悪役令嬢の妹様
短めのお話を頑張ってみました。(長くするのは得意なんですが……いえ、長くなってしまうだけです、はい)
捻りも何もなく、ありふれ過ぎたお話しですが、楽しんで頂ければ幸いです。
2024年10月9日より連載版の投下を開始しました。
もし宜しければお暇つぶしにでも読んでやって頂ければ、泣いて喜びます><
誤字報告、本当に本当にありがとうございます。
ただ、あえてその文字を使っている場合や、語感から選んでいる場合がありますので、変更しない場合もあります。どうかご理解いただけましたら幸いです。詳細は活動報告にて。
残酷な描写があります。
苦手な方はどうぞ御注意下さい。
「ホントあり得ない……何なのよ」
背まであるストレートの長い黒髪を、無造作に後ろで結んだ女性が、ビーズクッションに凭れ込みながら、携帯ゲーム機を放り投げた。
彼女の名前は星守 真珠深。
社畜人生をひた走り、婚期も何もかも逃した、絶賛お一人様有望株のお局候補な女性だ。住まいは『メゾン 星の真珠』等と言うメルヘンチックな名前の建物の2階にある一室なのだが、蓋を開ければただの寂れた、由緒正しき昭和のアパートである。御丁寧に階段の手すりには錆も浮いている。
寂れたの寂と錆をかけたわけではない、決して……。
そんな彼女は休日ともなれば、出かける事もせずにゲームに時間を費やしている。
現在嵌っているのは『マジカルナイト・ミラクルドリーム』略して『マジナイ』という、何ともチープなタイトルの乙女ゲームだ。
どっぷり社畜人生で、お金がない訳ではない。しかしやっとの休日に出かける気力も体力もなく、また最大の問題は友人が居るには居るのだが、どいつもこいつも社畜かオタクなのだ。
もうお察しいただけるだろう。真珠深自身がオタクなのだ。最初から外に出かけると言う選択肢は欠片もない。
いや、あるにはあるのだが、その場合出かける先は、近所のコンビニかスーパーかゲームショップに限定される。
そんな彼女が現在進行形で嵌っている乙女ゲームは、所謂王道モノだ。
平民出身の健気な女の子が、王族や高位貴族、豪商に果ては裏社会のイケメンたちを攻略していくという、何処にでも転がっていそうな、何の捻りもないゲームなのだ……なのだが、真珠深は正直ヒロインはどうでもよかった。何しろ嵌っているのはゲームそのものではなく、その中に登場する御令嬢の1人だ。
真珠深のイチオシは、悪役令嬢に分類されるアイシア・フォン・ラステリノーア公爵令嬢。
深青の髪に深青の瞳が、本当に美しい。
マジで神絵師様には頭が上がらない。昨今流行のタイプの絵師様ではないが、髪の一筋まで美しく描き上げる絵師様で、真珠深の好みド真ん中なのだ。
その絵師様が描き出すアイシアは、流行のドリル令嬢ではない。先だけ緩く波打つ髪で、悪役令嬢らしからぬ可愛らしい系の顔立ちに描かれている。
ただやはりと言うかなんというか、メリハリの利いた、女性らしさ満載の美ボディの持ち主だ。
そんなアイシアだが、これも昨今の流行なのだろうか……行いは決して悪役ではない。
位の低いものから声をかけない事、相手の性別問わず不用意に触れない事、特に異性にはみだりに近づかない、理由がある場合は節度を保つ事等々。最初の声掛けは兎も角、相手との距離感などは現代日本であっても、気を遣って然るべきところだ。
だがこの作中のヒロイン、デフォルトネーム『シモーヌ』は、そんな事お構いなしの傍若無人っぷりを盛大に披露してくれる。
製作陣も、ヒロインの名前をシモーヌとしたのは、下が緩すぎのガバガバだからというのが理由なんじゃなかろうかと、ネットで憶測が飛び交うほど、攻略対象のキャラたちとの距離感がおかしい。距離感どころか、日本人が作ったはずなのに、恥じらいも何も欠落している。人目もはばからず、何時でも何処でも攻略対象とイチャイチャベタベタ…。
それでいて18禁でも何でもなく、全年齢対象だ。
まぁその辺りは、そういう場面が直接的に描かれていないというのもあって、百歩譲るのも吝かではない。
しかし、あんな常識ナシがヒロインの作品を、子供達にさせて良いのかと言う疑問は残る。
幾つか例を挙げてみよう。
町に出た際、商店に並ぶ品を勝手に手に取った挙句、自分から『おじさん、これ貰っても良い?』と聞き、『いいよ』と返事をもらうや否や、それじゃとお金も払わず笑顔で去って行く。
ステータスが一定値にならなかった時に発生する補習イベントでは、教えてくれるキャラを選べるのだが、攻略対象以外を選んだ場合、御礼すら言わない。言わないだけならまだしも、自室に戻ってからの一幕で文句を言う始末である。
制服も、ヒロインだけスカートの丈が異様に短く、どう考えても勝手に改造してるだろうと思わざるを得ない。
どうだろう?
