレの推測は本当に当たってしまっていたらしい。
「まぁ、アイツらの様子を見る限り相手の方が有利らしいけどな……」
それでも万が一という事もあるかもしれない。
急ぐべく、オレは忍者のように気配と足音を消しながら音源へと近づいていく。
「鬱陶しいわね、コイツら……!」
今、自分が置かれている状況に思わずため息交じりに呟いてしまう。
やたらとテカテカした金髪の男たちが手に鉄パイプや木刀を携え、四方八方に私を囲んで逃げられないようにしているのだ。目障りな事この上ない。
このような状況になったきっかけは、私に絡んできた男を殴ったことにあるらしい。
殴り飛ばした男が薄い板みたいなものを耳に当て喋ったかと思うと、次々と増援が現れ、今のような状況になった。……魔物が仲間を呼ぶときに発する声でも出すのかしら、あの板。
さて、状況を確認しよう。ザッと数を数えただけでも二、三〇人くらいはいる。それに手に持っている武器も合わせるとかなりの戦力。
でも私に恐怖心なんてない。
一対複数なんて状況、王に命令された魔王討伐の旅の時にいくらでも経験したし、人間相手でもこんな隙だらけの相手、一瞬で倒せる。
それにさっき奴らが攻撃してきた時に気付いたのだが、構えも不恰好。相手が武術、剣術、魔術、そのどれにも慣れていないことが一目瞭然だった。
「アンタたち、男だっていうのに戦闘の構えもロクにできないのね。一体、どんな平穏な村で暮らしてきたの? こんな混沌の時代に」
言った瞬間だった。私を囲む男の顔が変わったのは。
一瞬の静寂の後、目の前の男を起点として周りに笑いが広がった。逆にこちらが呆然とした顔になる。
「ギャハハハ! 何言ってんだこのアマ! 『一体、どんな平穏な村で暮らしてきたの? こんな混沌の時代に』だってよ! ここはロープレの世界じゃありませんよバーカ!!」
「コイツもしかして中二病ってやつか!? うわ、マジ笑える!!」
ろーぷれ? ちゅうにびょう? 何を言ってるのかしらこの人たちは。
意味不明な単語と共に、私を貶しているであろう言葉を次々と陳列する。……なぜかしら。言っている意味は分からないのに、殺意がメラメラと燃え上がってくるのは。
段々と頭に血が上り始め、思わず私は右手で背にある剣を引き抜こうとした。しかし、その手が聖剣の柄を握ることは決してことはない。
(しまった、今は武器も防具も無かったんだった!)
この場所で目が覚めた時にはすでに聖剣も強固な鎧も存在せず、旅に出たころに着ていた胸しか隠さない白い上着と足首までの紺のズボン、そして皮のブーツだけだった。……追剥にでもあったのかしら?
でも、こうなったら仕方ないわね。戦う方法はただ一つ。
「久しぶりに武術で行くわ」
言いながら、あたしは両肩の調子を確かめるために腕をブンブンと回す。久しぶりの拳での格闘だ。しっかり肩を温めておかなくちゃ。
その行動を戦う意思だと感じ取ったのか、男たちも不恰好ながらに構え体勢を整える。
静寂。ピリッとした殺意の空気が辺りを包み込んでいく。相手の男たちもその空気が分かるのか、不用心に私へ飛び掛かるなんてことはしなかった。
だけど、そんな空気をぶち壊す一つの声がこの場に響き渡る。
「ハイハイハイ、ちょーっと通してねー」
空気を読まないにも程があるその声は次第に大きさを増していき、そして正体を現す。
「はい、ちょっと――お、いたいた!」
大勢の男に睨まれながら現れた少年は、まる知人を見つけたかのように私のところへと近づいてきた。
少し寝癖がついたような黒髪に別に良いとも悪いとも言えない顔。体格も私の知っている剣士たちよりも遥かに劣り、ここにいる男達とそう変わらない。どう見ても数で圧倒されてしまうだろう。
別に鎧を付けているわけでもないし、あんな紺色の服やその上から着たヒラヒラの赤い上着でコイツらの武器を無効化できるとは思えない。動きもトロそうだし。……何故この場に出てきたんだろう? どう見ても戦闘が得意とは思えないんだけど。
「なんなのアンタ――」
私が一体何の用なのか聞こうと口を開いた瞬間、少年はいきなり私の手を掴み、
「なんでこんな所来てんだよ姉貴! ここは来ちゃダメって言ったじゃん!」
…………はぁ? アネキ?
その言葉を理解するのに数秒の時を要した。
フッ、我ながら完璧な作戦だ。
この人を姉と偽り、安全な場所へと連れて行く。怖い。天才的な自分の脳が怖すぎる。……ハイごめんなさい、調子に乗りました。悪気はなかったんです。
という話は置いといて。さっさとこの人を安全な場所へと連れて行くべきだ。そう思い、彼女の手を引く。……しかし。
「ふぬぬぬぅうううううう!!」
動かない。一ミリたりとも動いてくれない。岩山にロープを巻きつけて引っ張っている、そんな感じだ。何この人? いったい体重何キロだ。
「……あのー動いてくれないかな姉貴?」
「何で?」
真顔で言い切りやがりましたよこのお方。しかも即答。
ものすごい眼光でオレを睨み付け、『頑としてここを動きませんよオーラ』をビシバシ放ってくる女性。……え? これオレが悪いの? 謝れば動いてくれんの?
