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ダンジョン侍―白椿 紅に染まりて ついぞ散りなむ―  作者: ポンコツロボ太


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第6話 町へ向けて

 朝餉あさげを食べ終われば、仕事の準備だ。


 いつものようにソウケンの着物の着付けを手伝うタマの様は、リッカの言ったように夫婦だと言われても不思議ではない。


 あらわになったソウケンの肌には数えきれぬほどの大小無数の刀傷のあとがあった。


 その様子をまじまじとリッカは眺めていた。


「あまり見ないでくれないか。不名誉な傷ばかりで、少し気恥ずかしいのだ」


 いや、注視するのはソウケンの失われた右腕か。


「……右腕どうした?」


 事情を知っているのか、タマは不味いことを聞いてくるなぁと顔を曇らせるが、当の本人であるソウケンは失われた腕が生えているはずの肩口を撫で乾いた声で笑う。


「ははは。ずいぶんはっきりと聞かれるのだな」


「失礼だった?」


「いや、そんなことはござらんよ。ただ、人様に話すには何分恥ずかしい話(ゆえ)……かいつまんで話すと、痴情ちじょうのもつれ、たんなる痴話ちわ喧嘩よ。昔、好いた女と別れる時にくれてやったのだ」


 どこか懐かしむような眼差しで失ったはずの腕を見ていた。


 リッカの返事は一言。


「そ」


「ははは。そうなのだ。実につまらん話であろう?」


 自嘲じちょうして笑うソウケンに、いたたまれなくなったタマが話題を変えようと話しかけた。


「できた、っと。それで、ソウさんは今日はどうするんで?」


「ん、今日か? 今日はリッカ殿の必要な物を買いに町まで歩こうかと思っておる。なにせ布団も一組しかない故、これからここで寝泊まりするにも難儀なんぎするであろう?」


 問われたリッカと言えば、特に不便さを感じている様子もなく「別に」と言ってみせる。


 しかし、ソウケンもアカツナから金子を預かっている身として彼女をないがしろにする訳にもいかない。


「というわけで私は町へと向かう」


「それじゃ、オイラもお供するとしますかね?」


 膝についた埃を払いながら立ち上がり、刀掛けにかけられた刀をソウケンへ差し出す。それを受け取ると、はかまの下にある帯の左側に差した。


「いいのか?」


「ええ。その腕じゃ、荷物を持つのも苦労するでしょ? まぁ、町中じゃ口閉じてやすから迷惑はかけませんよ」


 特にソウケンはタマの事を迷惑に思うことは無かった。ただ、タマの正体がバレ、彼が窮地きゅうちに陥ることを危惧きぐしているのだ。


 しかし、タマが同行してくれれば心強い。

 しばらく思案するも、やはり背に腹変えられぬとソウケンはタマに頭を下げる。


「すまんな、タマ。世話を掛ける」


「なに言ってるんですか、水臭い。オイラとソウさんの仲じゃねぇですい。野暮やぼは言いっこなしですぜ」


 カラカラと笑い、ソウケンの肩をピシャリと叩いた。


 この軽口を叩く化け狸に、どれほど自分は助けられているのか……そんな事を思いながら「情けないな」と気づかれないように小さくため息を漏らした。


 町までは遠い。準備支度が整うと二人は揃って草履ぞうりを履いた。


「いってまいります」


 家の中にいるリッカに声を掛けてから、出立した。


 細い細い野干ヶ森の道を抜け、一度、狐居きつねい村を経由する。


 一応、ソウケンは村の代表である名主のセッカイへ、今日は村の仕事は手伝うことは出来ないと報告をしようと思っていたのだ。


 村を見下ろすことが出来る一際大きな家がセッカイの屋敷だ。


 セッカイはちょうど屋敷前で、小作人の村人と何やら話をしている最中の様だった。


 しかしソウケンの姿を見つけると、手早く小作人に仕事の指示を出し、小走りでソウケンの元へとやってきた。


「おはようございます、セキワン殿」


「ああ、おはようございます。今日は折り入って話があってきたのですが……」