これが『マジカルナイト・ミラクルドリーム』と言う作品の、ヒロインとか言う生物なのだ。頭おかしいと思うのが普通ではないだろうか。もはや呪物レベルだと思う真珠深がおかしいのだろうか?
『ヒロインならぬヒドイン』どころか『ヤバイン』と思っている真珠深の方が常識ナシなのだろうか。
百では効かないと思うので万歩譲って、描写外ではちゃんとお金も払って、御礼も言っているのだとしても、だったらそれをテキストでいいから書けと言いたい。
まぁ、当然真珠深も、アンチヒロインになった。もう至極当然に、流れる様になった。
ならばそんなゲームしなければ良いではないかと思うだろう。そこも当然、真珠深も思った。しかしスチルが美しすぎた。
しかもイチオシのアイシアのスチルが超絶美麗なのだ。
だがそんな美麗スチルに釣られて、延々苦行とも言えるシナリオを頑張っていたわけではない。
悲しい事だが、悪役令嬢分類のアイシアには、当然ながら断罪劇が待っている。
もう心底、ヒロインは当然ながら、攻略対象もアホばっかりだろと突っ込み処しかないが、そんなアホどもに、アイシアは酷い目に遭わされるのだ。
国外追放は言うに及ばず、魔物の森への捨て去りや濁してはあったが凌辱エンドもあった。
だから、せめてどこかに一つくらいアイシアの救済エンドがないかと、頑張ったのだ。
おかげでつい先ほど、隠しルートに至るまでの全ルートを攻略し終えた。
そして……
………………
……………………
………………………………投げた。
もう思考も何も追いつかない。
製作陣はアイシアに何か恨みでもあるのかと、本気で問い詰めたくなった。そのくらいに酷いエンドしかなかった。正直修道院エンドが一番マシだと思う。
それ以外は悉く命の危険に晒され、明言はされていないが死を迎えただろうと思われる。そして全年齢対象の作品で、匂わせでしかないとはいえ凌辱エンドを用意するか!?
本気であり得ない。
「あぁ、もうマジでない! だから『マジない』って書かれるのよ!……このどす黒く渦巻く感情は、掲示板に叩きつけでもしないと収まらないわ!」
ビーズクッションに凭れ込んだまま手を伸ばし、スマホを手にすると、とんでもない勢いでポチポチと打ち込んでいく。
途中レスが挟まり、それに大きく頷いたりしながら一頻り書き込んだ後、一瞬の放心の後、一言呟いた。
「小腹空いたな……コンビニでも行くか」
よっと掛け声とともに立ち上がり、椅子に引っ掛けたままだった薄手の上着を通りすがり様に手に取ると、ポケットの財布と鍵を確認して玄関に向かう。
リィィィン
大阪奈良に旅行に行った時、買った土産の残りのキーホルダーなのだが、それが澄んだ音を響かせた。
土産配りで万が一足りなかった時用に購入したものだが、その音色は存外気に入っている。そんな真珠深お気に入りの音を聞きながらサンダルをひっかけ、玄関を出て鍵をかけた。
すっかり夜は更けていて、細い月が真上に見えた。
一応エレベーターは設置されているが、いつか閉じ込められそうに思える程ボロいので、階段で下へ降りる。
非常階段なせいか、降りた先は少し見通しが悪いが、エレベーターで降りるよりコンビニに近い事もあって、真珠深はよく利用している。
「ついでに日本酒とつまみも買って帰るかな。新作スイーツもそう言えばまだ買った事なかったっけ」
そんな事を一人呟きながら、車道へ踏み出したところで、眩しい光と激しいブレーキ音、それに続く耳を劈く様な金属の悲鳴、そして何かが潰れひしゃげるような鈍い音を、真珠深は壮絶な痛みと共に、酷く他人事のように聞いて……
………そして意識を失った。
【お帰り】
ハッと目を開ける……何か聞こえた気がして目を開けたのだが、何故か視界がとても曖昧な事に気付き、思考がそちらへと向いてしまう。
(ん? あれ、私、交通事故に……助かったのか…それにしては痛くないな)
コンビニに行こうとしたところで、自分は事故に巻き込まれたはず。覚えているのは眩しい光と酷い音、そして鉄臭い臭いと油の臭い。
正直良く助かったものだと、我ながら思ってしまうが、ぼやけた視界に不安が頭を擡げる。
(痛くないのは幸いだけど、もしかして頭打つか何かしたかな……見えないのは困る…ゲームもできないし本も読めない、そんなの地獄……あぁ、それにアイシア様の御尊顔が拝めないではないか! それはまずいぞ!)
