第21話:舞踏会と護衛騎士
数日後:
「今夜、あなたも《冬の花》貴族舞踏会に同行なさい」
廊下で声をかけてきたのは、いつものように威厳と気品に満ちたシルヴィアーヌだ。
いつもの赤い騎士学院生姿の彼女は、今回だけつけている銀の装飾が月明かりにきらめいて見える。でも、頬にわずかに紅が差していたのを、俺は見逃さなかった。
俺はまだシャツのボタンを留めている最中だった。
「……俺が、踊るのか?」
一応、彼女からは二人っきりの時だけ敬語を使わなくていいと言われたので、今は普段通りの口調に戻った俺だったが...
「はぁ~?」
彼女は呆れたように鼻を鳴らした。
「馬鹿なこと言わないで。あなたは“護衛”として随伴するの。...今夜は他国や敵対派閥の貴族も出席するから、警備が必要なのよ。あくまで、公的な任務だわ!」
「なるほど。じゃあ、俺は会場の隅っこで睨みをきかせていればいいんだな?」
「当然でしょう?」
シルヴィアーヌはそっけなく答えたが、すぐに小声で続けた。
「ただし……もし怪しげな連中が近づいてきたら、その時は私のすぐ傍に立ちなさい」
「心得た、シルヴィアーヌ嬢」
俺がそう答えると、彼女は「ふん」とそっぽを向いた。
.........................
翌日:
王都にて、夜の『ヴィンテルガ王城』は、幻想の中にあるかのようだった。
彩られたステンドグラス越しに揺れる燭火。宝石のようなドレスとベルベットのマントが舞踏会場に咲き誇る。香水と権力と陰謀の匂いが交じり合い、空気はどこか緊張していた。
そして――扉が開かれた!
シルヴィアーヌ・フォン・ファルケンハインは、堂々たる足取りで入場する――!
いつものような制服姿と同じ配色で、今度は赤色のドレスで統一した礼服で入ってきた彼女は、黒色のアクセントも混じってるそのドレスでベレー帽かぶっていない珍しい姿で茶髪を後ろで結い上げる、ダンスに最適な格好で臨んできた!
背筋を伸ばし、気高さと威厳を全身で示していた。
俺はそのすぐ後ろを歩く。
黒い礼服には、緋色の糸が精緻に縫い込まれている。漆黒の肌に金色の瞳――その姿は、瞬く間に周囲の注目を集めた!
「まさか、アシェンダリの従者?」
「違うわ。あの格好……ただの下僕じゃない」
「まさか、彼を連れてきたの? 彼女自身の護衛として?」
ささやき声が会場を駆け巡る。だが、俺は一切気にしない。
視線を鋭く走らせ、警戒を緩めることなく歩を進める。
シルヴィアーヌは一歩だけ前を進みながら、視線をちらりとこちらに送ってきた。彼女の手袋の端が俺の手にかすかに触れ――すぐに引っ込められた。
「……もう少し普通に歩けないの?」
小声で言ってくる彼女。
「まるで獣が狩りをしてるみたいよ。目立ちすぎなの」
「目立って欲しいんじゃなかったのか?」
「し、特定の人にだけよっ!こんな風にじゃないわ!」
そこに、一人の貴族令嬢が近づいてきた。白銀の髪を揺らし、まるで狩人のような微笑みを浮かべて。
「まあまあ、シルヴィアーヌ。相変わらず大胆なのね。噂の『炎使い』はこの方かしら?」
シルヴィアーヌは完璧な笑みを浮かべて応える。
「ええ、私の“誓約の刃”よ。それ以上の関係はないわ」
「ふふ……でも、その目。彼の一挙手一投足を追っているなのね。そんな“何でもない”人に対するする視線じゃないのよ、シルヴィアーヌ?」
「……ちっ」
俺は微笑んでその令嬢に一礼する。
「お嬢様」
それからしばらく、舞踏会は続いた。
貴族たちは円を描き、音楽に合わせて優雅に踊る。俺はシルヴィアーヌの後ろに控え、背筋を伸ばして周囲を見張る。
彼女は果物をつまみながら、誰とも視線を合わせずに囁いた。
「いい感じね。姿勢も表情も完璧。まるで――、正式な過程を踏んできた、貴族の本物の騎士みたい」
「“みたい”か?」俺がからかうと、
「...調子に乗らないで」
彼女は睨み返してくる。
――だがそのすぐ後、ほんの少し、声色が柔らかくなった。
「……でも、来てくれて良かった」
俺は見下ろす。
「踊ってもいいのか?」
彼女の顔が一瞬で真っ赤になる。
「ば、ばかなこと言わないでっ! この場で、私が部下と踊るなんて――それも『あなた』となんて、ありえないっ!」
「“俺と”ってところ、強調したな?」
「~~~っっ!!」
彼女は慌ててワインを飲み干す。
「からかわないで、オバシ!」
俺は笑いを噛み殺しながら立ち戻る。
階上のバルコニーから、女騎士たちのひそひそ声が聞こえる。
「今の笑顔、見た?」「シルヴィアーヌ様、あれ絶対好きだよね……犯罪レベルじゃない~?」
アデル嬢とロザリー嬢だ。
夜も更け、貴族たちの仮面と笑顔の裏に渦巻く思惑が広がる中、俺はシルヴィアーヌの背後から片時も離れなかった。
それが、俺の“役目”だから――そう思っていたはずなのに。
けれど彼女の横顔をふと見たとき、その鋭く高貴な輪郭が、なぜか胸の奥を焦がした。
この炎が彼女にも伝わっているのか、分からない。
ただ、彼女の瞳がほんの一瞬だけ、俺に縋るように揺れたのを見てしまった。
シルヴィアーヌはそっぽを向き、いつものようにツンとした声で呟いた。
「……ふん。」
でもその声音には、もう以前のような“余裕”はなかった。
まるで、自分自身の中に芽生えた感情を否定するために――無理やり冷たく振る舞っているような、そんな震えを感じた。
俺はただ、黙って彼女の背に立ち続ける。
出来れば、俺も彼女と踊りたかったのだが、今は指を咥えて彼女が他の男と対外的にも踊っている姿を我慢して見なくてはならん。例え特別な感情がないとしても、なんだかなぁ......
でも、この胸に濃く焦がしてる正体不明の炎が、どこへ向かうのかは――まだ分からない。
けれど、一つだけは確かだ。
彼女が、...俺につけてきた”マーク”、『靴底を舐めさせてきた』!って刺激が強すぎたから、それでマークをつけられた俺の中に、......彼女を『俺だけの女にしたい』って欲求も.......
今この瞬間、初めてそれを淡く自覚したと、これから認識することになっていくだろう......