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ダンジョン侍―白椿 紅に染まりて ついぞ散りなむ―  作者: ポンコツロボ太


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第9話 アカツナの屋敷にて

ソウケン達が再び古着屋へと向かおうとした時であった。


「おおい」


 往来の向こうから早歩きでアカツナが現れたのだ。


 その恰好は、先日あった時とは違いかみしもをまとった格好であるから城勤めの最中さいちゅうだったのかもしれない。


「おろ? アカツナ様。これはこれはこのようなところでお会いするとは……」


 ソウケンがアカツナに向かい頭を下げ挨拶をする。それを見てタマも大慌てで深く頭を下げた。


 リッカは、一人いつも通りに直立の構えを崩さない。

 アカツナは頭を下げる二人を制止し、上がった息を整えながらしゃべりだした。


「はぁ……はぁ……。先ほどの騒ぎを聞いて、もしやと思い駆けつけたのだ」


 おそらく町人の誰かが、役人に言いつけてくれていたのだろう。それがアカツナの耳に入ったらしい。


 ソウケンはあまり告げ口などしたくはないと考え、あえて絡んできた三人の名は伏せようと思っていたのだが、リッカがツラツラと事情をアカツナに説明しだした。


「絡んできたのは三人。ヤギュウの道場の人だって言ってた。名前はヤマギシ」


 それを聞いてアカツナは大きくため息を吐いた。どうやら、ヤマギシ他二人に心当たりがあるようだ。


「まったく、あ奴らめ。最近やっと神影流の中伝を許してやったらこの様か……。ソウケン殿、弟子の不始末は師匠である私の責任。誠に申し訳なかった」


 そう言い終わるや否やアカツナは突如、ソウケン達に向かって頭を下げたのだ。

 事の成り行きを隠れて見守っていた町人たちがざわめき出す。


 それもそのはず、衣笠藩剣術指南役きぬがさはんけんじゅつしなんやくと言えば、かなり高い身分である。それが一介の浪人ろうにん、それも片腕の男に頭を下げているのだ。


 すぐにソウケンはアカツナの肩を持ち上げ、姿勢を正させる。


「ア、アカツナ様! どうか、そのようなことはおやめください」


「し、しかしだな……」


 納得いかない様子で引こうとはしないアカツナにソウケンは言葉を続ける。


「若い時分じぶん、無茶をするものです。それに、片腕の(このような)私がのうのうと侍を語るのが気にくわぬ気持ちも分かります。ゆえに、そのあたりの沙汰さたもどうか容赦ようしゃしてやってください。ただ……」


 そこで少し言い淀んでタマを見る。ソウケンと目が合うとタマはきょとんとした顔で何のことかと思案した。

 しばし間が空き、言い淀むソウケンに先を促す様にアカツナが尋ねた。


「ただ?」


「……ただ、我が友に手を上げたことだけは叱ってやっていただきたい」


(ソウさん……あんたって人は……)


 タマは心の中がじんと温かくなるのを感じた。


 人に化けてはいるが、もともとは狸だ。いくら懐けど、人には自分は畜生ちくしょう分際ぶんざいだと思われているのだと思っていた。しかし、ソウケンはタマサブロウを真正面から友だと言ってくれたのだ。