自分の不注意は勿論あるが、過失割合はどうなるんだろうとか、後遺症は…とか、考えないといけない事は他にもあるはずだが、現在、真珠深の頭を占めているのは、ネットで手に入れ、寝室に飾ってあるアイシアの複製原画の事だ。
ゲーム用に描き出された物ではなく、絵師様手ずからの水彩画風のアイシアのイラストで、真珠深はB2サイズのそれを寝室に飾り、寝る前と起きた時に御尊顔を拝謁するのを、毎日の日課としていたのだ。
(あぁ、アイシア様!!)
ダァ……
(ん?)
アゥ……
(はい?)
アゥァ
(頑張れ自分! ほれ『アイシア様』だ!)
ダァァゥ
(ぎょええええええ!? ちょ、発声までアウトなの!?)
途方に暮れ、ただでさえぼやけた視界がぶわりと潤む。
(そ、そんな……私どうなっちゃってるの!? 目も喉もダメ? 無事な感覚器官はあるの!?)
ふ……ふぇぇ……ぐええぇぇぇん!
(………嘘だって言ってよ! なんでこれから先、ずっと見えなくて話せないの!?)
泣く事だけは出来るようで、涙を止める事も出来ず嗚咽を漏らしていると、ガチャリと重く、まるで扉が開くような音が真珠深の耳に届いた。
「いちゃいの? どおしましょ…おかあしゃまを、しゅぐよんでくりゅわ」
鈴を転がす様なとはこの事かと思ってしまう程、澄んだ、だけど、たどたどしく可愛らしい声が聞こえてきた。
(うっわ、めっちゃ可愛い声! 誰?)
一瞬泣くのも忘れて聞き入ってしまったが、視界は相変わらずぼやけて潤んだままなので、さっぱりわからない。
それ以前に首を回すこともできないでいるのだ。
ハウゥゥ
(もう一体何なのよ、なんでこんな赤ん坊みたいな声しか……というか寒いな…まだ冬になんてなってなかったと思うんだけど、一旦どれだけ意識がなかったんだか……)
盛大に溜息を零したい心境だが、そんな細やかな行動さえままならず、しょんぼりしていると、遠くから近づいてくる音に気が付いた。
「おかあしゃま、はやく、えるういあが、にゃいていりゅの」
「はいはい。ありがとう、妹を心配してくれるのね」
「うん! かわいいの!」
ガチャリ
「あら、やっと目が開い……」
先ほどの可愛らしい声とは別の、大人の女性の声に困惑と驚愕の色が混じる。
「……そん、な…」
「おかあしゃま?」
「ここで良い子で待っててくれる? 旦那様に…お父様に急いでお知らせしないと…」
「うん、えるぅいあと、まってりゅ」
「良い子ね、アイシア」
(はぁ!? アイシア……アイシアですってぇぇええええええ!?)
