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ダンジョン侍―白椿 紅に染まりて ついぞ散りなむ―  作者: ポンコツロボ太


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第8話 頭下げるべき時……

 衣笠城きぬがさじょうが抱える城下町へと訪れたのは昼の八つ時であった。


 町を囲むように流れる川に架かる橋を渡り、城下町の外郭がいかくにある町人町ちょうにんまちの中でもひと際商店が多く立ち並ぶ一画をソウケン達は歩いていた。


 開け放たれた障子戸しょうじどの奥から商人の威勢しせいの良い声が所々から聞こえてくる。

 その中でソウケン達が目指すのは中古の布物を扱う古着屋だった。


 しかし、リッカは町の様子が物珍しいのか店の中を覗いては、あっちにフラフラ、こっちにフラフラとする始末。


「良いんですかい、ソウさん?」


 声をひそめて、タマがソウケンに話しかけた。


「ははは。かまわん。あまり町を出歩くことが出来なかったらしいからな。楽しんでもらえているようでなによりだ」


 リッカも一応はこちらの方を気にしてはいるらしく距離はあるもののしっかりと後を付いてきていた。


 ソウケン達が歩く数軒先の建物に、あいで染められた濃紺のうこんの布地に白く古着屋と書かれた暖簾のれんがかかげられた店が目に入る。

 ソウケンたちは、足をそちらに向け歩を進めた。


 人通りがさして多いわけでもなく、ましてや往来の端を歩いていたソウケンに向かって歩く侍が三人。

 このままではぶつかりそうなので、ソウケンは更に道を譲るが彼らはそれでもなお、進路をこちらに寄せてきた。


 辛うじてギリギリの所をすれ違うが、ソウケンの差したさやと侍のさやわずかにコツリとぶつかってしまう。

 侍はそれを合図としたかのようにソウケンを呼び止め因縁いんねんを付け出した。


「おうおう、俺に鞘当てとはいい度胸じゃねぇか。俺が野牛神影流が中伝、山岸謙吾ヤマギシ・ケンゴと知っての狼藉か?」


 野牛神影流とは、その名が付く通りヤギュウ・ジュウベイ・アカツナを頂とする衣笠藩きぬがさはん並びに近隣諸藩きんりんしょはんに名をとどろかせる剣術の流派であった。


「いやいや、これは失礼した。拙者の方としては、其方そちらに害を成そうなどとは微塵みじんも考えてはおらぬのだ。鞘が当たってしまったのはただの事故。どうか許してはくれまいか」


 ソウケンに非は無いのだが、申し訳ないとペコペコと頭を下げた。

 ヤマギシと名乗る若侍の後ろに控える者たちは、ニヤニヤと嘲笑ちょうしょうを浮かべながらその様子を伺っていた。


「一丁前に刀を下げた侍が、そのように容易く頭を下げて恥ずかしいとは思わんのか?」


「ははは。私の頭を下げるだけで、この場が納まるのならいくらでも下げよう」


 ソウケンは容易な事だと言ってのけるが、それを受けて益々《ますます》若侍達は調子に乗り始めた。


「ならば、土下座だ。土下座をして許しをえ。そうしたら、この場を引いてやらんこともない」


「それは、まことか?」


 さすがにその要求にはソウケンも渋い顔を作るが、揉め事は起こしたくないと謝る覚悟を決めた。

 タマがソウケンに近づき小さく声を掛ける。


「ソウさん。やめな。こんなやつら……」


「よいのだ。止めてくれるな」


 そう言い地面に正座をすると左手を地面につけて顔を伏せた。

 その様子を見てタマは助太刀できない自分に苛立ちがつのる。


「あーはっはっはっ!!! 実に無様だな。アカツナ様の覚えがめでたいだけのセキワンの分際で、どうどう道の往来を歩いているからこうなるのだ」


 その言いようから、ヤマギシ達はソウケンと知って、因縁を付けてきたのが分かる。


 それでもソウケンは頭を上げることなく平服へいふくしたままの姿勢を取っていた。タマはソウケンのその様な姿を見ると居たたまれない気分となってきた。

 ギリリ……と奥歯を噛みしめるタマの手を、突如ヤマギシが力任せに引いた。


「お前、このような軟弱な者の連れだと恥ずかしいだろう? どうだ、これから俺たちと一献いっこん傾けんか?」


 声を出すことのできぬタマは、力一杯の抵抗を見せるが、腕力は人程と変わらず、鍛えられたヤマギシの手からは逃れることが出来なかった。


 これには流石のソウケンも怒りが湧き立ち上がろうと足に力を入れんとした時、突如リッカが声を掛けた。


「ソウケン。何してる?」

 