「ここは不良が出入りしてる危ない場所だから来るな、って言っただろ? 美聖も待ってるんだから早く帰るぞ」
「みさと、って誰よ? そんな人知ら――」
「わーっ!! 何ボケてんだよ姉貴っ!」
ダメだこの人。全くもってオレが何をしているのか分かっていないらしい。ちなみに話している間も彼女の体を引っ張っていたが、全く動かなかった。……もしかしてこの場所に固定された高性能AI搭載のフィギュアか何かじゃないだろうな?
すると、傍から見ていた不良がオレ達の会話を見ておかしいと思ったのか、我慢していたであろう口をとうとう開く。
「おい、テメェ……コイツ本当にテメェの姉貴なのかよ?」
「違うわ」
「なんでアンタが即答!?」
しかもスッパリ否定してるし。それを聞いた不良さんたちが一斉にオレを睨みはじめた。同時に辺りが一瞬にして沸きはじめる。これは完全に集団暴行コースまっしぐら。
……はぁ、仕方ない。失敗した時用の手で行くか。
「そうだよ。オレは嘘ついてたよ。オレに姉貴なんていねぇ」
オレは挑発するために呆れたような態度をとって、
「てか、テメーらこの女に負けたんだろ? これだけ集まって雑魚ばっかりか」
ピキ、と不良たちの頭に血管が浮かび、眼光が一層強くなる。……よし、ノッてきてくれたか。このまま喰い付いてくるんだ。
でも何故か、
「へぇ? じゃあアンタは強いのかしら?」
「……え、なんでアンタまでキレてんの?」
挑発した覚えのない彼女までオレを殺意ある視線で貫いてくる。なにこのキレやすさ。昔テレビに出てた某おばちゃん占い師並みにキレやすいなこの人。
でも今はこの人に構っている暇はない。
「全く。女一人にこれだけ大勢で挑むなんて、チキン王座決定戦なら優勝できるぞ」
その俺の言葉に見る見る不良たちの顔色が変わっていく。どう見ても、血管ブチ切れ限界寸前ですよー、といった顔だ。
「そもそも、オレが姉貴って嘘ついた時に、この容姿の違いで分かるだろ。オレにこんな美人な姉貴がいたら涙流して神に感謝するわ」
エメラルドの瞳、整った鼻、プルンと張りのある唇。さらには夜だというのに月の光を反射して煌めく青い短髪はどこか現実離れした美しさを醸し出す。
今は味気のない、RPGの初期装備みたいな服を着ているが、それに包まれていても分かるくらいのボディラインはモデルかと間違えてしまうほど。この人がホントに姉貴ならどれだけ感謝感激雨嵐の感情に包まれることか。
後ろで彼女が「び、美人……!?」と何か慌てているようだったが、それに関してはスルーさせていただいた。……何か思い返すと照れくさいから。
「とにかく、これくらいの嘘も分からない奴らの頭なんて、たかが知れてる、って話だ」
「んだテメェ……! それは俺たちに喧嘩を売ってると取っていいんだよな?」
「ケンカ売ってるってよく分かったな? テメェらの悪い頭じゃ分かってくれないと思ってたよ。チンパンジーより知性が低いから」
ブチッ。とうとう不良たちの血管が限界に達したらしい。このまま金色の戦士になるんじゃないか、と思うぐらいの形相を浮かべ、武器を握った彼らの手からはギリギリという音が聞こえてきた。どうやらオレを完全に敵と認めたようだ。
「ぶち殺す」
目の前の男を筆頭に、次々と男たちはオレ目掛けて鉄パイプや木刀を振り下ろしてきた。辺りにガンガンと武器が叩きつけられ、それらの攻撃はコンクリートの床に深い傷をつける。
威力は言わずもがな。当たれば確実にオレはお陀仏だろう。しかし、これくらいなんてことはない。
なぜならオレは自慢じゃないが目がかなり良く、中でも動体視力にはかなり自信がある。だから不良たちが振り回す武器の軌道を見切るなんて容易いのだ。
ましてや血が昇って繰り出す攻撃など、理性をあまり持たない子供がおもちゃを振り回すのと同じ。軌道が手に取るように読みやすく、単純。
「ちょこまか逃げ回りやがって……!」
「えー、手に取るように分かるんだからしょうがないじゃん」
不可抗力です、って言ったらさらにキレそう。
オレは少女を巻き込まないように攻撃を誘導しつつ、不良たちの間をすり抜け、彼らによって作られた群集の円から飛び出し、逃げる。
「あ、テメェ!」
「嫁があれでコレでござる。すまぬがここら辺でドロン」
「何言ってるか分からねェんだけど!?」
サラリーマンに古くから伝わる秘技なんだけど、若い者たちには分からないか。……オレも若者ですけどね。
当然、そんなことを言いながら逃げ出したところで彼らの攻撃が止むわけじゃない。怒声をあげながらこちらを追撃してくる。……しかし、それこそオレの狙い。
彼らがオレを攻撃対象と認識すれば、自然と彼女から興味が逸れる。
あとはこちらが逃げ切ればアラ不思議。女性はもう一度彼らと出会わない限り、狙われる危険性はぐっと減るのだ。これぞ『オレ疑似餌大作戦』!
だが、この作戦にはもちろん欠点もある。……それはリーダー的存在だ。
我を失わないような冷静さを持つ人物がいた場合、即座にこの作戦は見破られて全く役に立たなかっただろう。最悪、女性をさらに巻き込んでいたかもしれない。
しかし今回そのような人物はおらず、全員が単純な性格のおかげで、この作戦はご覧の通り大成功。あとは捕まらないように全力で逃げるだけである。
「オレを捕まえてごらんなさーいウフフ」
「いちいち気持ち悪いなァ、テメェは!!」
オレは火に油を注ぐように彼らを煽りながら、なるべく遠回りして繁華街へと逃げることに決めた。