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第5話:灰の女帝とその足下の男

翌日:


「うぅぅ......」

背中の痛みと乾いた喉の渇きで目を覚ました。今は召使用の私室のベッドで寝ていたが、まるで訓練場の冷たい石床が、未だに背中に押し当てられていると錯覚する程に......


「一昨日からの強烈な蹴りが未だに尾を引いてる感じかぁ......」


誰かが毛布をかけてくれたらしいが、それが親切からだったのか、それとも残酷な皮肉だったのかは分からなかった......


「...畜生......」

体中が痛みで軋み、特に誇りの痛みは肉体よりも深かった。


俺はしばらくの間、天井の揺れる松明の光をぼんやりと見つめながら横になっていた。室内は静寂に包まれており、息苦しいほどの沈黙が支配していた。


──今は何時だ?

そもそも眠ったのか? それともただ、限界で意識を失っていただけなのか?


今でも鮮明に思い出せる。シルヴィアーヌの回し蹴りが肋骨にめり込んだ感覚──宙を舞い、口内に広がる血の味、そして暗転!


...その後、彼女の声。決して忘れられない、あの嘲るような声。


「レイピア以外は禁止って言っただろう?」

と俺は血混じりの声で訴えた。


シルヴィアーヌは、まるで虫けらを見下すかのように、冷たい笑みを浮かべていた。


「また文句言ったら、歯を一本ずつ蹴り飛ばしてやるわ。残りの人生、ストローで粥をすする羽目になるわよ、犬」


──それ以来、俺は一言も発せなかった。


「ぐぅ......」

ゆっくりと立ち上がった俺。一つひとつの動作が、痛みと誇りの間で交わされる交渉のようだった。


中庭へ続くアーチへと足を引きずるように進むが、義務ではない。何か別の衝動に突き動かされていた感じ......

羞恥か、それとも──好奇心か?


朝はまだ浅く、霧が草に張り付き、まるでガラスに息を吹きかけたような風景だった。


誰も起きているはずがない──、そう思っていた。


...だが、そこに彼女はいた!


シルヴィアーヌ。


一人きりで。


大理石の中庭の中央に立ち、彼女は静かに舞っていた。試合と俺がいる訓練の時に見せるような傲慢さも残酷さもない。


「はー!せいー!ひゃー!」

鋼と静寂の間を流れるように踊るその姿は、もはや戦闘ではなく儀式のようだった。


「それー!」


挿絵(By みてみん)


彼女のレイピアは朝の陽光を浴びて輝き、空を切る動きには観客を意識した派手さもない。

ただ己のために振るう剣。まるで瞑想のような型の連続.....


それは『攻撃』ではなく、『存在する』ための動作だった。


ター!

俺は柱の陰で足を止めた。

邪魔をしてはならないと、直感的に思った。


シルヴィアーヌの額には汗が滲み、唇は固く閉ざされていた。足が一瞬滑り、リズムが崩れる──!小さく舌打ちをしてすぐに動きを再開したが、今度は倍の速度で。


──これは、いつも俺に見せてきたシルヴィアーヌの姿じゃない。


高圧的な暴君ではない...


必死に何かを追い求める少女。その姿に、胸の奥に何かが微かに軋むのを感じた。


いったい誰のために、証明しようとしているんだー?

国か? 家族か? それとも──、自分自身かあー?


.............................


その後、朝の陽が本格的に昇る頃、部屋にいるシルヴィアーヌはまたもあの『玉座』っぽい偉い様のためみたいな椅子へ座りに戻っていた!彼女の部屋であるここへ俺を連行してきた直ぐ後にー!


それは玉座と呼ぶにはやや過剰な椅子だった。暗い木材で作られ、紅のシルクと金糸の装飾が施されているんだ!


彼女は脚を組み、腕を肘掛けに置いて悠然と座っていた。まるで、あの中庭の少女が幻であったかのように......


「......」

俺は黙って立っていた。手首は包帯に巻かれ、唇はまだ腫れている。


「あら、早いじゃないー?.オバシ.....。ふぅん~、驚いたわね」

と、シルヴィアーヌは冷ややかな声を滑らせる。

「てっきり、一昨日の蹴りで来週まで意識ごと飛ばされたと思ってたのに...昨日に続いて、今朝も平気で私の訓練してるここの中庭まで観察しにくるなんて......」


「......」

俺は何も答えなかった。


「思ったよりしぶといのね。まだ哀れだけど──使えるかもしれないわ」


彼女は指先でつま先を軽く弾いた。黒革のブーツ!


ろうそくの光に艶やかに輝いている。あの廊下で、俺の肩と頭に無慈悲に押しつけられたのと同じものだー!あの忌々しき革製ブーツがー!


「磨きなさい」


俺は息を呑んだ。

「……汚れていないぞ?」


「聞かれてないわ」


シルヴィアーヌの唇が、夢に出てきそうなほど悪意に満ちた笑みを描く。


彼女はゆっくりと脚を組み替え、ヒールの先端を俺の目の高さに持ち上げた。


「舌を使いなさい。そろそろ『敬意』ってものを学ぶ頃よー?」


「......」

動けなかった。体中の神経が拒絶していたみたいに......


──お前は大人の男だ、オバシ!

34歳だー!


南方の異国から連れてこられて来た戦士。こんなことは、屈辱の極みだ!


「...畜生めが.....」

それでも──、俺は膝をついた!


誇りが悲鳴を上げ、魂が焼けるようだった。それでも俺は顔を革性ブーツへと近づけた。


シルヴィアーヌは顎に手を添え、無言のまま見下ろしていた。

俺の顎の震え、指のかすかな痙攣、すべてを見逃さなかった。


「ここが、お前の居場所よ。覚えておきなさい」


その夜、俺は何をしていても眠れなかった。


部屋の隅で膝を抱え、拳を握りしめていた。


──なぜだ? なぜ逆らえない?

──なぜ、心のどこかで『ここにいたい』と思ってしまうマゾな心に目覚めてしまったというのかー?

──なぜ、あの中庭の、いつもレイピアで剣術の訓練してた少女のことが、頭から離れないー?


「なんでだ――――!!?」

バ―――!!

理由もなく、拳で壁を叩き込む程に今の俺の心の中は荒れてる感じー!


「......くそったれがー!」

彼女を憎んでいた。


自分を弱者に変えてしまう彼女が憎い!


命令のたびに屈辱を味わうそのたびに──それでも心のどこかで、彼女に『違う目』で見てほしいと願っていた!


奴隷としてでも、犬としてでもなく......


──、一人の、......『男』として......


だが今の俺は、彼女のブーツの下にいる。


そして明日も──また舐めるのだ。


何かが変わらない限り。


自分自身が、変わらない限り。


ずっと、...このままだ!

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