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第22話:貴族の庭園と秘めた想い

翌日:


朝日が、ファルケンハイン公爵家の庭園にある刈り込まれた生け垣やバラのトレリスを優しく透かして差し込んでいた。


小鳥がさえずり、蝶が花の間をのんびり舞う。そこはまるで、静謐で美しい別世界のようだった。


だけど、俺――オバシの心はとても落ち着いていなかった。


「……なんでまた、俺の右手にだけ赤い手袋なんてはめなきゃならならないんだよ?」


そう呟くと、二歩ほど先を歩いていたシルヴィアーヌが振り返った。


「それは正しいファルケンハイン貴族家の礼儀作法の一部だからよ! 私の護衛たるお前は、フォーマルな場で品位と落ち着きをきちんと見せないといけないの。今日の訓練は、私と外交行事に出る時に恥をかかせないためのものよ」


眉をひそめて問い返す。


「つまり……これは訓練であって、...デートじゃないんだな?」


彼女の顔がピクッと動いた。


「もちろんよ! 何その嫌な妄想は?! これはデートなんかじゃないわッ!。絶対に!私のような貴族が、元下僕から卒業した従者のお前とそんな事するわけないでしょ!」


「...わかったよ」

と俺は落ち着いて遮った。

「デートじゃなくて残念だな」


「ふん。」

彼女は背を向けたが、その耳はほんのり赤く染まっている。


俺たちは並んで庭の小径を歩く。シルヴィアーヌは「きちんとした所作」を厳守するように言いながらも、ゆったりした足取りだった。


挿絵(By みてみん)


途中で彼女は折り畳みの扇子を取り出し、顔を隠しながら俺を横目でチラリと見た。


「……姿勢、良くなったわね。」


「お嬢のおかげだよ」

と答える。

「それにレディナイトたちも。...ロザリーの裏拳が一番効いたと思う」


「ふん、あの馬鹿力の女なの?全力で叩き潰されなくてラッキーだったわね~?」


「ほぼだったけどな。」


「ふふふ……かわいそうに~」

シルヴィアーヌは思わず笑った。


咲き誇る白百合の周囲に小さな噴水があった。

彼女は立ち止まり、近くのベンチを指さす。


「座って。礼儀正しい会話の練習をしましょう」


俺は腰を下ろし、彼女は立ったまま、上から説教のように話しかける。


「貴族の間では、天気やファッション、お茶の好みなどを話題にして場を和ませるの。じゃあ、私がヴェランシア家の公爵夫人だと思って、挨拶してみて」


頷いて、わざとらしく優雅に言う。


「ごきげんよう、公爵夫人。お召し物は春の花に劣らぬ美しさでございますが、それよりもあなたの機知に叶いません」


シルヴィアーヌは瞬きして、それから鼻で笑う――!?


「ぷっ――、ぷははは~!口説き上手ね! パーティで媚びる薄っぺらい貴族男子みたいよ、お前!」


「礼儀正しい会話って言ったのはお嬢の方だろうー? 俺はただ役を演じてるだけだぞー!?」

背もたれに寄りかかって言い返した俺。

「それに、この訓練を課したのはお嬢の方だろう?」

と付け加えた俺。


「でも、そ、そんな簡単に口説かなくてもいいでしょー!! 公爵夫人に、なのよ~! ……私じゃない女によ、もちろんッ~!」

彼女はぷいっと顔をそらして拗ねた。


「だって、ここにはお嬢しかいないから、他に誰がいるっていうんだ?」


シルヴィアーヌの頬がピンク色に染まる。


「……バ、バカ……」


...................................

しばらく沈黙が続く。空気はバラの香りと緊張に満ちている。


俺は空を見上げた。


「……アシェンダリでは、こんな庭園はなかった。こんなに整えられた庭は...。大半が、野生の砂漠か森のままだった。父は言ってた――“精霊は自由で頑固なものが好きなんだ”って。まあ、...祖国には首都や都市部もあるが、生憎と諜報部隊に属していた俺はずっと森の入り口にある基地で引き籠るよう上層部に命令されてきたので、上流階級が良く保有するような整ってる庭園とは無縁な生活を送ってきたからな、俺......」


シルヴィアーヌは横目で俺を見て、声が少し優しくなった。


「……故郷が恋しい?」


「……毎日だ」


「……強くなりなさい」

彼女は静かに言った。

「帰れるくらいに。今じゃなくても……いつか。...ね?」


その言葉に驚いて彼女を見やる。


「...シルヴィアーヌ……...」


「誤解しないでよ!」

突然声を荒げて立ち上がった彼女。

「私はただ護衛が有能になるよう励ましてるだけよ! 弱虫が私に付きまとうなんて恥ずかしいじゃないー!」


俺も立ち上がって笑いながら応える。


「わかったわかった。『厳格なプロの従者』として、貴女の貴族令嬢としての知恵を胸に刻みまする」


「ふんっ!!」


そして、顔を合わせて立ったまま、俺たちはお互いの距離が思ったより近いことに気づいた。


風が吹き、彼女の茶髪の髪がふわりと揺れた。俺が見つめているのを察して、彼女は急いで顔を背ける。


「……さあ、メイド長のエリーゼに昼食の準備をさせるわ。今日はただのパンじゃなくて、少しはマシなものを用意するでしょうね」


「アップグレードしてくれて、感謝します、マイ=レディ」

それに対して、恭しくお辞儀した俺。


城に戻る道すがら、言葉はなかったけれど――確かに、何かが変わっていた。


...俺達の関係が......

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