バタバタと遠ざかる音を聞きながら、真珠深の思考は、再び拝めなくなるかもしれないアイシア複製原画の御尊顔の事に埋め尽くされていた。
暫くして二人分の足音が近づいてきた。追加された足音は男性だったようで、旦那様とかお父様と呼ばれている。
「何という事だ……随分目が開くのが遅いと思えば……」
「アーネスト……どうしたら良いの? こんな事になるなんて」
「あぁ……」
(どうしたんだろ…何だってそんなに悲壮な声? あぁ、もしかして隣のベッドにでも彼らの子供が入院してるのかも)
近くに聞こえる声に、もしかしたら彼らは隣のベッドにでも寝かされているのだろう外国人の子供の家族ではなかろうかと、真珠深は結論付けた。
(だけど本当に日本語上手ね、何の違和感もないわ。
それにしても可哀想に……小さな子供が入院ってだけでも心が痛いのに、どうやら重病? 重症? みたいだものなぁ、しかもアイシアちゃんもまだ小さいみたいだし……そんな幼くして家族が、妹が病気って、辛いわね……。
あぁ、だけど私自身も辛いわ……リハビリで何とかなるのかしら……)
確かに崇め奉る『アイシア様』と同名少女とその家族の事も気にはなるが、まずは自分の事だ。
視界どころか首を動かすこともできないなんて、これからどうしたら良いのかと、泣きたいのは自分の方だと真珠深は凹む。
声で意思疎通が難しいようだし、この分では筆談も厳しいと思われる。
もう八方塞がりすぎて、何をどうすれば良いのかも見当がつかない。
そんなやり場のない感情に、止まっていた涙が再び溢れ出す。
ゥ……ァゥ……ぅック……
熱い涙が頬を滑るのがわかっても止められず、それでも隣の外国人家族にせめて聞こえないようにと声を嚙み殺していると、流れる涙で濡れた頬に、温かいもの……手? 指? はっきりわからないが何かが触れた。
「アーネスト……あなた、私達がしっかりしなければ…」
「そうだな。エリューシアを守るのは私達の務めだ」
「えるういあ、どこかいちゃいの?」
(……ぇ?)
「アイシア、赤ちゃんは泣くのもお仕事なのよ」
「そうにゃにょ?」
「えぇ、だから心配は要らないわ。お腹がが空いたのかもしれないから、まずはご飯にしてあげましょうね」
「うん!」
そして、そのまま真珠深が抱き上げられた。
(え……えええぇぇぇぇええええ!? ど、どういう事ぉぉぉおおお!!??)
社畜人生を走り続け、オタク趣味に命と財産を傾け、乙女ゲーム『マジカルナイト・ミラクルドリーム』に悪態をつきつつも、最推し令嬢アイシアの救済を探求し続けた星守 真珠深という、社畜で、行き遅れで、お局候補で、オタクな一人の日本人女性は、今ここに異世界転生を果たしたのだ。
早いものであの衝撃の日から既に半年が経過していた。
赤子としての世話を、悶絶しながら受ける日々を現在進行形で耐えているが、今日にいたるまで真珠深ことエリューシアも何もしなかったわけではない。
一瞬【お帰り】と聞いた気がする『天の声』は再び聴く事は叶わず、サポートを何も受けられずにいる(異世界転生には神様のサポートが付き物だという認識があったのだ…というか、真珠深が読んだり見たりした作品は概ねそうだったのだ。偶々かもしれないが…)が、ベビーベッドに横たえられた状態でも出来ることはあった。
記憶と情報の整理。
そして、自分磨きだ。
記憶と情報の整理は言うに及ばず、現在の自身と家族の状況把握だ。
まずエリューシアと家族の状況だが、あの寒い日アーネストと呼ばれた父親らしき人物と、その妻、つまり母親の声音が震えていたのは、どうやらエリューシアの瞳が普通ではなかったからのようだ。
そうは言ってもまだベッドから起き上がる事も出来ない身では、鏡を見るなど不可能で、どう普通じゃないのか自分では確認できていない。
ぼんやりしていた視界は、今ではすっきりくっきりしているが、ほぼ天井と周囲が見回せるだけで、ミルクの時や沐浴の時に抱き上げられれば、見える範囲が広がるだけだ。
それでもわかる事はある。
部屋はこんな赤子1人に与えて良いのかと首を捻りたくなるほど広い。そして豪奢だ。悪趣味ではなく室内全体が上品に整えられているのだが、ベビーベッド周りだけ妙に可愛らしく、部屋全体としてはどこかちぐはぐで微妙な違和感は感じる。
まぁ家族に愛されている証拠と受け取っているので、エリューシアとして嫌な訳ではない。
そして使用人が結構いる。
それほど父母に会える訳ではないのだが、使用人は入れ代わり立ち代わりやって来る。
おかげで言葉浴は存分にすることが出来た。
そして特筆すべきは姉にあたる『アイシア嬢』!
