紡がれるのは、鏡の記憶
私の記憶が正しければ。
1989年の10月。
私はこの家にやってきた。
姿見の鏡である。
私はもちろん、玄関に飾られた。
そしてこの家の住人であるご夫婦のうち、奥さまはコーディネートのチェックを。そして、旦那さまはスーツに合うビジネスシューズを、よく私に映して確認し、そして出かけていった。
私はこのご夫婦の様子を見ていた。
ただ。
毎日付きっきりで、見ているわけではない。
姿見の私なのだから、ご夫婦が洋服のチェックをする以外は、玄関を通る際に一瞬、垣間見るだけで。
しかも、お二人はいつしか、私を素通りすることが多くなった。
ある日、奥さまがヤチヨちゃんなる生き物を、連れてきた。
私にとっては初めて見る生き物で、『なんて小さくて、儚いのだ』と思った。
だが、儚いというのは後々、間違っていることに気づく。
ヤチヨちゃんは大きく成長し、とてつもなく元気で頑丈になっていったからだ。
まあでも、この時はまだまだ小さな小さなヤチヨちゃんで、いつも奥さまか、旦那さまに抱っこされて、キャッキャッと笑っている。
その笑顔に、奥さまも旦那さまも、お顔がふにゃんとなり、こっちが見てられないほどデレデレになるのだった。
そして、時が過ぎ、ヤチヨちゃんは大きくなるにつれ、玄関先でボヤくようになっていった。
ヤチヨちゃんの髪は、くるくるの天然で、「もう、湿気でくるくるになっちゃう。あーあ! ぜんっぜんまとまらない」と、半ば怒りながら、学校へ行く準備をする。
玄関で私を見ながら、手ぐしで髪を整えると、ランドセルを背負って「いってきまーす! 怒」と家を出るのだ。
そんな風に平和な日常は続いていった。
ある日、奥さまとヤチヨちゃんが、珍しく真っ黒の洋服を着ていた。
玄関に鎮座する私には目もくれず、黒のパンプスを出して履き、そして黒のバッグを持ち、二人は出かけていった。
そういえば最近、旦那さまをお見かけしない。
朝早くに家を出て、夜遅くに帰ってきていて、私がうとうとしているうちに、見逃しているのかも知れない。
しかも、最近の私には結構、ほこりが被ってきているし、誰も汚れを拭いてくれないので視界もぼんやりだから、旦那さまのお顔を、見逃しているのかも知れない。
ただ、奥さまとヤチヨちゃんが泣いている姿は、よく覚えている。
そうこうしているうちに、見たことのない一人の男性が、私を横切っていくようになった。
最初、旦那さまがお戻りになられた、そう思ったけれど、その男性と旦那さまは、似ても似つかない顔をしていた。
しかも若い。
ヤチヨちゃんの友達で、コータくんというらしかった。
ヤチヨちゃんとコータくんは、家に奥さまがいないとなると、玄関ですぐにイチャイチャし始めるので、私は目のやり場に困り、まったくもって勘弁してくれと思っていた。
ちゅーをするなら、よそでやってくれ、と。
あと、ちゅーをしながら、私の方をチラチラ見るのもやめて欲しい。目がずばんと合ってしまい、気恥ずかしいからだ。
なので、二人を家に残して、奥さまがお出かけになられる時には、奥さま早く帰ってきて!! と強く鋭い視線を投げかけたりしている。
そんなコータくんが、スーツ姿に花束を持って来たことがある。
コータくんは、私に向かって、ふーすーはーと深呼吸をし、うまくいきますように、うまくいきますようにと、なんらかの呪文を唱えていた。
そしてその日の夜。なんのお祝いかはわからなかったが、食事に行くという奥さま、ヤチヨちゃん、コータくんのはちきれんばかりの笑顔に遭遇した私は、今までのいちゃいちゃへの不満を忘れてしまったほど、嬉しくなったのだった。
ヤチヨちゃんが家を出てから数年が経ち、その間奥さまは一人で静かにお過ごしになっていた。
いつのまにか旦那さまは居なくなり、ずいぶんと後になって、病気で亡くなったということを知った。