「まぁ、ソウケンがそう言うのなら、そうさせてもらおう。ソウケンのふところの深さ、実に痛み入る」


 落ち着きを取り戻しいつもの穏やかな表情に戻ったところで、アカツナの頭に疑問が浮かんだ。


「それより、このようなところにいるとは珍しいな。何用で来られたのか?」


 ソウケンが町に出てくることなど、ほとんどない。たまに来ると言えば数か月に一度、医者の所に薬草を持っていくくらいであった。


 ソウケンは事情をかいつまんでアカツナに話した。


「しまったな。それは私の落ち度だ。どれ、これから我が屋敷に来ると良い。詫びの代わりではないが、使っていない布団とサエ……妻の古い着物をやろう」


「よ、よいのでしょうか……?」


 もともとアカツナから預かっている金子で布団などをそろえようと考えていたソウケンは遠慮がちに尋ねてみた。


「かまわん。それにリッカロッカ殿もスクザ殿に会いたかろう?」


「……別に」


 すぐさまリッカは返事を返した。その呆気のない言い方にアカツナは思わず笑ってしまう。


「わはははは。そう言うてやるな。少なからずスクザ殿は会いたいと思うておる。さ、ついて参られよ」


 三人の返事を待つことなく、アカツナは自分の屋敷がある武家町へと歩を進め始めていた。


 ◇


 武家町ぶけまちの中は、町人町ちょうにんまちとは違い、道の横を武家屋敷の塀が走り、どこか重苦しい圧迫感があった。


 昼だと言うのに人の往来もほとんどなく、しんと静まり返って自分たちの足音しか聞こえない。


 本来なら一番おしゃべりなはずのタマは、姿とは間逆の渋みのある声を誰かに聞かれると不味いので、ひたすら黙りこくって三人の後をついて歩いていた。


 武家町を城に向かってしばらく歩いた先に、アカツナの屋敷は建っていた。

 立派な門戸はすでに開け放たれており、皆アカツナのあとに続いて中へと入る。


 玉砂利の敷かれた庭園を望みながら、屋敷の玄関まで続く飛び石を歩く。

 先を行くアカツナはすでに玄関の戸を開き、中に向かって「帰ったぞ」と自身の帰宅を知らせていた。


 ソウケンたちも続いて玄関に入ると、すでにアカツナはかまちに腰掛け、妻であるサエに帯刀していた大小を渡しているところだった。


「あら、あなたはリッカロッカさん? それに……?」


 品のあるゆったりとした声色でサエは尋ねた。リッカとは面識があったようで、リッカもサエに向かって薄く挨拶をした。


 そのまま目線がソウケンへと移るなり、ソウケンは地面に頭が付くかと思うほど腰を折って礼をした。


「お初にお目にかかります、奥方様。私は野干ヶやかんがもりきょを構えておるスズガ・ソウケンと申す者。いつもアカツナ様に目を掛けていただいております」


 ソウケンの自己紹介を聞いた途端、サエは大きく目を見開いた。


「あら! もしかして貴方あなたがお噂の?」


「はて、噂とは?」


 噂と聞いて心当たりのないソウケンはキョトンとした顔でサエに聞き返すと、サエの方はつい口を滑らせてしまったように「ホホホ……」と口元を手で隠して、ごまかすように笑って見せた。


「いえね、うちの主人がいつも戦場から戻るたびにセキワンが凄いだの、流石セキワンだ、だの毎度毎度言ってましたから……てっきり私は鬼のようなお人かと思っていたのですが……」


「あははは……。期待はずれで申し訳ござらん。それに、戦場のセキワンは、もう死にもうした」


「そうでしたか。不躾ぶしつけなこと申して大変すみませんでした」


 さすがは武士の家の嫁である。ソウケンのたった一言ですべてを察したようで、りんとした姿勢を保ったままソウケンに頭を下げた。


「すまないな、うちの者が」


 その様子を笑みを浮かべ見ていたアカツナからも詫びの声がかかった。


「いえいえ、お気になさらず」


 流石に二人から謝られて、ソウケンもたじろいでしまう。

 それを見かねたリッカがアカツナに声をかけた。


「アカツナ、布団」


「おお。そうであったな。サエ、使っていない客用の布団があっただろ? それをソウケンに譲りたいのだが、構わんよな? ……おぉっと、それとお前の使っていない着物も少しばかり譲ってやってくれないだろうか?」


「ええ、構いませんけど。でも、なんでまた?」


 サエの問いにアカツナが経緯を説明した。


 自分がソウケンに頼み込んでリッカを宿泊させたこと。そのせいで布団がなく困っていること。はたまた、自分の道場生が失礼を働いたことを、逐一ちくいち説明したのだった。


 それを聞いたサエは、正座を崩さず深く頭を下げた。


「家の者の不届きでご不便を掛け大変申し訳ありませんでした。ただちに用意をしますので少し待っていて下さい」


 そう言って立ち上がるや、下女を呼びつけ二人して奥の間へと消えていった。


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