光の加減によっては深海を思わせるほど深い深青の髪と、髪と同じく深青色だが、吸い込まれそうな程澄んだ瞳が見惚れるほどで、当然顔のパーツも完璧と言う美少女ならぬ美幼女である。
その美幼女アイシア姉様は、頻繁にエリューシアの元を訪れてくれる。
以前は舌足らずな話し方だったが、今ではそれもなりを潜め、かなりしっかりしている。
ついでに言うなら、ついでと言うのも申し訳ないのだが、両親も揃って美形で、日々眼福を味わっている。
最初の頃は、そんな眼福を堪能しつつ楽しんでいたのだが、それはある一つの事実によって、一旦打ち砕かれた。まぁあくまで『一旦』というだけだったが。
異世界転生をなした星守 真珠深の今世の名は『エリューシア』。
暫く慣れなかったが、それもそのうち馴染んだ。しかし、ある時衝撃の事実に遭遇してしまう。
エリューシアのフルネームが『エリューシア・フォン・ラステリノーア』と知ってしまったのだ。
つまりアイシアお姉様の名は――
『アイシア・フォン・ラステリノーア』
そう、あろうことか『マジカルナイト・ミラクルドリーム』の悪役令嬢、その人そのものの名前である。
しかも名だけではない。先だって言ったかもしれないが、アイシアお姉様の髪色は深海を思わせる深い青、瞳も同色だ。
母親はゲーム内では既に故人となっており出てこないが、父親は『アーネスト・フォン・ラステリノーア』で、リッテルセン王国の公爵家の一つだ。
(フ……フハハ……フハハハハハッ!!
何てこったい! 最推しアイシア様の妹に生まれただと!?
こんな幸運あっていいのか!? いや待て、アイシア様の家は最終的に没落の悲劇エンドじゃなかったっけ……ふむ…)
エリューシアはベッドに転がって天井を睨んだまま腕組み……は出来なかったので、黙って天井を睨みつけたまま、再び思考の海に潜行した。
良かったのか悪かったのかわからないが、『マジカルナイト・ミラクルドリーム』の世界に転生したと考えて良いだろう。
万が一違ったとしても、そうだと想定し、最低最悪の事態を回避するようにしていれば、きっと問題ないはずだ。
そしてゲーム内では、母親は既に故人。父親は幼少の頃から仕事漬けで、ほぼ不在だったはず。
不在なだけならまだしも、娘であるアイシアの事を愛することなく、道具のように使い捨てた毒父だった。
現時点でどうかと言うと、同一人物とはどうしても思えないと言うのが、正直な感想だ。
母親の名はセシリアと言い、アイシアと同じ深青の髪と瞳を持っていて、父親であるアーネストは、そのセシリア夫人を溺愛と言って良い程愛している。
顔の作りも可愛い系の美人で、後のアイシアを彷彿とさせる程そっくりだ。
(ふむ……もしかすると、母親の死が切っ掛けだったりする?)
良く思い出せ自分……。
こうなるとゲーム本編の情報だけでは、全く足りないのではないかと思える。
ファンブックや公式設定資料本、果てはゲームイベントの開発者トークまでも必死に思い出し、そういえばと思い出したことがあった。
実の所、今の自分の立場『アイシア公爵令嬢の妹』というキャラに心当たりがなかった。
神様の気まぐれか、はたまた真珠深の境遇に同情してくれた存在からのご褒美か、くらいに考えていたのだが、スピンオフ作品の小説内にあった、アイシアのセリフを思い出したのだ。
『お父様は変わってしまわれたわ。もしお母様が生きていらっしゃったら違ったのかしら……いいえ、あの子が…妹が生きていてくれれば…』
確かそんなセリフだった。
そう、作品内のアイシアにも『妹』はいたのだ。だが、そうなると…エリューシアは、そう遠くなく死ぬ運命にあるのではないか?