奥さまの表情は、時には暗く、時には悲しく、なんだかシワも増えてしまっていた。
けれど、ヤチヨちゃんがヤチヨちゃんにそっくりな、小さな小さな生き物を連れてきたときには、輝くような笑顔になる。
この時にはもう、私はこの小さな生き物が、将来頑丈になってぷくぷくと大きくなり、そしてみんなから愛される存在になることを、知っていた。
だからその分、ヤチヨちゃん、もう少し奥さまに会いに来てさしあげてね、そっと声を掛けたものだった。
ある日、私は自分の体調が、いつもと違うことに突然、気がついた。
降り積もっていたホコリが、どうやら自分の体調に気がつきにくい状況を作っていたようだ。
感覚を研ぎ澄ませる。すると、左胸の辺りに小さな痛みがある。ヒビが入っていた。
そのヒビが、日を追うごとに少しずつ深くなっていく。
そのうちに思考が鈍り、視界も悪くなり、そしてとうとう。
死が迫っているのだと、感じた。
旦那さまも、こうした過程を経て、お亡くなりになったのだろうか。
心配なのは、奥さまだ。いまだに、旦那さまのことを思い出しては泣いている。
奥さまを、置いていってしまうことが、これほど怖いことだとは、思わなかった。旦那さまもそうだったに違いない。
死とは、恐ろしいものだ。
もちろん自分が死ぬのも恐ろしいのだが、愛する人たちを置いていくのも十分に恐ろしいことだと気づいてしまったから。
せめてヤチヨちゃんとヤチヨちゃんJr.、コータくんが、もっとたくさん奥さまに会いに来てくれたなら。今度来たときにはそうお願いし、私の遺言としたいと思う。
いつしかヒビが全体に広がろうとしていた、春の暖かい日のことだった。
珍しく、奥さまが雑巾を持ってきて、私を拭いてくださった。
「あら! なんてこと、よく見たらヒビが入っているじゃない!」
その頃にはもう、奥さまのお顔のシワはかなり増えて、しかも髪に白い部分が目立つようになっていた。
奥さま、老けたなあ、と思う。ということは、自分だって、同じように老けているのだと。
「ヤチヨたちの前で割れてしまったら、危ないから処分しなくちゃ」
私は悟った。もう命の終わりが迫ってきていることを。
旦那さま奥さまそしてヤチヨちゃんヤチヨちゃんJr.コータくんのことを見守り続けた、その幸せだった記憶は、いったいどうなるのだろう?
消えてなくなってしまうのだろうか。
それとも死んでも持っていけるのだろうか。思い出として。記憶として。愛情として。
だが、私は悟った。鏡である私には無理ではあるが、人間の愛ある記憶は、次の世代へと順送りとなることを。
旦那さまと奥さまの、ヤチヨちゃんへの愛情は、ヤチヨちゃんへ。そして、ヤチヨちゃんとコータくんの、ヤチヨちゃんJr.への愛情は、ヤチヨちゃんJr.へと。
少しだけホッとした。
これでもう、私は旦那さまの居る場所へと向かう。
そして、そこで待っていれば、いつか必ず、奥さまとヤチヨちゃんとヤチヨちゃんJr.とコータくんが、後から来てくれることを知っている。
愛は受け継がれるということも。
そう。寂しくなんかない。
ただ、待っていればいいだけ。
私は解体され、そして死んだ。
幸せな記憶を抱きしめながら。
いつまでも待っている。
*
「お母さん、新しい鏡、本当にここでいいの?」
「ええ。もう玄関で鏡を見ることもないし、私の部屋なら日当たりもいいし」
「暴れん坊のソウタもお母さんの部屋には入らないでって言ってあるしね。あの子、すぐに野球ごっこするから、その方が危なくないかも」
「誰に似たのかしら」
「パパ」
「確かに。あの人も元野球部だったわ」
「ふふふ。でも、本当にこの鏡で良かったの?」
「ええ、だってずーっとうちにあったから。鏡の部分は仕方なく取り替えたけど……パパと気に入って二人で買ったやつ。思い出の鏡なのよ」
「そうなんだ。それじゃやっぱりママの部屋がベストだね」
「そうなの。これからも一緒にね」
fin