第13話:自由の味が混じった訓練の日々は大進歩である!
「...ごっくッ」
城門の前に立った時、俺の胸は高鳴っていた。
不安と興奮が入り混じった、どうしようもない感情の波。石畳を照らす日差しが、町の通りに長い影を落とす。その先に広がる町並みが、まるで手招きしているかのようだ。
まさか自分がこんな立場になるなんて思わなかった...
まあ、自由に歩けるとは言っても、まだ完全に自由というわけじゃない。
それでも、冷たい石の壁に閉じ込められるよりはずっとマシだ。
もちろん、俺一人で来たわけじゃない。隣に立っているのは、金髪の騎士、イゾルデ・フォン・トレル。
ここ一週間、誰よりも厳しく俺の訓練を担当してくれていた。彼女の存在感は圧倒的で、口数は少ないが、視線の鋭さが何よりの圧力となって俺にのしかかっていた。
そして、脳裏の奥に常に刺さっているのは、あの呪符の感覚。
逃げ出そうとするたびに疼く、鋭い痛み。刻まれた瞬間の激痛は忘れられない――逃亡しようとすれば、それ相応の罰が待っていると骨の髄まで理解させられた。
だが、今はこうして街を歩ける。監視付きとはいえ、市場に行けるし、食堂で飯も食える。黙して座るだけの日々とは、雲泥の差だ。
イゾルデが俺の方を一瞥し、静かに言った。
「愚かな真似はしないことですよ。呪いのこと、忘れていないでしょう?」
「忘れられるもんかよー」
と俺は肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。
「それならいいですね。では、街へ行きましょう」
「...ああ」
...................
静かな午後の街に:
市場は活気にあふれ、商人たちの呼び声や、町人のざわめきが耳に心地よかった。
俺はふと、故郷の通りを思い出す。全然違う場所なのに、妙に懐かしい気持ちになるのが不思議だ。
歩いていると、人混みの中から一人の女性が現れた。ロザリー・フォン・デュラン嬢――!銀色の髪に鋭い眼差し、今日は珍しく私服姿の軽いドレスのようだが、その存在感は相変わらずだった。
「訓練は一休みか?」
俺は眉を上げて訊いた。
ロザリーは微笑んだ。
「そっちこそ。少しは気晴らしになると思ってね」
彼女はイゾルデを一瞥し、訊ねた。
「少しの間、一人で歩かせても大丈夫かな?」
イゾルデの瞳が細くなる。
「すぐそばにいますよ?彼からは目を離しませんし、油断するつもりもありません」
きっぱりとそう言ったイソルデ。
「まるで囚人扱いだな…」
と俺が小声で呟くと、ロザリーはそれを聞き取ってにやりと笑った。
「実際そうだろう?でも、飼い物などでは決してないぞ?ちょっとは自由をあげてもいいと思ってた頃だ」
「なら、それについては文句なしだな。そのぅ......ありがとう...」
照れくさそうに言う俺に、
「礼はいらないよ。全ては、...シルヴィアーヌ様のお計らいによる処遇だけだぞ?」
「なる程......」
...やっぱり、...少しずつ、俺が彼女に与えた心変わりへのきっかけの『あれ』——、つまり、...キれたあの日の俺が彼女を地面に押し倒したことが少なからず、.シルヴィアーヌの内面に存在してる俺への見方や評価を変えさせるには十分過ぎた刺激的なものだったのだろうなぁ......
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昼過ぎ、俺たちは町外れの静かな食堂へ足を運んだ。
市場の喧騒から逃れられる、こじんまりとした落ち着いた店だ。焼き肉の香ばしい匂いや、焼き立てのパン、甘い菓子の匂いが鼻をくすぐる。
店に入ると、青髪のクラリス・フオン・ヴェロナー嬢が迎えてくれた。
言葉遣いが丁寧なお嬢様で時には優雅過ぎて側にいてもいいのかって疑いそうになる庶民の中の庶民である俺――!...だが、俺は最近になって、彼女の別の一面を見るようになった。
柔らかい言動と優しさの裏に、彼女なりの苦悩があると分かってきた。
(確か、......政略結婚が嫌いで、願わくば自ら選ぶ相手と添い遂げたって言ってたっけー?)