母親の死と妹の死に関連があるのかはわからないが、少なくとも父親の豹変劇には関係しているだろう。
なら、それを回避できればあんな冷たい家族にならずに……アイシアも家族から愛されたままでいられるのではないか?
さぁ思い出せ! 真珠深…いや、エリューシアの本日の任務だ。
更にあれから気付けば4年が経過していた。
日々魔力を鍛え、今では全属性を使いこなし、かつ精霊まで見えるようになった。そしてその精霊達が優れモノだった。
エリューシアが何もせずとも、攻撃を向けられれば、勝手に防御と反射をしてくれる。
つまり棒立ち状態でも、害意を向けてきた相手に反撃できるのだ。その上精霊が勝手にしている事なので、エリューシアが悪い訳ではないと言う言い訳が立つ。
そう、害意をもって襲い掛かってきた相手が悪いのだ。
魔力の鍛錬、精霊達との親交、それだけでなく当然記憶の掘り返しというか、情報の整理も日課のように行って来た。
やっと独り歩きできるようになった頃、思う所があって自分の姿を始めて鏡で確認し、その衝撃で意識を失ったおかげで、『お帰り』と語りかけてきたままだった声とも少し話が出来た。
そこで得た情報も、かなり端折られた感じではあったが、重要なものだったので、あの時の行動は決して無駄ではない。
ちなみに声の正体は、聞く間もなかった為不明なままだ。
そんな事を思い返しながら、エリューシアは現在進行形で、初めてのお出かけ準備をして貰っている。
エリューシアの髪色は父親譲りの銀髪なのだが、実は問題がある。うっすらと真珠光沢を放っているのだ。そして瞳、こちらは更に問題があって、父親譲りの紫色をしているのだが、それだけではなく虹を埋め込んだかのような精霊眼なのだ。
その字の通り、精霊眼も真珠光沢も、精霊の愛し子の証と言われており、そのせいでエリューシアは今まで邸から出る事が出来なかった。
しかし5歳の誕生日はお披露目も兼ねているため、最早隠しようがなくなるので、少しだけ先んじて解禁となったのだ。
とはいえ、可能な限り目立たなくする努力くらいはしなければと、大きな眼鏡で瞳を隠し、髪はつばの広い帽子にできるだけ入れ込んでいる。
髪の方は染められれば良いのだが、染色を受け付けない髪質のようで、髪色を変えることもできないのだ。
誕生日を迎え、正式にラステリノーア公爵家次女としてお披露目される為、初めてアイシアのお下がりではなく、自身のドレスを購入する運びとなった。
エリューシア自身はアイシアのお下がりで大満足していたのだが、周囲は何の我儘も言わず、黙々と勉強と自己鍛錬に励む次女に、良い子過ぎると不安を感じているらしい事に気付き、仕方なくドレス購入を受け入れた。
それでもオーダーメイドをと主張する周囲を抑え、どうせすぐ成長するのだからと既製品で済ませる事に成功している。
そして今日、その受け取りに町まで行くのだ。
邸に呼びつけても良いのだろうが、折角だからと初お出かけの予定。
残念ながら、父と姉は王宮に呼び出されていて、母親と二人で出かけることになった。
何故か父も姉も、ひたすら文句を言いながら出かけて行ったのだが、そんなに文句を言いたくなるほどのくだらない理由なのだろうかと、自分の住むこの国の王家に不安を感じてしまったのは内緒だ。
だが重要なのはそこではない。何故ならこのお出かけ、この出来事が分岐点なのだ。
日夜記憶を掘り返し、紙に書き纏めてきたが、ゲーム内ではアイシアの妹、つまりエリューシアが誘拐されるその日なのだ。
お出かけした先で攫われ、その時に止めに入った母セシリアも刺されてしまう。辛うじて一命は取り留めるが、その後どれほど探しても次女は見つかる事がなく、憔悴した彼女はそのまま儚くなってしまうのだ。
そしてセシリアを心の底から愛していた父アーネストも心を閉ざし、結果アイシアの不幸へと繋がって行く。
だから、今日起こるであろう誘拐を阻止できれば、運命は変えられるという証左になると思うのだ。
