第3話:空を裂いた一撃
鋼のぶつかる音が、まだ耳に残っていた。
自分が何をしたのか、正直わからない。
本能だったのか。運が良かっただけか。
でも、ほんの一瞬!
たった一秒でも、...俺はシルヴィアーヌ・フォン・ファルケンハインと対等に立ち、倒れなかったー!
剣がぶつかり合い、足元が踏みとどまった。
祖国が征服されてきて以降の今まで経験してきた敗北の数々、エリスの侮辱、冷たい命令。そのすべてが身体の奥に焼き付き、俺の動きを支えていた。
シルヴィアーヌが、瞬きをしながら動揺した表情を見せた!
ほんの心臓一拍の間。しかし、それは確かだった。
その微かな驚きが、俺の胸に火を灯したんだ!
……だが、それもすぐに終わった。
カ―――――!!
彼女の踵が動いた。
そして見えた!回転の構え。
足が鋭く振り抜かれ——
バキンッ―――!!
「がぁー!?」
世界が横に傾いた―――!!
彼女のブーツが、俺の胸に完璧な角度で突き刺さったのだ!華麗な回し蹴りだった!
俺の身体は空中に舞い、炭袋のように地面に叩きつけられた。
息が一気に抜け、視界が揺れる。
「はあぁ......」
意識が遠のく中、彼女の声が聞こえた。
冷たく、そして無慈悲に。
「身の程を、学びなさい」
..............................................................
............................
「うぅぅ......」
気がついたとき、肋骨が砕けたように痛んだ。
口の中には血と埃の味。ぼやけた視界の先には、彫刻のある木の天井。
ベルベット張りの召使い用の部屋。
「くっ......」
俺はうめき声を漏らした。
エリスがここに放り込んだに違いない。
「-痛ー!」
ゆっくりと身体を起こす。筋肉という筋肉が悲鳴を上げた。
バタ――!
その時、扉が開いた。
シルヴィアーヌが入ってきた!
まだ赤い制服を着たまま、腕を組み、レイピアを鞘に収めていた。
茶髪は相変わらず後ろで長く伸ばされ、表情は無機質。
「目が覚めたのね。思った以上、頑丈な身体をしているようで良かったわね~?」
「……あんた、レイピア以外使うなって言っただろ……」
俺がかすれた声で言うと、彼女の目が細くなった。
「文句を言うのなら——、次は歯の間に蹴り上げを入れてやるわよー?」
俺は彼女を見つめた。
その目......
本気だった!
「...くっそ...」
目をそらす。拳が膝の上で震える。
カー、カー、カー......
彼女はそれ以上何も言わず、部屋を出て行った。
..................
静寂。
壁の時計の針の音と、肋骨の痛みだけが俺の同伴者だった。
「......」
長い間、そこに座っていた。考え続けた。怒りに燃えながら。
——俺は、一体何をしてるんだー!?
こんなところにいるはずじゃなかった。こんな惨めな格好になっているはずじゃなかった。金の檻の中で飼われる忠犬になんて――!。
俺はオバシだ!
俺の中には炎が流れているはず!
祖国を守る者として育てられた!
語られた物語が骨の奥に眠っているはず!
それが今じゃ……靴を舐め、刃を受け、命令に従うだけの犬かぁー!
「ぐっ~!」
歯を食いしばる。
——でも逃げる?逃げたら、どうなる?
あいつらはすぐに俺を見つける。ファルケンハイン家の人間が見逃すはずがない。
シルヴィアーヌの目は知っている。人を道具か財産のように見る目だ。あいつのものになったら、二度と逃げられないかもしれないー!
なら——!
ならば、奴が見る「それ以上」になってやる!
逃げれば死ぬ。
弱いままでは砕ける。
だが、もし俺が鍛えれば……学べば……強くなれば……
いつか奴よりも上に立てるかもしれない!
あるいは、少なくとも——跪かずに隣に並べる対等な存在としてー!
俺の中の炎が、ふたたび灯る。
俺は彼女に仕えたいから逃げようと試みず、残ってるわけじゃないー!
彼女と対等になるために残るんだ――!!
たとえ、あらゆる侮蔑、蹴り、冷たい訓練を耐え抜いてでも。
——いつか、彼女の目をまっすぐ見てやる。
痛みでもなく、誇りでもなく——、力を持ったままで!
そしてその時は——!彼女が先に、瞬きすることになるだろう......