俺は彼女の隣に座り、少し緊張しながらもパンにかじりつく。
はむはむー
「訓練は順調かしら?」
クラリスが静かに訊いた。
「地獄のような厳しさだ。でも、もう慣れてきた。少しは戦えるようになったかも...」
彼女の唇がわずかに綻ぶ。
「いいことですわ、それ~。でも、無理をするには禁物ですわ。騎士にだって限界はありますから」
それからの一時間、珍しく皆で他愛ない話をした。
料理の話、この国の風習、街の人々――まるで普通の人間同士の会話だった。
......................
それから、俺はロザリー嬢と洋服選びも参加することにー!
その出来事は、昼食の後に始まったものだ。...あの時、俺とロザリーは服屋に立ち寄ることになった。まさか自分が洋服選びを楽しみにする日が来るなんて思ってもみなかった。
店に入ると、ロザリーがすぐに服を漁り始めた。チュニック、上着、ズボン――次々に俺の腕に載せてくる。
「騎士として扱われる以上、格好もそれなりにしないとね~」
そう言って彼女はいたずらっぽく笑いながら、俺の手を取って引っ張り回している!
「まさか、こんな高級で高価な服を着られる日がくるなんて…...」
と、手を繋がれる恥ずかしさで内心で身悶えている俺は頬を赤らめながらつぶやく。
実際に、祖国のアシェンダルでは俺の給料は軍人のそれらしき低いものだったので、諜報部隊の小隊隊長だった俺が貰えていた収入はこれほどまでに効果なチュニックとスーツと鎧を買える程のものではなかった......
「誰だって最初は慣れないものだし、きっと意外そうに感じるぞ?。まあでも、そろそろ『こっちの生活』にも慣れてきたらどうなんだー?」
男口調で言ってきたロザリーは正に絵に描いたような男勝りの令嬢で、何でも新しいモノに対しても勇敢に取り組んだり、立ち向かったり、触れ合うことに関して積極的な女だ。
だから、そんな前向きなアドバイスも出来るという訳なんだが......
「...まあな。けど、「この訓練を通して最後は正当な騎士になれるよう目指せー!」、なんて言われても実感が湧かねえけどよー」
「それでも、ボクは君の可能性を信じるんだぞ!」
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(...こんなものかぁ...)
試着室で着替えていると、壁越しにロザリーとイゾルデの声が聞こえてきた。
「いい成長っぷりしてますね。決戦日が来てもシルヴィアーヌ様に対抗できるかもしれません」
「縁起でもないこと言わないでくださいまし~。まだまだ、課題は山積みですわ~!」
俺は聞こえないふりをしたけど、心の奥で複雑な気持ちが渦巻いた。期待されているのは嬉しい。
でも、...戦いのプレッシャーはますます重くなる.....
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日が暮れ、城へと戻る道すがら、俺はこの数日を振り返っていた。ほんの少し、孤独じゃないと感じられるようになってきた.....
俺を鍛えさせるために遣わしてきたシルヴィアーヌ直属の女騎士である彼女たちは俺の「看守役」でもあるのかもしれない......
でも、ただの見張りだけじゃない。
イゾルデもロザリーも、物腰が柔らかで一番あの女と仲の良さそうなクラリスでさえも、それぞれのやり方で俺を気にかけてくれていた。
もちろん、まだ完全に打ち解けたわけじゃない。見えない壁は残っている。だが、それでも少しずつ距離が縮まってきた気がする。
シルヴィアーヌとの決闘が待っている。その不安は消えない。けど......
「今だけは、ただの『俺』でいられる!アシェンダルという祖国から誇りを保ってきた、『元アシェンダル王国軍の小隊長』の尊厳と経歴がある軍人同士のオバシとしてー!」
少年時代が焔使いか何だか知らないけど、記憶喪失のままの今の俺でも、やれることはあるー!
それは、あの女を倒して彼女と対等な実力を持てるようになり、そしてー!
いずれは俺の少年時代の能力らしき『あれら』の全ても......
取り返せるかもしれないー!
(なんと言ってもここのところはここから逃げることもできない。呪いの痛みが常にそれを思い出させるからなあー!)
だが、こうして街を歩き、パンを食い、彼女達と触れ合いながら笑い合ってるとー
そんな一瞬一瞬が、俺にとっては何よりの救いだった!
あの女と戦う前の、......束の間の安らぎであろうとも!
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