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ダンジョン侍―白椿 紅に染まりて ついぞ散りなむ―  作者: ポンコツロボ太


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第4話 交渉成立

 流石は剣術指南役けんじゅつしなんやくのアカツナである。

 ソウケンの顔色がわずかに変わった事を瞬時に悟った。


「わかったぞ! そこまで嫌がるのは、まさか遂にソウケンにも良き人が現れたのか?」


「い、いいえ。そんな事はないのですが……しかし、嫁入り前の若い身空みそらの女性が独り者の家に寝泊まりとは、外聞もよろしくないのでは?」


 今まで口を閉じて成り行きを見守っていたリッカロッカの口が開かれる。


「私は若くない。こう見えて八百年生きてる」


「はっ、八百年? ア、アカツナ様、まことですか?」


 それが事実か確認するためアカツナを見ると、彼はリッカロッカの言うことが本当の事だと頷いて見せた。


 ヤマトの国では付喪神つくもがみといって百年大切に使われた物にさえ魂が宿ると言われているのだが、それを優に超え八百年を生きていると聞いたソウケンは眼前に立つ女性に圧倒されてしまった。


「いやぁ、大陸とは何と壮大なことか。もしかしたら何かご利益あるかもしれん。拝んでおこ」


 恭しくリッカロッカに手を合わせるソウケンを見たアカツナは、ここが交渉の押しどころとさらに条件を畳み掛ける。


「どうだろうか? もちろん、そちの家を宿の代わりにするのだ、いくらかの金子も用意している。一人暮らしとはいえ、農作業の手伝いだけでは食うにも困っておるのだろう?」


 確かに、生活は苦しかった。しかし、それでもソウケンはその貧しさを含めここで暮らすことに納得していた。


「いやぁ、しかし……」


 煮え切らぬ返事に、しびれを切らしたのはリッカロッカだった。


「アカツナ。私は大丈夫。野宿でも問題ない」


 そう言うと、誰の返事も待たずリッカロッカは戸に手を掛ける。これに慌てたのはソウケンであった。


「待ちなさい! 命の恩人に野宿をさせるなど、武士の名折れ。わかりもうした! リッカ殿、ここに泊ってゆきなさい」


 突然の方針転換にリッカロッカは戸を開けんとする手を止めて、振り返る。


「……いいの?」


「ああ、大丈夫。少し小うるさい奴に説明をするのが、いささか面倒ではあるが問題はない。……が、我が家は見ての通り、男一人の所帯ゆえ、何もお構いできないがかまわんか?」


「大丈夫。私、どこでも寝ることが出来る」


 リッカロッカは表情を変えず頷いた。


 事の成り行きに安堵あんどの表情を浮かべるのは、アカツナであった。


「よかった、よかった。ソウケンの気持ちが変わらぬうちに私は退散させてもらうとしよう」


 アカツナは自前の提灯に手を伸ばすが、それより早くソウケンがそれを手に取る。


「アカツナ様、少しお待ちを。提灯に火を入れましょう」


 そう言って手近にあった蠟燭を持ち、アカツナの提灯に火を灯してやる。


 アカツナは「すまん」と礼を言いつつ提灯を受け取ると、何かを思い出したようにふところを探った。


「おお、そうだ。私としたことが忘れておった。これはとりあえずの手付の金だ。まとまったものは後で寄越すゆえ、今はこれで許してくれ」


 そう言ってソウケンの前にてのひらに収まるほどの、しかし、中身がぎっしりと詰まった巾着を置いた。


「こ、こんなに? 良いのでしょうか」


「かまわん、かまわん。無理を言ったのはこちらだ。では、リッカロッカ殿、調査頼み申した」


 リッカロッカが、それに無言で頷くのを確認して、アカツナは「これにて御免」と、屋敷から出て行ってしまった。


 残されたソウケンとリッカロッカ。しばし、無言で見つめ合うも気まずさにいたたまれなくなったソウケンが囲炉裏のある奥の座敷へと通す。


「もうご存じと思われるが私は、スズガ・ソウケンと言う者。このようなりではあるが一応侍をしておる」


 囲炉裏を挟んでソウケンは頭を下げた。


「私はリッカロッカ。ゴンドワート大陸のサザンド王国から来た冒険者」


「リ、リッかロ……りッカ……ロった。ぬぬぬニッカポッカ殿?」


 口馴染みのない言葉になかなか発音ができないでいた。それを見かねてリッカロッカは助け舟をだしてやることにした。


「リッカで良い」


 それを聞いてソウケンは目に見えて安堵する。


「ほっ……。心遣いかたじけない。いずれ、いずれしっかりと呼べるよう修練いたすゆえ、今はリッカ殿で」


「名前なんて分かればどうでもいい」


「そうはいかん。せっかくリッカ殿のご両親が丹精込めて付けた名だ。絶対に言えるようになる。うむっ」


 名前一つで鼻息荒く意気込むソウケンをリッカは、じぃっと眺めた。


 自分の両親の事を久しぶりに思い出す。

 あれは三百年ほど前だっただろうか……床に伏していた両親の最後を看取ったのは。


 すでにその頃から感情の大半は消え失せ、涙は出なかったが確かに心の中に悲しいと言う感情はあったのを覚えている。


「リッカロッカ・シュシュラウッド・アードン・ダ・イリューシュ・ラ・ユグドラード」


「へ?」


「リッカロッカ・シュシュラウッド・アードン・ダ・イリューシュ・ラ・ユグドラードが私の本当の名前」


「りっかれったじゃじゃじゃ? ……んん? む、難しいなぁ。リッカ殿、一月いや、半月ほど待ってくれ。かならずや覚えて……」


「大丈夫。私の国の人でも言える人は少ない。親しい人は皆私をリッカと呼ぶ」


 だから、気に病むことはないと言ってくれているのだと朴念仁ぼくねんじんのソウケンにも理解できた。


「いや実にかたじけない。そうだ。私は今、食事の途中だったのだがリッカ殿もどうか?」


 リッカは「いらない」と首を横に振った。

 そう聞くと自分一人だけゆっくりと食事をするわけにもいかず、椀の中に入っていた粥をズゾゾゾォ……っと腹の中に流し込んだ。


「ごちそうさまでした」


 片手のみの合掌を終えると、座敷の中を沈黙が支配した。

 あまり女性慣れしていないソウケンと、もともとから話をする気があるのかないのか不明なリッカ。


 囲炉裏の薪がパチパチと弾ける音だけが響く空間に、なんとも言えぬ気まずさを覚えたソウケンが口を開く。


「申し訳ないのだが布団が一組しかないので……」

「大丈夫」


 ソウケンの言葉が終わる前にリッカが言葉を挟んだ。もとい、すでに立ち上がって奥の襖をスタンッと音を立てて開け放っていた。

 まさしくそこがソウケンの寝間である。


「あ、あの……」


 呆気に取られているソウケンを他所よそにリッカは畳まれた布団をてきぱきと広げ、あっという間にその上に横になる。


 もともと布団はリッカに譲るつもりであったが、あまりのことにソウケンは見守ることしかできないでいた。


「おやすみなさい」


「え、ああ。お、おやすみ?」


 まだ日が暮れてから然程さほどの時間は経っておらず寝るには早いと思われたが、リッカは驚異の速さで規則正しい寝息を立て始めていた。


「なんたる豪気ごうきな方……」


 その寝姿はさなが御伽噺おとぎばなしに出てくる天女のようだと思ってしまう、ソウケンなのであった。


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