「はぁ、どのようなお話でしょうか?」


「申し訳ないのだが、急に客を我が家に招くことになりまして。それで入用の物を町へ調達したく、今日は村の手伝いを休ませてほしいのですが……」


「はぁ……。それより、そちらのお連れ様は? もしかして?」


 小さな村社会だ。いつも何か新しい話題を求めている。


 ソウケンの隣に立つタマを見て、セッカイは下世話な表情を浮かべた。

 ここで、曖昧あいまいに答えてしまうと、後が怖い。


「これは、タマと言ってな。生活が不自由な私のために手伝いに来てくれている人だ。決してそのような関係ではござらんよ」


「はあ、そうですか……」


 セッカイは少し残念そうに呟いた。おそらくセキワンに嫁が来たとなれば、七十五日は楽しんでやろうと思っていたのだろう考えが透けて見える。


「ところで……」


 セッカイが、ソウケン達の少し後ろを見るので、何かあるのかと振り返ってみる。

 そこには、リッカの姿があった。


「おろ?」


 特に悪びれる様子もない、いつも通りの無表情で立つリッカを見てセッカイが声を掛けた。


「もしや、セキワン殿の客人とは、リッカロッカ様の事で?」


「あ、ああ。セッカイ殿はリッカ殿を知っておるので?」


「ええ。昨日、ジュウベイ様が私の所にいらして、リッカロッカ様を泊めてくれないかと、相談されまして……」


 セッカイは気まずそうに言葉尻をにごした。セッカイも他の者と同じく何かしらの理由を付けてリッカを泊めなかったのが想像に容易い。


 それはソウケンも分かっているのだが、あえてそのことに言及するつもりはなかった。


「そうであったか。いや、薬草を採りに森に入ったおり、リッカ殿に命を助けられてな。これも何かの縁と我が家に泊っていただくことにしたのだ」


 やはり、衣笠藩剣術指南役きぬがさはんけんじゅつしなんやくたるヤギュウの願いを断った手前、リッカの行方を気にしていたのであろうセッカイは、ソウケンの言葉を聞いてほっとした表情を浮かべた。


「それでどうだろう。今日の手伝いは……」


「もちろん、構いませんよ。セキワン殿がいなくても何の問題もなく仕事は済みますから。どうぞ、どうぞ」


 何やら含みのある言い方にタマの表情が少しだけ険しくなるが、当の本人は全く気にする様子がなく安心して微笑みすら浮かべていた。


「そうですか。それならば良かった。今日休んだ分は、後日かならずや埋め合わせしますから。では、これにて御免」


 セッカイに頭を下げ、町へと続く道を歩く。

 ……歩くのだが、なぜかリッカが後ろをついてくる。


 タマはそれが気になってソウケンの裾をちょいちょいと引くと、自分の声がソウケン以外の者に聞こえないよう小声で話しかけた。


「ソウさん。リッカ殿がついてきてやすぜ?」


「ん? そうだな」


「そうだなって。気にならんのですか?」


「んー……まぁ、少しは気になるわな。よし、本人に聞いてみよう」


 ソウケンは足を止め、着かず離れず着いてくるリッカと向き合う。


「のぉ、リッカ殿。どうして拙者達について来るのだ? 今日は森の調査は良いのだろうか?」


「大丈夫。調査は明日からする。それよりも私の物を買ってくれるのに、私が手伝わないのは変。私も町へ行く」


 なるほど、という思いと共に最初からそう言ってくれればタマを連れ出さなくても良かったのにという考えが頭を過ぎるが、それを言うほどソウケンも野暮ではない。


「そうか。その心遣い痛み入る。では、共に参ろうか?」


「最初からそのつもり」


「ははは。そうであった。そうであった」


 無表情で歩き出すリッカとカラカラと笑いながら肩を並べて歩くソウケンに、未だ立ち止まったままのタマは首を傾げた。


「まったく。変わった人だね、リッカさんは。それに、ソウさんも……大概だね。器がデカいのか何も考えてないのか……」


 ため息にも似た息を吐いて、二人の後を追った。

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