第7話:剣の下に潜む闘志の火花!
翌日:
朝の空気は鋭く、皮膚を突き刺すように冷たかった。
王宮にも引けを取らない程の規模を持っているファルケンハイン宮殿の中庭に敷かれた石畳には露が残っていて、朝陽を受けてガラスのように光っている。
俺はいつもの場所に立っていた。訓練用のチュニック。召使いのこの服を着て、背筋を伸ばし、手を後ろで組んで。
けど――、内心は煮えたぎっていた!
今日の俺はただの見物人じゃないから!
そして、奴はやって来た。
シルヴィアーヌというクソ女だ!
いつもの学院の騎士候補生用の赤い制服に身を包んでいて、そして今回は短い黒いマントを身に付けた彼女のそれが風に揺れて、まるで自分が風そのものだとでも言いたげだった。
腰のレイピアが朝日を反射して、猛獣の牙みたいに輝いていた!
その目――!怠そうで鋭い視線が、無言のまま中庭を見回す。
「今日はね、退屈なの、ふふふ~」
ふわりと笑いながら宣言した。
「オバシ。何か面白いことしてみないー?いつものように、私の下でひれ伏したくないー?『舞踏』を踊った後で...」
……は? 今、なんて言った?
「……俺に、剣を交えろってことかぁー?」
冷静なふりして聞き返す。でも声は自然と少し荒くなってた。
シルヴィアーヌの唇が歪んで、ゆっくりと冷たい笑みを作った。
「耳が悪いの? すぐ剣を取りなさいー、犬!北方大陸の恥さらしにならないように頑張りなさいー!」
砂糖で包んだ毒のような張り上がった声――!怒鳴り声であっても、その声色は上品で美しく聞こえる
けど、芯は人を潰すための刃物のような声帯だ。誰かが『石と棒きれは骨をも砕けるけど、言葉だけは僕を全然傷つけない』というけれど、実際は言葉の刃も人の心に強烈に響くものもあるんだ...
ター!
俺は一歩前へ出た。
後ろで俺充ての、監視用のメイドが息を呑んだ音が聞こえた。
「ふふふふ......」
エリス――あの青白い肌してる黒髪メイドは、面白がってるように口元を抑えて笑っていた。
けど、どうでもいい。
俺の目に映ってたのは、あいつだけだ!
互いに間合いを取りながら、ゆっくりと周囲を回る。
タタ―――――――!!
動いたのはシルヴィアーヌが先!
いつも通り。速くて、正確で、容赦がない。
キ――――――ン!!
なんとか捌く。
カ―――――ン!!キ――――――ン!!
ギリギリの連続の迎撃。
四撃目。五撃目。さらに速度を上げてくる彼女!
背中を汗が伝っていくのを感じながら、俺は視線を切らさなかった。
あいつの型、足の運び、フェイントをかける前の肩のわずかな動き――!全部、頭に叩き込んである。
そして、来た――――!!
四撃目の突き―――!!
タ――――――!!
その瞬間――俺は務めて声も上げずに動いた!
一歩だけ角度をずらす。手首を捻る。
「――――!?」
練習通り。あいつの剣は俺の横を滑って、空を切った。
「ふー!」
そして――初めて俺の剣が反撃に出た!
シュウゥ―――――――――!!
俺のレイピアの切っ先が、シルヴィアーヌの胸元すぐ手前まで迫る。
パチ―――――!
……届いた!
「―――――!?」
あいつの目が一瞬だけ見開かれた!
本当に予想外だったんだろうな。
でも、その時間はほんの一瞬だった!
「……もういいわ。善戦してるつもりだけれど、それだけー?」
低く、冷たい声。
次の瞬間――!
奴の身体が沈む!
回転!
足が地を払う!
「くっー!?」
まったく何も見えなかった――!
バキ―――――!!
「ぐっ……!」
かかとが俺の腹に叩き込まれた。強烈な回し蹴り。
バコ――――――!!
内臓が潰れたかと思うほどの衝撃に、体が宙を舞い――石畳に叩きつけられた―――!!
「はぁあー、はぁあー、はぁあー、はぁぁ......、く~っそ...」
呼吸ができない。
肋骨が悲鳴を上げる。
カー、カー、カー、カー!
ゆっくりと、シルヴィアーヌが近づいてくる。剣を下ろしたまま、悠然と。
「たった一手決まったぐらいで、対等になったつもり?」
見下すその声は、女王が敗者を嘲るそれだった。
「……本物を見せてあげるわ。お前も起き上がりなさい。剣を構え直して続くの!」
「......後悔させてやるぞ!いつまでもその傲慢な顔と言動ができると思うなよ!」
何とか強がった俺は反抗的な目を向けると同時にそんな挑発をしてみた。
でも、それが後ほど彼女に何の悪影響も与えない事だけは知ることになる......
.....................
剣をもう一度構える。
そして――あいつが動いた!
タ―――――――!!
さっきまでの型じゃない。
教本にすら載ってない、まるで魔法みたいな剣筋。
途中で軌道が捻じ曲がる、重力も無視するような突き――――!!
「はあー!」
反応できなかった。
体も、目も、何も追いつけなかった―――――!!
その切っ先が、俺の喉元――あと一寸の距離で止まった!
「........」
……動けねぇ。息もできねぇ。
なんだよ、これ!
あんな技、見たことねぇー!
これは――、
シルヴィアーヌ自身の技だ!
完全に、あいつだけの剣。
「.........」
しばらく無言のまま、俺を見下ろしていたシルヴィアーヌは、ゆっくりと剣を引いた。
「少しはマシになったじゃない。ほんの少しだけど」
まだ地面に這いつくばっている俺を横目に、あいつはくるりと背を向けた。模擬試合をするために一度外したマントを地面から拾ってつけ直していく彼女。
そして、立ち去ると同時につけたばかりのマントが風に揺られ踊ってるみたいになった。
「やっぱり、ちょっとは噛みつくくらいの犬の方が楽しいのよ。でもそんな程度ばかりじゃ退屈するから、もっと上達してみせたらどうなのー?」
肩越しにそんな軽口だけ言い残して、あいつは行ってしまった。
「......」
空を見上げる。
拳を強く握りしめる。
……ああ、今日も負けた......
でも――!確かに見えた!
あいつの目が、一瞬だけ、俺を認めた!
ほんの少しだけ、俺のことを対等な練習相手として見てたその目をー!
奴はもう知っているはず!
俺が、彼女を倒すために密かに練習を重ねて本を読んだりして学んでいることを......
そして――、いつか、あいつを倒す日が来ると信じる!絶対になー!