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ダンジョン侍―白椿 紅に染まりて ついぞ散りなむ―  作者: ポンコツロボ太


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プロローグ

 一隻の巨大な帆船が帆を張ることもなく大海原を切り裂くように白波を立てて進んでいた。

 それと戯れるように巨大な海鳥の群れが人懐こく船の隣を飛ぶ。


 その様子を一人の女性が甲板から興味なさげな瞳でぼんやり眺めていた。


 年の頃は若く、どこか美術品を思わせる温度の感じない表情を張り付けた顔は、どこまでも美しい。


 腰まで伸びた白銀の髪が海風を受けて空を泳いだ。

 その絹のような美しい髪から覗く長く尖った耳は彼女がエルフだと伝えている。


 彼女の名はリッカロッカ。現存する最後のハイエルフである。


「おおい、先生」


 彼女の背後から声をかける男が現れた。


 ドスドスと足音を響かせそうな、大きな歩幅。それと相反するかのようにリッカロッカの胸ほどしかない身長。


 地面につきそうなほど立派な髭は赤茶色。頭上にかぶるは二本の角が生えたバイキングメットである。


 彼はドワーフ族屈指の武芸者、スクザ。


 スクザに「先生」と呼ばれたリッカロッカは振り返ることはなく、未だ視線は海鳥の群れの中。


「……相変わらず退屈そうですな」


 リッカロッカの隣に立ち、スクザも同じ景色を眺める。


「そう?」


 少しだけかすれているが、それさえも魅力に変える不思議な声色は彼女の表情と同じように感情というものを感じ取ることができない。


「ええ、ワシにはそう見えますけど。……違うんですか?」


「…………」


 感情を伴わない瞳で首をかしげる仕草はどこか小動物を思わせた。


 リッカロッカは退屈という感情がどのようなものであったか忘れてしまっていたのだ。


 彼女は長命を誇るエルフの中でも図抜けて永い寿命を持つハイエルフであり、八百年という永き時を生きていた。


 その悠久とも言える時間が彼女から退屈だけではなく、人がおよそ感じることのできる感情というものを奪い去っていたのだ。


 そんな何も答えぬ彼女の後ろで船乗りたちが慌ただしく船の帆を上げ始めていた。

 その様子を目端でとらえた彼女は何かを確かめるように鼻をひく付かせる。


「魔素が薄くなってきた」


「ええ。もうヤマトが近いですからな。魔石動力もそろそろ動かんくなるころです」


 スクザの言う通り、この船は船底に取り付けられた水の魔石から放出される水流を動力に動いていた。しかしそれが、今は稼働しなくなっているのだ。


 原因は彼らがこれから向かう地にある。


 それは世界地図の一番右端に描かれる極東の島国ヤマト。

 これまでヤマトは長らく鎖国政策が敷かれ、その国内に足を踏み入れることのできる者は極めて稀であった。


 そのような事情から、ヤマトを記さない世界地図も数多くあるほど、謎に包まれた国なのだ。


 しかし、そのヤマトがスクザ達の住むゴンドワート大陸の国々に突如として助けを求めるという緊急事態が起きたのだ。


 その問題の解決に手を上げたのが、ゴンドワートの強者を束ねる冒険者ギルドであった。


 そのため、この船には幾人かのギルドマスターとA級以上の称号を持つ名うての冒険者が乗り込んでいるのだ。


 そして何を隠そう、このドワーフの男スクザも冒険者ギルドのマスターであり、そのスクザから敬愛の念を受けるリッカロッカは、世界に数人しかいないS級の冒険者なのであった。


 そのリッカロッカが己の右手に魔力を集中させれば、たちまち魔力が光り輝き可視化される。

 しかしそれは、たちどころに霧散して大気の中へと消えていってしまった。


「不思議。本当に魔力が使えないのね」


「はい。ワシも初めて訪れた時には驚きました。海の上でこれですから、ヤマトの中はまったく魔素が存在せんのです」


 魔素とは、万物が消え去る際に残す魂の残滓ざんしだと言われている。


 大気を漂う魔素を己の体に取り込むことにより、それは魔力となり、魔素が大地に還り結晶化した物が魔石となるのだ。


 彼らの住むゴンドワート大陸の者ならば誰もが少なからずその恩恵を受けていた。


 ゆえに魔素の存在しないヤマトでは、魔法も魔力による驚異的な身体能力の向上も不可能に思われた。


「なぜ、そんな所にダンジョンが……?」


 八百年生きてきた彼女にしても解けぬ謎に、いつぶりかの好奇心が騒ぐ気がしたのだった。


 そんな彼女たちを連れ、船は順風満帆じゅんぷうまんぱん、風を帆に受けヤマトへの航路を順調に進んだ。


◇◇◇


 時はこれよりわずかに遡り天平八年。

 大和の国を二分する戦いも遂に、遂に終わりの時を迎えようとしていた。


 東條家時トウジョウ・イエトキを総大将とする東軍、対するは富岳玄鶴フガク・ゲンカクを総大将とする西軍。


 双方が大斑平おおまだらだいらにて両軍合わせて三十余万が人馬入り乱れての大合戦と相成った。


 数百、数千、数万の矢が頭上を飛び交い、馬にまたがる武者が長槍を振るう。鈍く光る太刀が敵の命を刈り取り、累々たる死体の山を築き、流れる血は河のように戦場を赤く染め上げた。


 そんな屍山血河たる戦場の中で燦然と輝く者たちがいる。


 それは一騎当千で知られる武芸者たちだ。


 その者ら襲い来る足軽どもを赤子の手を捻るようにばったばったと斬り伏せてゆく。


 それは例えば西軍随一の槍の使い手、兵頭源八郎ヒョウドウ・ゲンパチロウ

 例えば古今無双を謳う東海思念流、喜井景近キイ・カゲチカ


 例えば神影流の使い手、独眼、野牛十兵衛明綱ヤギュウ・ジュウベイ・アカツナ


 そうそうたる剣豪が戦場を支配し、相手方の御首上げんと戦場を闊歩していた。


 その中に異彩を放つ者、一人あり。


 その者、自らを十三代目、浅田甚右衛門アサダ・ジンエモンと名乗った。


 使う流派は、紫電一トウ流。

 その名が示すとおり素早き事、紫電の如し。強き事もまた紫電の如し。戦場で磨かれし真の業、ここに在りと謳われていた。


 その姿見た者、敵味方問わず、口々に「桑原くわばら桑原くわばら」と唱え、脱兎だっとのごとく彼の者の眼前から逃げ出していった。

 それは、その者の容姿故か、はたまた、その力故か……

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