向かう先は裁縫店のみ。アクセサリー類も購入したらしいが、それは裁縫店に先に届けられているらしい。系列店とか、そういうものなのかもしれない。
無事到着。ここまでは何事もなかった。
ゲーム内ではどういう状況だったのかわからないが、念の為侍女2人と護衛騎士も4人も同行してもらっている。
加えて御者も公爵家の者だ。
店舗に入り、最後の確認をした後、ドレス他を受け取って帰路へつくべく店主たちに挨拶をする。
ここまで平穏すぎて不気味なくらいだが、何も無いならその方が良いに決まっている。
雪でもちらつきそうな雲行きになり、急いで手袋にコートと防寒具を身に着ける。そこに大きな眼鏡とつば広帽子というへんてこな格好だが、幼女なので可愛さでカバーできるのが素晴らしい。
扉を開けて外へ出れば、吐く息は真っ白だ。
直ぐ近くに公爵家の馬車はもう着いていて、御者を務めてくれているマービンが扉を開けて待っていてくれた。
このまま無事に帰宅できれば、分岐点は一つ乗り越えられる。侍女も護衛騎士達もいるのだから、賊も手出ししてこない可能性が高い。
「さぁ、エルル、帰りましょうか。とても寒いからまっすぐ帰ってお父様とアイシアの帰りを待ちましょう」
「はい、お母様」
そしてエリューシアを馬車へ乗せるべく、護衛騎士の一人が近づき抱き上げた所で、近づく複数の靴音に気付いた。
敵はそれぞれ剣や何かの棒みたいなものを構えており、全員が身元を割れさせない為か、頭多袋を被っていた。
「おい、ターゲット以外は斬り捨てろ!」
「こんなに護衛がいるなんて聞いてねーぞ!!」
「うっせー! そいつだ、そのガキだ!」
エリューシアを抱きかかえていた護衛騎士が、そのままセシリアも背に庇うようにして一歩下がる。そこへ割って入るかのように、残り3人の護衛騎士が剣を抜いて賊を迎え撃つ形だ。
「どけええぇぇぇえええ!!」
一番先頭に立って駆けてきたガタイの良い大男が、かなりごつめの長剣を振り被っている。
ガン!!と大きな音と共に、騎士の一人がそれを自身の剣で弾けば、弾かれた大男の方が後ろへと倒れ込み、尻もちをついている。
「ってええ! くっそ、野郎ども、さっさとガキ連れてこい!!」
部下なのだろうか、他の小汚い恰好をして、少し小柄な奴の手を借りて立ち上がると、自身は少し逃げの態勢になりながら、大声で手下たちに指示を飛ばした。
「そっち、騎士どもを止めろ! おい、横からかっさらえ!!!」
隙をつこうと、一部の賊が一斉に護衛騎士達に飛び掛かる。
エリューシアを抱え、セシリアを背後に守っていた騎士は、御者の手を借りてまずセシリアを馬車へと乗せ、そのセシリアにエリューシアを渡そうと手を伸ばしたそこを狙われた。
「やってやらあああ!!」
「く!!」
両手でエリューシアの身体を支えていた為、その騎士は剣を抜くことが出来ず、もう斬られると思った瞬間、パァァァンと鋭い音がなり、閃光が走った。
あまりの眩しさに、敵も味方もなく全員の動きが一瞬止まる。
光が収まれば、隙をついて横からエリューシアを攫おうとした輩が弾き飛ばされているのが確認できた。
そして閃光の発生源と思われるエリューシアを見ると、その姿はキラキラふわふわと、光の花が乱舞している。
精霊光だ。普通精霊の姿はおろか、その発する光も見る事は叶わないのだが、精霊達も興奮状態なのかもしれない。
キラキラふわふわ、光の乱舞は明滅しながら徐々に収まって行く。
エリューシアに付き纏っている精霊達が守ってくれたのだ。
不意を突かれはしたがハッと意識を取り戻すのは、やはり騎士の方が早い。
呆然としていた賊を全員、生かしたまま捕縛することが出来た。
「あぁ、エルル、大丈夫!?」
セシリアが騎士から渡されたエリューシアの身体をギュッと抱きしめる。
余程心配したのだろう、息苦しいくらいだが、黙ってされるがままになっていた。
「神様……いえ、精霊様、ありがとうございます、ありがとうございます、エリューシアを、娘を守って下さってありがとうございます!」
