第19話題 : 氷の心に灯る炎
決闘は終わった。
炎と氷の余韻がまだ空気に漂い、俺とシルヴィアーヌがぶつかり合った舞台には、激闘の痕跡が残っていた。
焦げた地面、砕けた氷、そして立ち上る蒸気――!まさに、英雄譚に語られるような戦いだった......
俺はイソルデ嬢にプレゼントされた自分のバスタードソードを下ろし、肩で息をしながらも堂々と立っていた。肌には汗が光り、体は限界に近かったが、心は、高く舞い上がっている!
……やったんだ。
「本当に俺、...あの高嶺の花と言っても差し支えない程の氷の令嬢、シルヴィアーヌ・フォン・ファルケンハインに買ったんだな......」
貴族たちの観客席からはざわめきが起きていた。信じられないという声、そして称賛のささやき。
その中には、かつて俺を鍛えてくれたシルヴィアーヌ直下の女騎士3人とシルヴィアーヌより2年も若い騎士学院生1年生のアデルたちの姿もあった。彼女たちは、一人また一人と、俺のもとに歩み寄ってきた!
「オバシ!」
銀髪のロザリー嬢が叫びながら走り寄り、勢いよく抱きついてきたー!
いつもは茶化すような調子の彼女だったが、今の声には本気の喜びがあった。
「ほんとにやっちゃったんだね~、炎使いの黒騎士君、えへへへっ!」
「なかなかやるじゃない~、おじさん~!」
赤髪をポニテ―ルにした騎士学院生のアデルが肩越しに髪を払いながら微笑んだ。
「最初は動きが野暮ったかったけど、ちゃんと洗練されてるようになった。きっと緊張が解けた途端、冷静になっていくタイプだったのね~。まあ…今のおじさんなら騎士と名乗っても笑われないわよね、うふふっ...」
堅物そうで無口だったイソルデ嬢でさえ、俺に軽くうなずいた。
「オバシさんの炎…美しかったです。まさか、あの靴磨きの元下僕に、こんな言葉を使うとは思いませんでしたが」
口調が相変わらずのドライ響きしてるイソルデ嬢だったけど...
「ずっと信じてましてよっ!」
青髪のレディ・クラリスが元気いっぱいに言った。一番貴族然としての、束飛車なお嬢様らしい言動と振る舞いを欠かせなかったその元気いっぱいの貴族家の女騎士が俺の前に立った。
「…まあ、二週目が始まってからの訓練からは、かなり信じてましたけれどね!お~ほほほ~!」
今や彼女たちは俺の周りに集まり、背中を軽く叩いたり、腕を触ったり、頬についた煤を払ったりしてくる。その空気は祝福に満ちていて、暖かく…どこか甘酸っぱさすら感じられる~!
もはや、『あの女』がしてたような見下すような視線や口調はどこにもなかった。
...ただの同僚――いや、それ以上の何かを感じさせる。
「でも、...ずいぶんと親し気に接してきてるじゃないか、あんた達?」
俺がそう言うと、ロザリー嬢がニヤリと笑い、ウィンクを送ってきた。
「仕方ないでしょ?あんなに凛々しく戦われたらさ。うちの隊長と真っ向からやり合って生き残る男なんて、滅多にいないんだからね」
「調子に乗りません事、英雄さん」
クラリス嬢が肩に手を置きながらクスクス笑った。
「ちょっとだけ…感心したってだけですわ」
「『ちょっとだけ』かぁー?」
俺は微笑みながら応じた。
「じゃあ、次はもっともっと色んな凄腕の騎士様を打ち破って貰って、『す~ごく』って言わせるしかありませんわよー?」
彼女たちは笑った。さっきまでの緊張は、どこかへ消えていた。今ここにあるのは――仲間意識、そして誇りだけだ!
俺はもう、ただの下僕じゃない。
騎士だ――!騎士の中の一人なのだ......
これからー!
カー、カー、カー!
部下たちが道を開けると、そこにいたのは――シルヴィアーヌー!
