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第1話:最初の命令

バータン!

扉が閉まる音は、まるで牢獄の鉄格子が鍵をかけられるようだった。


シルヴィアーヌ・フォン・ ファルケンハインの私室は、俺が脱出する前の三日間過ごしてきた地下牢とはまるで別世界だった。


深い紺色のベルベットのカーテンが壁を覆い、銀の百合が刺繍されている。天井からは水晶のシャンデリアが吊るされ、そのガラスの花弁が霜のように輝いていた。暖炉の火は小さく燃え、清められたように磨き上げられた大理石の床に長い影を落としている。


その中心に、シルヴィアーヌが座っていた。


深い赤色と金色の混じったの高背椅子に脚を組んで腰掛ける彼女は、貴族の娘というよりも女王様のような絵図だったー!


赤い帽子の下には茶色の髪が後ろに波打ち、落ち着いた同色の瞳は、まるで訓練のために連れてこられた野良犬を見るように俺を見つめていた。片手にはティーカップ、もう一方の手には乗馬鞭が膝に軽く置かれている。


短いミニスカートを履いてる彼女の黒いタイツに包まれている脚は膝の上で組まれ、黒い革のハイヒールブーツの滑らかな曲線が際立っていた。光沢のある膝丈のブーツは鏡のように磨かれていたが、左足の踵には一つだけ擦り傷があった。


「跪きなさい、オバシ」

と、彼女は冷たい目を向けながら命令してきた。


挿絵(By みてみん)


「......」

俺の動きが遅かった。

バシ―――――!!

乗馬鞭の先が大理石の床を鋭く叩いた――!!


「言ったはずよ」

と、彼女は鋼を包んだベルベットのような声で繰り返した。

「跪きなさい」


「くっ...」

渋々といった態度で俺は跪いた。


身を低くするたびに肩が強張った。与えられた粗末なチュニック越しに大理石の冷たさが肌に染みる。手首にはまだ魔力で拘束していた不可視な『魔縄』の跡がまだ赤く残っていた。


彼女は足を差し出した。


「磨きなさいー」


「……『なに』を使って磨けと?」


シルヴィアーヌは考えるふりをして首を傾げた。

「袖でいいわ」

と少し間を置いて言った。

「あるいは舌でも。どちらでも構わないよ?」


「~~!」

怒りが腹の底で油に火を点けたように燃え上がった。


ゴシゴシ......

俺は袖を使って磨き始めた。

ブーツの光沢を取り戻すたびに、俺の尊厳が削られていくようだった。


高級な革は俺の努力の賜物を吸い込み、輝きを取り戻していく。


彼女は何も言わず、ただ見ていた。時折、紅茶を一口すすりながら、まるでこれが日常の一部であるかのように。彼女にとっては、実際そうなのだろう......


「...」

恐る恐る顔を上げた。


彼女の瞳が俺の目を捉えた。


「嫌がっているのかしら?...この行為を」

と彼女は尋ねた。


「……いいえ」

と、俺は嘘をついた。


彼女は微かに微笑んだ。

「そう?...もしそれだったら、まだ人間らしさが残っている証拠だけれど、そうでないならお前も落ちたものねー?『焔の宿し子』...」

「~~!!」

ゴシゴシゴシ――――!

彼女の発言で燃え上がる感覚を覚えた俺は怒りを叩きつけるように踵を強く磨いたー!


汗で縁が曇っても気にしなかった。


彼女のブーツは高価で、特注品だろう。輸入された革で作られ、戦闘だけでなく貴族の美しさを引き立てるためのもの。彼女の全てが武器のように研ぎ澄まされていた。声の鋼から、絹と革の下に隠された脚の形まで。


(......確かに、俺が捕まった総督のアイゼンハートってのはこの女の家とは分家の侯爵家で、硬い絆で結ばれていると聞いていたっけー?)


「...教えて、オバシ」

と、彼女は紅茶をかき混ぜながら言った。

「お前の中の炎は今、何を囁いているのー?」


俺は一瞬、言葉に詰まったけれど、直ぐに―、

「……あんたの事を憎んでいると、こう言ってるんだぞ!」


「あ~ははは!」

彼女は静かに笑った。

「いいわね~?その憎しみを燃やし続けなさい。私は、お前の正直な憎しみを望んでいるのよー」


....................

再び、部屋に静寂が戻った。


ゴシゴシ...ゴシゴシ...

布が革を磨く音だけが響く。屈辱的な従順の儀式が続く。


舌の上に、灰のような恥の味が広がっていた......


ようやく磨き終えると、彼女は足を引き、立ち上がった。ブーツの音が大理石の床に柔らかく響いた。

カー、カー、カー!


そして彼女は身を屈め、まるで彼女の心の本質を代表するように、俺の肌より真っ黒い手袋をはめたその指で俺の顎を持ち上げた。


俺たちの目が至近距離で合ったー!


挿絵(By みてみん)


彼女の瞳は冬の湖のように静かで、何かされそうな事に怯えながらの俺でも瞳はまだ燻っているまま。


「私がお前を助けたのは、哀れみからではないわ」

と、彼女は静かに言った。

「お前を利用するつもりだからよ」


「利用するー?」

と俺は吐き捨てた。

「ペットとして? 召使いとしてー?」


「あ~ははは!」

彼女は微笑んだ。残酷でも、優しくもなく。ただ、事実として。


「武器としてよ」

カー、カー、カー、

そして彼女は背を向けた。


バター!

彼女の合図で扉が開いた。

メイドが頭を下げて待っていた。


「彼に服を着せなさい」

とシルヴィアーヌは命じた。


「明朝のフェンシング訓練に同行させるわ。彼に見てもらい、学び、沈黙しながら観察させるの、偉大なる私の優れてる剣術を。...そして、天地がひっくり返っても一生敵わないことを自覚させるのよー」


「かしこまりました、お嬢様」

と黒髪のメイドは答えた。


シルヴィアーヌが部屋を出ると、彼女のブーツは火の光を受けて黒曜石のように輝いていた——、俺の仕事の証として。


俺は跪いたままだった。そうしたかったわけではない。


......まだ、立ち上がる資格を得ていなかったからだ...

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