 誰も気づかぬうちにリッカが土下座をするソウケンの真横にしゃがみ込んでいた。

 リッカには土下座の概念がないのか、無表情ではあるものの好奇心に輝く瞳で地に頭を付けるソウケンの顔を覗く。


「こ、これはだな……土下座と言って、この者たちに非礼を詫びているのだ」


 少し恥ずかしそうに地べたに正座をしたままソウケンは答えた。


「ソウケン、何か悪いことした?」


「むむむ……何もした覚えはないのだが……」


「じゃあ、謝るのはおかしい」


 至極しごくまっとうな物言いを付けたリッカはソウケンの左手を引いて立ち上がらせると、ヤマギシ達三人の若侍に向き合う。


「お、お前は、異国から来た冒険者!? なぜ、こんな奴と一緒に……」


 流石に侍たちには冒険者の情報が流れているらしく、若侍達はリッカの正体を知っていた。


「ソウケンの所に泊ってる。それよりタマの手を離して。嫌がってる」


「ケッ! 女が男に口出しするんじゃねぇよ。俺はな、女の分際ぶんざいで一丁前に腰から剣を差しているのが前々から気に食わなかったんだよ!!」


 ヤマギシは仲間の一人にタマを投げる様に預けると、刀に手を掛けた。


「止めたほうが良い。あなた、私に勝てない」


 リッカはただ真実を述べただけなのだが、その言葉がヤマギシには挑発に聞こえた。

 ヤマギシは、怒りを抑えきることが出来ず、ついにリッカに襲い掛かる。


「なめるな!! ぎぇえええええ」


 ヤマギシの高速の抜刀。居合切りだ。

 一応、普通の人間なら間違いなく避ける事の出来ぬ必殺の技だ。


 しかし、大陸に数多あまたいる冒険者の中で数えるほどしかいないS級と呼ばれる冒険者のリッカには、それは児戯じぎにも等しい技であった。


 ヤマギシが刀を鞘から抜き切る前に、リッカは間合いを詰め、その刀の柄の頭をてのひらで叩いてみせた。


 それは、より強靭な力を持つ方が押し勝つ単純な力と力のぶつかり合い。

 軍配はどう見ても体躯たいくの良いヤマギシにあがるかに見えた。


 しかし、結果はヤマギシが遥か後方の店先まで吹き飛ばされる事となる。

 その様子を呆然と眺めているヤマギシの仲間にリッカが「あなた達はどうする?」と首を傾げ質問を投げかけた。


「ひ、ひぃいいい。た、たすけ、たすけてくれぇ」


 鬼でも見たのかという慌てぶりで若侍達はタマを置いて逃げ出していった。

 息一つ乱すことなく侍三人を撃退したリッカにタマは羨望せんぼうの眼差しを向けた。


「さ、さっすが……異国の戦士だ。すげぇや……」


「これがアカツナみたいな使い手ならこうはいかない。彼らが弱かっただけ」


 事も無げに言ってのけるリッカの手をタマがギュッと握る。


「オイラ、これからリッカさんのこと姉御あねごと呼ばせてもらいやす」


「そ」


 タマにそっけなく返事をすると、リッカはソウケンに向き合う。


「ソウケン。頭を簡単に下げちゃダメ。この中にはとっても大切なものがいっぱい詰まってる」


 そう言ってソウケンの額を細く長い綺麗な指でトンと突いた。ソウケンはバツが悪そうに口ごもる。


「だが……私がびれば済む話ならば……」


「謝ってすむのなら良いけど、今回みたいなことになったらどうする?」


 リッカの問いにソウケンの瞳があちらこちらに動き回る。


「そ、それは……うむぅ……」


 どうしても暴力に頼りたくないソウケンは、答えられずにいた。そんなソウケンに優しい声でリッカは問い続ける。


「暴力はよくない。でも、自分以外の人が傷つくのは嫌?」


「当たり前だ!!」


「なら、頭を下げる前に少し考えないと……」


「うむ。……そう、であるな。リッカ殿の言う通りだ。ご忠告(いた)る。今度からは、よく考えて行動しよう」


 ソウケンはリッカに向かって感謝の意を表すため頭を下げた。その頭の上に、優しくリッカの掌が乗る。


「よしよし。良い子」


 八百年を生きるリッカにしてみれば、ソウケンなど子どものようなものなのかもしれない。しかし、周りから見れば大の男が、それも侍がうら若き女性に往来で頭を撫でられているのだ。


「ちょ、ちょっと、リッカ殿? 私は子供ではござらんぞ」


 奇異の目にも似た生暖かい視線を感じ、ソウケンはすっと背筋を伸ばしてリッカの手から逃れた。しかし、その顔は依然いぜんとして照れて赤いまま。


「おっ。ソウさんが照れてらあ。こいつは珍しいところが見えやしたね。へへへ。ソウさんでも姉御には敵わないっと」


 タマは何も持っていない掌に筆を走らせるフリをして、ペロリと小さな舌を出して見せると、ソウケンは「こら、タマ!」と拳骨を振り上げて見せる。


 ソウケンが本気で拳を振り下ろすことはないと知ってはいるが、タマはニヤニヤと笑いながら、リッカの背に隠れた。


「姉御ぉ。ソウさんがオイラをいじめるよう。助けておくれよぉ」


 往来の人には聞こえないほどの声でリッカに助けを求める。リッカにも二人がじゃれ合っているだけだと理解できた。

 そこでリッカもこの遊びの輪に入ってみようと一芝居打ってみることにしたのだった。


「コラ、ソウケン。オンナノコヲイジメタラダメ」


 あまりの棒読み。それにリッカの無表情が相まって下手な人形劇を見ているようであった。

 二人はリッカの三文芝居にヘナヘナと肩の力が抜けてしまった。


「なんたる大根役者」


「へへぇ……。意外なところに姉御の弱点があったとは……」


 ぐったりする二人を見てリッカは「?」と小首をかしげた。

 そのおかげで侍のせいで流れていた不穏な空気は晴れ渡り、再び古着屋へと向かおうとした時……。


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