第11話 魔素やダンジョンについて、ご教授願う
ソウケンが追いついたのは、武家町と町人町を隔てる堀にかかる橋の上まで来ての事だった。
彼らは橋の欄干に思い思いに寄りかかり、ソウケンが追いつくのを待ってくれていた。
「すまない。遅れた」
ソウケンの言葉にリッカが首を振る。
「大丈夫。待ってない」
スクザもリッカも平気な顔をしているが、タマは大きく息を切らしている辺り、よほど速足でここまで来たのだとソウケンにも理解できた。
「がははは。すまんな。先に行かせてもらった。もう知っているかも知れんがワシの名はスクザだ。ゴンドワート大陸にて、しがない冒険者ギルドのマスター……えぇっとこっちの言葉では……そうだ、棟梁をしておる。あんたはソウケン、いやセキワンと呼んだ方が良いかの?」
自分の足元に大風呂敷を置いたスクザが自慢の髭を撫で付けながら、ソウケンの失われた右腕を見ていた。
「どちらでも構いませぬ。しかし、どこで私の名前を?」
「さっき先生からな」
そう言って、スクザは欄干から堀の鯉を覗き込むように見ているリッカを見た。
「先生?」
「おうよ。ここにおわすリッカロッカ・シュシュラウッド・アードン・ダ・イリューシュ・ラ・ユグドラード様は、ワシが子供のころに勉強だけでなく、戦い方から人としての立ち振る舞いを教えてくれた恩師なのだ」
リッカと比べ身長は低いが、どう見てもスクザの方が年上に見えた。
二人が並べば似てはいないものの祖父と孫と言われても不思議ではない。
しかし、アカツナの屋敷でのやり取りを見る限り、二人の関係に納得の行くところもあった。そして、スクザは数少ないリッカの本名を全て諳んじることの出来る人間だった。
その様子からリッカへの深い敬愛の念が伝わってくる。
「恩師……であるか。いやはや、リッカ殿の底の知れなさには恐れ入る」
八百年の長き月日をソウケンの生きてきた短い尺度で図るのは難しい。
そんなソウケンの感想をいたく気に入ったのがスクザであった。
強引にがっちりとソウケンの手を取ると、ブンブンと振り回す様に握手を交わす。
「で、あろう!! ワシも常々先生の奥深さには毎度驚かされておる!! 知り合って何十年にもなるが、未だその深淵の一端すらワシも覗くことが出来んのだ!! ガハハハハ」
「さ、さようか。しかし、人の心など、どれほど長い月日を掛けようとも覗くことは叶わんのでは? それこそ、自分の心の内でさえ……」
スクザがソウケンの言葉に片眉を吊り上げ、握っていた手を離して髭を撫で付ける。
「ほほう。含蓄のある言葉だのぉ?」
「いえいえ。年長の方に差し出がましい言葉でした。ただの若造が知ったような事を言ってしまって申し訳ない」
言ってすぐ自分の発言が恥ずかしくなり取り消してしまいたくなったが、リッカがソウケンの言葉を汲み取ってくれた。
「そんなことない。私だって人の心を測るのは難しい」
「そうか……リッカ殿にそう言ってもらえると、少しばかり面映ゆいな」
ソウケンは照れくさそうに頭を掻いた。その様子を見ていたタマは静かに微笑む。
「ガハハ。まだまだ若いな、ソウケン。そんなことより、先生。森の調査はどうなっているんで?」
スクザがここまで荷物を運んだ目的はこれを聞きたかったためだった。
「なかなか進まない。すでに森の中はダンジョン化してる。今のところ輩出されるモンスターは少ないけど、この先どうなるか私でもまったく読めない」
「むむ、そうですか……。しかし、どうして魔素の存在しないヤマトにダンジョンができたんでしょうかの?」
「それも、わからない。ダンジョンの深奥まで行けば何か分かるかもしれないけど、魔法が使えないから、思うように調査が進まない」
二人の会話を聞いていたタマが眉根を寄せソウケンへ顔を近づける。
「まそ? だんじょん? もん……すたぁ? 二人が一体何言ってるかわかりますか、ソウさん?」
「いや、拙者にもさっぱり分からん」
ソウケンとタマの話が聞こえていたのか、リッカが寺子屋の先生が子供たちに授業をするかのように説明を始めた。
「前にもソウケンには言ったけど魔素は、万物に宿る魂の残滓。これがあるお陰で大陸では魔法を使ったり、常人以上の力を発揮できたりする」
「それは、魂が成仏せずに常世を彷徨っているということだろうか?」
ソウケンの言葉にリッカは頭を振ってみせる。
