第11話:裁きの果てに
宮殿の裁判場に移された俺:
静まり返った大広間。だが俺の耳には、まるで戦場のど真ん中にいるような轟音が鳴り響いていた。いや、ある意味ここも戦場かもしれない......
貴族たち、騎士たち、侍女たち――その全員が、縛られ跪いた俺を見下ろしている。
だが、俺の視線はただ一人に向けられていた。
ファルケンハイン公爵、ゲルハルト・フォン・ファルケンハイン!
あの冷たい目。あれは剣よりも鋭い。
「お前はやりすぎたな」
その声は鋼を擦るような硬さだった!
「我が娘に対する無礼のみならず、我が家門の威厳を、公衆の面前で踏みにじったのだぞー?」
...やっぱり、さっきの反抗的な宣言が開戦希望と言った風に受け取られた!
拳を握る。だが俺は、もう怯まない。もう震えない。
確かに、俺はシルヴィアーヌに逆らった。禁忌を犯した。それはわかっている。
だが――後悔はしていない!
その時、彼女の声が場を割った――!
「父上、その件……どうか、...お慈悲を...」
「~~!?」
一瞬、心臓が止まりかけた。
彼女は、ゲルハルトの後ろに立っていた。腕を組み、視線は俺に向けられていない。
だがその声は冷静で、計算された響き......そこには怒りも憎しみもなかった。
俺をまだ断罪していない。
まだ――完全には。
「慈悲だと?」
公爵が眉をひそめる。
「あやつはお前を辱めたのだぞ。ファルケンはイン家に連なる血筋の者の威信を貶めた者に、慈悲など――」
「わかっています...」
彼女の声が、少しだけ揺れた。
「ですが……他の者とは違います。彼には……まだ使い道があると考えます」
使い道、かぁー
「ははは...」
俺は少しだけ苦笑した。
今の俺は、彼女にとっての『道具』に過ぎないらしい......
「では、どうしたいのだ?」
「私に、罰を任せてください」
シルヴィアーヌは言った。
「私の従者である以上、責任もまた私にございます」
と、恭しく自らの父親に頭を下げる彼女。
「.........」
重たい沈黙のあと、公爵が頷いた。
「よかろう。お前の責任で始末をつけろ」
それが、俺の運命だった!
死刑ではない。追放でもない。
彼女の手による――、罰!
.............................
カチャカチャー!
衛兵たちは、何も言わずに俺を引っ張っていく。
無言のままで...
言葉など不要だ。沈黙のなかに、彼らの『判断』はすべて詰まっていた。軽蔑、同情、あるいは諦め。
「......」
俺もまた、黙っていた。
ただ歩きながら、シルヴィアーヌの顔を思い出していた。あの時の、驚愕と怒りが混じった表情......
俺は、あの瞬間に彼女の中の何かを壊したと思う。
...そして、たぶん――、彼女もまた、俺を壊す気でいる。
ガチャ―――!
牢屋に押し込まれ、鉄の扉が閉じられた。
冷たい石の床も、硬い囚人用の今でも崩れ落ちそうな古いベッドも痛みも、もう何も感じなくなった。
俺は、境界を越えたんだー!
そしてもう――引き返せない!
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※シルヴィアーヌ視点:
……どうして、私、あんなことを言ったの?
部屋の扉を閉めた途端、私はその場に崩れそうになった。
公の場で、私を辱めた男。その男に、慈悲を願ってしまった―――!
シルヴィアーヌ・フォン・=ファルケンハインが、跪かせてきた相手に......
私は部屋の中をぐるぐると歩き回った。指先が微かに震えていた。何度握りしめても止まらない。
オバシ……あの男。あの時、父の前でも怯まずにいた!
謝りもせず、ただ――まっすぐ私を見ていたー!
まるで、私が政略結婚の道具でも戦場で使い捨ての『駒』であるかのように......
その視線が、なぜか私を揺さぶった。
彼は私に挑んできた。ただの反抗からではない。あれは……信念だった。
数日前、一度だけだったけれど、私が彼を組み敷いた時に、やっと取り戻したはずの支配権。だが、......彼の目を見てわかった......
彼は、屈してなどいなかった!
そして今、揺れているのは――私の方だ!
私は彼を罰しなければならない。でなければ、私の立場が揺らぐ。権威が崩れる。
でも――もし彼を罰することで、『何か』を失うのなら?
私は一体、...何に怯えているのー?
……彼を、完全に壊してしまうことに...?
いや――!違う!
彼に、もう一度立ち上がられてしまうことに、か。
そうなれば、...従順だった彼を、一生失うことにー?
そ、そんなバカなー!
(落ち着いて考えるのよ、私~!彼はただの下僕よー!下僕を永遠に失うことになるからってー!何をここまでー)
と、それから悶々と自室にて、あっちこっちへ飢えたライオンのように歩き回ったり、物や家具を投げたりして荒れてる心を少しでも落ち着かせるために部屋の中で暴れ出してしまった私だった......
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......................
俺の視点に戻った:
牢屋の天井を見上げながら、俺は思った。
……俺は、何をしたかったんだ?
愚かだったのか? 勇敢だったのか? それともただの自己満足かー?
でも、あの瞬間!
彼女を押し倒し、彼女の目を見たとき――!確かに、何かが変わった気がした...
そして、彼女の中でも――、何かが、揺れていたはず!
(特に、あの一瞬だけ困惑した表情を浮かべた、『あの瞬間』にー!)
「...あれで、確かに彼女の中に、俺を見る目が変わった決定的な瞬間だったはず!」
今後どうなるかはわからない。彼女が俺を痛めつけ、屈服させようとするのは明白だ。
だが、それでも――俺は立ち向かう!
たとえ殺されようともー!
「そうと決まれば、話が早いな―、よし!」
俺の人生の物語はまだ――、終わってなどいないんだー!
.................
明日の裁定の時:
バタ―――!
再び呼び出されたとき、俺は迷わず立ち上がった。
殴られた痕がまだ疼くが、それでも背筋を伸ばした。
そして、彼女が先に口を開いた――!
「...父上。私の決断は、変わりませんよ」
「うむ。......」
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静寂。
「彼を、私の側に置きます。変わらずに...」
「ふーむ」
公爵が目を見開く。
「……あやつをか?」
「はい。...もう一度だけ――私の手で『正しい道』へ導いてみたいのです」
「本当に、罰はそれだけでいいのか?」
彼女の父親の声は低いが鋭いー!
「...必ず、従わせてみせます!」
その時、彼女がほんの一瞬だけ、俺を見た。
そこにあったのは――怒りでも、慈悲でもない。
『決意』だけだった―――!
そして、その瞬間、俺の運命は定まったのだ!
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