第1話
ゆっくりと歩みをゆるめた、踏みしめられた地面は、わずかに、ねちゃりといやな音を立てる。
ぬかるんでいる、……通り雨かと、何度目になるか、クリストフは空を見あげて雲の流れを確認する。
ーーはやい、……きっともうすぐ、強めのひと降りが来るだろう。
「ジーク、もうすぐ雨が降る。おそらくだが、すぐやむはずだが、野営するなら一旦、どこかでしのいでからの方がいい。あと、地面が緩んでいる、水場はもちろんだが、崖や洞窟の近くも危険だ」
声をかけられたジークという青年は、クリストフの言葉に頷くと、他のメンバーに向けて大きく発言した。
「みんな、聞いたか!これからどこか……安全な場所で雨をやり過ごす、今日はここまでだ!」
ジークはクリストフに向き直ると、しっかりとした喋りでさらに助言を求めた。
「クリストフ、きみはどこならば安全だと思う?」
「そうだな……このあたりは地形的に見ても、……平たく、開けた高台がいいと思う。さっきも言ったが洞窟では土砂崩れ、大きい木の下も、落雷や倒木に巻き込まれるかもしれない。……身体を冷やす危険はあるが、雲の動きを見るに、激しく降るがそう長くはないと思う……しばらく耐えてから、乾いた地面を探して、野営地にしよう、そして、身体をあたためるために火を起こし、湯を沸かそう、……焚き付けが、濡れないようにだけ気をつけておく」
ジークは頷くと、クリストフに次いで年長者のヨルクを見た。ヨルクは、おうと、軽くそれに返事をする。
「さきほど、通り過ぎたあたりに、多少ひらいた場所があったはずです、……戻りますか?」
ヴェンデルが淡々と提案する。
クリストフは頷いた。
「先の見えない場所に進むより、戻った方がおそらく、確実だ、とにかく、雨の加減が曖昧なうちは、下手に動くと遭難するかもしれない」
ジークはわかったと言うと、皆が顔を引き締めて、もと来た道を戻るため、方向を変えた。
雨は、クリストフの予想よりもわずかばかり弱く、すこしだけ長く降った。
流れていく雲の動きを慎重に見定め、クリストフは野営地を探すため、メンバーの中からヴェンデルを連れ立って、ふたりで探索をすることにした。
もといたあたりの適当な木にロープを結ぶと、それを握って、一定、離れたところでまた適当な木に結び……しばらくして、木の枝葉に雨粒の気配が消えたのを確認すると、クリストフはヴェンデルに声をかけ、ふたりはロープを道標にしてメンバーが待つ場所へと戻り、皆をそこに案内するために、再度、結んできたロープを辿り出した。
野営の準備をする前に、荷物の奥に油紙で厳重に包んでおいた焚き付けを確認する、……無事だった。クリストフは安堵し、軽く息を吐いた。
松脂と砕いた炭や乾燥した草を混ぜた団子状のそれを、なるべく乾いた落ち枝を組みあげた火床に幾つか置いて、火の魔術を唱え、同時に、風の魔術で空気の流れを整え、火種を煽る。ほのかな熱が、クリストフの顔の皮膚をちりちり刺激してきた。
次第に、白い煙が立ち上がる。眼球が燻された気分だと、すこしだけ身体を離した。
煙が出きったところで、いちど風を止め、安定した色になるまでを見極める。
手慣れていると言われるが、いつだってこの瞬間は神経を尖らせるし、傍から見るほど気楽な作業でもないと、ほんのり誇らしい気持ちが同時に盛るようで、自然、口元に笑みを滲ませてしまう。
育ってきた火床が、澄んだ橙色を帯びてきて、クリストフはようやくテントの設営に取りかかることにした。
「あったか〜いっ……もぅ、ほんとっ、クリストフさん、さまさまですねぇ〜」
焚き火にあたりながら、ダミアンが手をかざして指先をあたためていた。
沸かされたお湯を分け合って清潔な布で身体を拭うと、一行はすぐに無事だった替えの簡素な衣服に着替えることにした。
「この際だから、濡れた服は洗ってしまおう、……放置すると痛む素材もあるからな」
クリストフが呟くと、ありがたや……と、しみじみした声でヨルクが心底、感謝しているという風に呟いた。
「ほんとに……前の依頼のときは悲惨だったなぁ、……補助士ってもっと増えたらいいのに、すっごく助かるし」
「まあ、ていのいいパシリ扱いするバカがいるから嫌がるんだろ、みんな」
ダミアンとヨルクの会話を聞きつつ、こそばゆい感じでクリストフはてきぱきと道具や持ち物の被害を確認していく。
その手つきは慣れたもので、ジークとヴェンデルが物珍しげに一連の流れを眺めていた。
「もうすこし待ってくれな、しばらくしたら、はやいが夕食にしよう、それまで、身体を休めておいてくれ」
クリストフの言葉に、ジークは心配そうに問いかけた。
「クリストフは大丈夫なのか?きみも、雨で体力を消耗しているんじゃないか?」
青年の純粋な眼差しに、クリストフは穏やかに微笑んでみせると、大丈夫だと返事をした。
「最初に湯を使わせてもらって、たっぷりあたたまったからな。……無理はしていないさ、俺が倒れると、このパーティは全滅するかもしれないんだ。そこは、ちゃんと見極めてる、安心してくれ」
その言葉に、ジークはようやくほっとしてすこし緊張をゆるめた表情を浮かべた。
「それに、俺は頑丈なんだ、……意外かもしれないがな」
ウインクをすると、クリストフは今度は、からからと笑って見せた。
呆れたようにヴェンデルがため息をつく。
「ふふ……そうだな、意外だな」
ジークが、ようやくひと息ついたと笑顔を見せる。




