第10話 ドワーフ・スクザという男
アカツナの玄関先で談話することしばし……
屋敷の奥からドタドタと大きな足音が鳴り響く。
「先生が来られておるとな!!」
その大きな足音以上の大声が屋敷中に響いた。
「お待ちください、スクザ様」
アカツナの奥方サエの慌てた声も聞こえる。
「なぁに、構わん構わん!! これしきの荷物などワシにとってみれば空をそよぐ雲より軽いわい。ガハハハ!」
「ふ、風呂敷の化け物だ……」
ソウケンは驚いた。
布団と着物が包まれているのであろう大きな風呂敷に足が生え、こちらに向かって来るではないか。
その風呂敷お化けを止めるようにサエが後を追ってきた。
アカツナはその様子を見て深くため息をつく。
風呂敷お化けは、そんな家主の様子などお構いなしに笑い声を響かせ、ソウケン達の目の前でピタリと足を止めた。
目の前に立つ風呂敷の名をリッカが告げる。
「スクザ、何してる?」
スクザと名を告げられた風呂敷お化けは、抱えた風呂敷の端から、にゅうっと髭面の顔を出す。
彼こそゴンドワート大陸にて冒険者ギルドのマスターを務めるドワーフのスクザだ。
リッカが屋敷を訪れていると知って喜び勇んでやってきたのだ。
「がハハハ。先生。このスクザが先生の荷物を持ってまいりましたよ」
どうぞ、褒めてくれと言わんばかりに荷物を床の上に置いて得意げな顔で仁王立ちする。
しかし、リッカから出た言葉は褒めるどころか叱責の言葉であった。
「昼間から飲んでる?」
「い、いや、こ、これはですな……」
途端にスクザの体中から汗が噴き出す。
「リッカロッカさんからも言ってやってくださいな。この人、我が家のお酒を全部飲んでも飽き足らず隣近所にまで上がり込んで……あぁ、私、とても恥ずかしいんですよ?」
あれほど穏やかだったサエの口調が荒くなり始めた。毎度この小言をアカツナは聞かされているのだろうか。うんざりした様子が見て取れる。
普段の自分がどのような生活を送っているのかをリッカに告げ口され、スクザはしどろもどろになりながら言い訳を始めた。
「あの……ですな。これは酒が悪いんです。ここの酒があまりに美味いもので、つい……ですな……」
リッカの表情は変わらないのだが、何も言わず、じっとスクザの言い分が終わるのを待っている。
言葉を、言い訳を重ねるたび、スクザの声は小さくなり彼自身も小さくなっていくような気がした。
一通りスクザの言を聞き終わると、リッカが言葉を発した。
「スクザ。いいの?」
何が良いのかは問わない。
しかし、当の本人スクザには、しっかりと何が問われているのか伝わっているようで、自慢の髭が地面にべったりと着くほど項垂れ反省の様子を見せた。
「ダメです……はい」
反省するスクザにさらにリッカは問いかける。
「じゃあ、どうするの?」
「さ、酒はほどほどにします……」
やめると言わない辺りにこれがスクザの本音だと理解できた。
リッカも飲酒が生活の一部となっているドワーフに対して、きっぱり飲むのをやめろと言う気持ちは無い。
「スクザ、こう言ってる。許してやって」
まるで保護者のように、サエに対してスクザを庇ってやった。内心、サエはうちに来るのがリッカロッカだったら良かったのにと思ってしまった。
しかし、その考えをすぐに打ち消し、顔に笑顔を取り戻す。
「そうですね。武士の妻ともあろうものが、小さなことをいつまでも言うわけにはいきませんね。スクザ様、これからもよろしくお願いしますね?」
「お、おお。サエ殿、どうか、今後のワシを見ていてくれぃ! このスクザ、身命にかけて、先生との約束、違うことないと誓おうぞ。がっはっは」
ひと悶着あったものの布団と衣類を貰い受けるという用事は済んだ。ここで長居しても迷惑になるだけだと、ソウケンは丁重に礼を言うとアカツナの屋敷を後にすることにした。
しかし、ここでもリッカに褒めてもらいたいスクザがしゃしゃり出る。
「どぉれ、ワシが荷物を持ってやろうではないか!」
そう言って、風呂敷を担ごうとするタマから半ば無理やり荷物を奪い取り、有無を言わさぬ早さで戸から外へと出て行ってしまった。
それを見て苦笑いを浮かべるアカツナ夫妻。
その表情からソウケンにも、スクザのこの強引な性格にヤギュウ夫妻は日頃から困らされているということが理解できた。
「本日は誠、ありがとうございました。このお礼は必ずや……」
「良い良い。これもリッカ殿達を任されておる私の務めの範疇。気になどなさるな。それよりも、ほら」
アカツナが指し示した先。
まずリッカがスクザを追う様に外へ、その後に続いてタマが足早に屋敷の玄関を出て行った。残されたソウケンは再び深く礼をして戸を閉めた。
振り返った先には、もうすでに誰もおらず慌てて門戸を速足でくぐる。
彼らがどこに行ったのか左右に首を振って確かめれば、ずっと先まで続く武家屋敷の塀の向こうをタマの影が曲がるのを確認する。
彼らに置いて行かれまいとソウケンは速足をさらに速め、小走りと言っても良い速度で皆を追いかけるのであった。




