第0話 錆びた剣
グリル・カサドール卿は書斎の机に座り、眉をひそめながら手紙を読んでいた。
「もし、先日の宴であなたが私に伝えてくれた情報が事実であるならば……」
グリルは、手紙の文面を途切れ途切れに小声で読み上げる。
「……それに応じた措置を講ずる――」
彼の口元がわずかに歪み、顔に刻まれた皺が寄り集まった。
グリルは手紙を暖炉へと放り込んだ。重厚な羊皮紙は一瞬、炎を押さえつけるように見えたが、やがて縮み、反り返り、黒く変色し、最後には貪欲な炎に呑み込まれていった。
彼は立ち上がり、暖炉の上に掛けられた一枚の絵画へと視線を向けた。
甲冑に身を包んだ一人の騎士が丘の上に立ち、足元に広がる幾千の軍勢に向かって、一本の錆びた剣を振りかざしている。
この絵画は、三十六年前の「第二の厄災」の後、カサドール家の先代当主がこの場所に掲げたものだった。
「最初の厄災」の後、この世界――フカラ・ヌラは、神々と精霊の庇護、そして恩寵を失った
それから一八〇〇年以上が経った今も、人類は錆による毒を治療する術を思い出せずにいる。錆びた刃物で傷を負えば、いかなる者であれ必ず死に至るのだ。
ゆえに、幾多の戦火をくぐり抜けてきたウルマエト大陸では、錆びた剣は勇武と勝利の象徴とされていた。
その剣を掲げる騎士の鎧には、はっきりとカサドール家の紋章が刻まれている。
後ろ脚で立つ獅子が一本の骨を咥え、その足元には深緑の蔓が絡み合っていた。
そのとき、広い回廊の向こうから足音が響いた。
恰幅のいい男が扉を押し開けて入ってくる。
「た、大変です! 閣下!」
男は蒼白な顔で叫んだ。
「たった今、使者から口頭の知らせが……カルガル公爵が人を派遣してくるとのことです……それに、あのバディオグ・リストも同行すると……」
「……何だと?」!
グリルは目を見開き、歯を食いしばった。
「あのしぶとい老いぼれが……」
「すぐにヌロン侯爵へ手紙を書かねばなりません! 伝書鳩の準備を! 万事抜かりなく進めねば!」
書斎へと戻りながら、グリルは拳を固く握りしめた。
「……ああ、錆びた剣よ。どうか、我に加護を。」