「少し違う。それは、ゴースト……つまりは幽霊。幽霊は肉体から取り残された魂だけど、魔素は魂を動かす燃料。本来なら死と共に魂と一緒に輪廻の輪に入るけど、その時に少しだけ常世に残り香のように魔素を残す」
「……なるほど、それが魂の残滓たる所以か。しかし、我が国にはそれが存在せんと?」
「そう。理由はわからないけど、この国には魔素がない。本来なら、大陸の人間はは、それをもう一度体に取り込んで、魔力という力に変換して魔法を使う。それに魔素は地中深くで結晶化して魔石という鉱物になることもある。大陸では様々なものに魔石を使って生活を豊かにしている」
さすがスクザに先生と呼ばれるだけはある。普段は口数が多くはないリッカであったが、魔素がなんたるかを説明し始めるとつらつらと言葉が出てくる。
それに伴う形でソウケンの中に外国への興味が湧いてくる。
「例えば……例えば、どのようなものに魔石は使われているのだ?」
「ん? 身近なところで言えば、灯り……光の属性や火の属性を持つ魔石を使ってランプ……こっちで言う行灯の代わりにしたりする。これは蝋燭よりもずっと長持ち」
「はぁ……世界には便利なものがあるのだな」
「ええ。でも、そんな便利な魔石だけど極稀に魔核と呼ばれる純度の高い結晶を作ることがある。そうなると問題……。鉱物にもかかわらず生き物のようにある一つの意思を持つようになる」
それを聞いてソウケンは再び首をひねる。
「むむ……それはどのような意志なのだろうか?」
「私達と同じ。生きたいと願う。でも、ただの結晶がそれを維持するのは大変。だから、効率的に魔素を取り込もうとしてダンジョンを作る」
リッカから出た「ダンジョン」という言葉を聞きソウケンもタマも渋い顔を作る。
「其の『だんじょん』……というモノが今一つ拙者達には分からんのだ」
リッカはソウケンの問いを受け、どう説明すれば異国の者にダンジョンというものが理解できるのか僅かな間に考えた。
「…………ダンジョンは迷路のような複雑な罠や敵を孕んだ宮殿……迷宮とも言ったりする。このダンジョンの目的は、人の魂をを喰らって魔素を吸収し成長すること。だから、ダンジョンはモンスター……化物や物の怪を迷宮の中に輩出して人を殺すし、腹の中へ人を招くために財宝を置くこともある」
「なるほど……それが何故か野干ヶ森に出来たと言うわけか……」
得心言ったと相槌を打っていたソウケンの顔色が急に変わり、リッカに詰め寄った。
「あっ!! それならば村は!? 村の者たちは大丈夫なのか!? 一時どこかに避難を……」
慌てふためくソウケンをよそにリッカは至って冷静であった。
「ソウケン、落ち着いて。今のところは大丈夫。森自体が広いからダンジョンとなっているのはその中の極一部分だけ。魔素を取り込むために排出されたモンスターは、ダンジョンから出ることは滅多にない」
それを聞いたソウケンは胸をなでおろした。
「そうか……自分の腹の中で食わねばならんから、化物もそこに留まると言うわけか。知れば知るほど、だんじょんなるものは良くできているな」
「がははは。そうなのだ。生物の形をなしておらんが、あ奴らは狡猾だ。残忍な獣のように獲物が己が領分に入ってくるのを虎視眈々と待ち構えておるのだ」
さもおどろおどろしい物のように言って語るスクザの言葉に、タマが身震いをする。そんなタマを優しく包むようにリッカが語り掛けた。
「大丈夫。私達が解決する」
「おお。なんと心強い言葉!! よしっ、そうとなればリッカ殿には精を尽けてもらわんとな。タマついてまいれ」
ソウケン達はちょうど通りかかった棒手振の魚売りへとタマを伴って歩みを進めた。棒手振の担ぐ盥の中には獲れたての魚がたっぷり入っていた。
二人は桶の中に入っている魚をああでもないこうでもないと選んでいた。
その様子を眺めながら、スクザがポツリと漏らす。
「氾濫の事は説明せんので?」
ダンジョンの氾濫。それは年経て力をつけたダンジョンが自己の領域をさらに広げんと、大量のモンスターを領域外に排出する行為である。
スクザの問いに対するリッカの考えは明確であった。
「……最近できたダンジョンで氾濫が起こるとは、思えない。余計なことを言って不安にさせる意味はない」
仲良く魚を選ぶソウケンたちを見つめる。彼らの日常を壊すようなことはしたくないと心の奥で固く誓うリッカなのだった。
未だ解決の取っ掛かりさえ掴めずにいるダンジョンの正体。不穏な影を残しつつも、ソウケンたちは家路に着くのだった。