いや、怖さもあったのだろう、エリューシアを抱きしめる身体が小刻みに震えていた。
「お母様」
「もう大丈夫よ、精霊様も、皆も守ってくれたから」
母にギュッと抱きしめられたまま、未だ開け放たれている馬車の扉から外の様子をちらりと見れば、護衛騎士達が手際よく捕縛した賊達を一か所に纏めていた。
どこかで荷車なり確保して、一人も逃がす事無く公爵邸に運ぶ算段なのだろう。
何処の誰がどうして……それがわかれば良いが、恐らく依頼主に辿り着く事は難しいのではないかと、エリューシアは考えている。
何故ならゲーム内では誘拐犯が捕まるどころか、死体も何も発見される事はなく、そのまま有耶無耶になっていたからだ。
つまるところこの誘拐劇は、ヒロインと攻略対象を際立たせるための舞台装置の一つでしかない。
悪役令嬢と言う位置づけに、アイシアを貶める為の……。
この世界に強制力とやらがあるのかないのかわからないが、本当にふざけた話だと思う。
だが、これでまずここの分岐点は乗り切れたのではないだろうか。
エリューシアは誘拐される事なく生き残り、母セシリアも無傷だ。ならば父アーネストも心を閉ざす事無く、最推しの姉アイシアが不幸に見舞われる事もなくなるのではないだろうか。
たった一歩、されど一歩だ。
エリューシアは思い出せる限りの分岐を、これからも叩き潰していくつもりだ。
唯々諾々と殺されてやるつもりなんかない。
折角アイシアの妹と言う絶好のポジションに転生できたのだから、まだまだ満喫したいし、折角なら幸せにだってなりたい。当然アイシアの幸せも見届けたい。
そんな事を考えながら、ぼんやりと馬車の扉から見える風景を眺めていたが、ふと視線を巡らせたその瞬間、かなり離れた場所に座り込む一人の少女と目が合った、と思う。いや、確かに目が合った。
遠くて小さくしか見えなくて、だから判別なんかできると思えないけれど、確かに見て取れた。
茶色の髪に明るいオレンジ色の瞳。大きなタレ目が印象的で、その頬はほんのりバラ色で………茶色?…だけど…
―――シモーヌ!?
顔立ちはゲームのそれとは違う。
何より髪色が違う。ヒロインはエリューシアの様な真珠光沢はなかったが、銀髪設定だった気がするのだが、どう見ても茶色の髪だ。
年齢的にもまだ幼いのだから当然だが、年齢や髪色だけではない違いがあるように見えてしまう。しかし、間違いなくシモーヌだと思える。
汚れてすり切れた衣服に身を包み、その小さな足は裸足で血が滲んでいるし、何よりその表情には明るさはなく、仄暗い陰鬱さと歪んだ欲望が綯い交ぜになったその表情は、ゲーム内のシモーヌからは程遠い。
だが、垣間見える面影は、間違いなく彼女だろう。
精霊達も囁いている。
―――気ヲ付ケテ、気ヲ付ケテ
―――近ヅイチャダメ、近ヅイチャダメ、キケン
エリューシアは幼い容貌に似合わない冷淡さをその双眸に宿す。
すっと眇められた視線は、遠くで座り込んだまま静かな狂鬼を宿す少女を射すくめる。
その少女がふと自身の後ろへと顔を向けた。その方向には野暮ったい、だけど貴族であろう男性が1人立っている。
何を話しているのかわからないが、男性の方もこちらへ顔を向けていた。
(そう……シモーヌ、いえ、名前はわからないヒロイン、貴方……最初から敵だったのね)
ゲーム本編までまだ遠い。だけどエリューシアは必ずアイシアや家族と幸せになるのだと、決意を新たにする。
ただ、今日の一幕のおかげで違うフラグが立ってしまう事になったのは大誤算だが、それを知るのはまだあとの事。
今は、今日を生き延びた事を喜ぼう。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!
もし宜しければブックマーク、評価等して頂けましたら幸いです。とっても励みになります!
修正加筆等はちょこちょこと、気づき次第随時行っております。お話の運びに変更は無いよう、注意はしていますが、誤字脱字の多さ、変換ミス他等、至らな過ぎて泣けてきます><