長い茶髪は汗に濡れ、腰のラピエールはすでに鞘に収められていた。
歩いてきた彼女のその美貌に、周囲は息を飲む!
皆が注目する中、あの誇り高き冷徹な騎士学院生3年生のトップ座を誇る一位の彼女は、かつて自分の靴を舐めるよう命じられた召使いだった俺の前に立ってきた―――!
彼女の目が俺をじっと見つめる。鋭く、でもどこか揺れていたー!
何か言おうと唇を開いたが、すぐに閉じた。しばらくして、ようやく口を開いた。
「……さっきもそれっぽい事いったけど、もう一度いおう。...見事だったわ」
その声は、静かだったが――確かに届いた。
「それって、俺の勝ちってことでいいのか?」
俺がからかうように聞くと、彼女はピクリと肩を震わせた。
「調子に乗らないで」
腕を組み、顔をそむける。その頬には、うっすらと赤みが差していた。
「……認めるわ」
目を逸らしたまま、ぽつりと続けた。
「お前は、私の予想を遥かに超えていた。それに――、私が叩き込んだ教訓を、ちゃんと覚えていたのね」
「屈辱的な訓練も含めてか?」
その一言に、彼女の肩がビクッと動いた。
..............
しばらくの沈黙のあと――
「……いいわよ」
彼女は苦々しげに言った。
「謝るわ。靴を舐めさせたり、便所掃除をさせたり…やりすぎだった。あれは――、」
また、言葉を詰まらせた。
「……少し、やりすぎたわ」
……俺は思わず目を見開いた。
後ろから、彼女の直下の騎士たちの息を呑む音が聞こえる。
「え、マジで謝ったー!?」
ロザリー嬢が小声でつぶやき、
「ドラゴンがワルツを踊るのを拝むよりレアでしたね…」
クラリス嬢もそう呟いた。
シルヴィアーヌは顔を真っ赤にし、そっぽを向いて言い放った。
「べ、別に勘違いしないでよ、オバシー!」
カ――!
ヒールの音を響かせてくるりと背を向けた。
「尊敬されたからって、対等になったと思わないことね!お前なんて、まだまだ下の存在よ~!ただ…少しだけ、...命令の仕方を『マシ』にしてあげるって言っただけよー!」
そしてアーチの前で立ち止まり、鼻を鳴らして言った。
「ふん!感謝しなさい、私の“寛大さ”にねー!ふん!」
俺は腕を組み、ニヤリと笑いながら叫んだ。
「ありがとな、レディ・シルヴィアーヌ」
彼女の体がビクリと硬直し――そのままスタスタと去っていった!
「ふんっ!」
新たな絆も芽生えてきたと痛感した俺に、
シルヴィアーヌが去った後、他のレディ・ナイトたちが一斉にくすくすと笑い出した。
「完全に惚れてるじゃん、あれ~」
アデル嬢が耳打ちするように言い、
「来週あたり、自分のブーツを差し出してくるに違いありませんわ~!今度、オバシ様に舐めさせるんじゃなくて、お嬢様の事を一生忘れられないようプレゼントするためですわ~!」
クラリス嬢がニヤリと笑った。
「きゃああ~!王都の恋愛劇みたい~~っ!」
ロザリー嬢が手を叩いて喜ぶ。
「あ~はははは...」
俺は頭を振りつつ、困ったように小さく笑った。
こういうの、慣れてないから、どうやって嬉しいって反応すれば照れないように済むか、分からないからな~!(ああ、ヤバイ!今でも頬が赤くなってるって自覚!恥ずかしいから、皆に見られないよう早く冷静に、冷静に!
...まあ、何はともあれ、もう、ここでの俺の立場はただの外人だけじゃない。
肌の色や生まれで嘲笑されるだけの存在じゃない。
俺の名は――オバシ。
あの女の側づかいの、騎士になったんだ!
......................
炎に選ばれし戦士。
実力で騎士の名を得た男。
そしてもしかしたら――
誰かの心をも、熱くさせる男になれたのかもしれない。