30分追放
「当魔法学校のイメージを著しく下げる所業。
以上の罪状により、タイム・グリルを退学、および追放処分とする」
「……はいぃ?」
私はただひたすら困惑しっぱなしだった。
突然寮の部屋にどやどやと学校のお偉いさんが入って来たかと思ったら、
身に覚えのない罪を挙げ連ねられて追放処分だと言われた。
……え?なにこれ?私ってば白昼夢見てる?
そう思って頬をつねってみるが、しっかり痛いうえに
目の前の光景は変わらない。
──現実だ……!理由はさっぱりわからないというのに、
私は〝追放処分を受けている〟……っ!
「あ、あのっ!!ちょっと待ってくださいませんか!?
私にはこの学校の品位を下げるような真似をしたという
記憶など、欠片もないんですが……っ!!」
「学校の生徒たちが貴様の姿を見ているのでな、
その上過去視の魔法でも貴様の姿が記録されていた。
これで言い逃れは出来んのでは無いかな?」
校長の威厳のある声に、
私は思わずしり込みしてしまった。
魔法学校長、バゲット・カスクート先生。
その教導方針は魔法がまるで使えない生徒が、日常生活で
魔法を使うのに苦労しないまでには必ず使えるようにするという。
そして現に、なんの魔法の才能もなかった生徒がこの先生の指導で
大魔法使いとして名を残したりもしている、
魔法に憧れる者ならば誰もが崇め奉るほどの名教師である。
……閑話休題、校長先生の話はここまでにして、
そんな凄い先生が私がこの魔法学校の品位を貶めたと言っているのだ。
自分では気付かないうちにそんなことをしでかしてしまった可能性が──
──いや、無いっ!!
このタイム・グリル、己に誓って魔法学校の品位を貶めるような真似などしていないっ!!
何か間違いが起きているのは確実だと言えるし、
考えたくはないが誰かが私の名や姿を騙って〝何か〟を
しでかそうとしているのかもしれない。
この場ではすぐに私の無罪を証明することが出来ない、
だが、それはつまり裏を返せば──!
「待ってください!!その罪状には本当に覚えがありません、
確かに過去視の魔法はそこで起きた出来事を再現します……
ですがっ!!それだけで私の罪だと宣言するのは早い気がします!」
「いや、だから他の生徒の目撃談もあると言っているでしょうが」
隣に立っている教師の言葉にうっ、と言葉に詰まりそうになる。
しかしここで引き下がるわけにはいかなかった。
「いいえっ!姿は変身魔法を使えば姿を変えることが可能です、
話を聞く限り私だと判断できたのは〝姿のみ〟っ!
可能性はまだ残っています!お願いです、30分で構いませんので
時間をくださいっ!!私が真犯人を突き止めて見せますっ!!」
「なにを……!」
教師が一歩こちらへ踏み出すが、バゲット校長がそれを手で制して
顎に手を添えた。
「ふむ……確かにそれはそうかもしれないが、
本当に30分で足りるのかね?良ければ
もう少し時間を伸ばしても構わないが?」
思わぬ提案にそれなら~、と甘えたくなるが、
おそらくそれ以上貰っても意味が無いとわかる。
もしもこれが第三者による犯行ならば、30分以上かけても
既に証拠は処分されてしまうだろう。
「ありがたいお申し出ですが、30分で構いませんっ!!
それ以上のお時間を戴いても、真犯人は証拠を処分しきっているでしょう」
「……なるほど、魔法の残滓も探知できるのは1時間が限度。
既に30分程度経過してしまっている以上、探し出せるのは
残り30分程度か──」
バゲット校長はローブを翻しながら、右手を私に突き出してきた。
「では行きなさいタイム・グリル!30分以内に
この一件解決できたのならば、退学及び追放処分を
撤回しようではないか!」
「はいっ!!」
私は必要なものをがっさりと取って、寮の部屋を飛び出した。
「さてと、今の私は追放処分を受けた身。
学校内に居るのは駄目なはずだから、
もし他の生徒に見つかったら不法侵入者として
通報されかねない……」
ローブのフードを頭まで被って前もしっかりと閉じて、
……却って不審者感が増えた気もするが、ともかくこの格好で
校内を探してみる、と言っても時間に制限がある。
確実に証拠が揃う場所に向かうしかない。
全校生徒が確実に集まる場所──食堂に向かった。
大きなホールになっている大食堂は、既に食事を終えた生徒が
思い思いに寛いでいる。
真犯人が姿を騙ったとしても魔法は必ず使ったはず、
そして相手は人である以上、必ずお腹が空くはず。
犯行を終えて逃げ切れたと思っている犯人なら、
安心感から空腹を覚えるだろうと思ってここに来た。
ローブの中から杖をこっそりと取り出して呪文を唱えると、
あちらこちらに魔法を使用した残滓が見えるようになった。
魔法の種類は色によって見分けられる、
赤い色なら四大元素を利用した攻撃魔法・防御魔法を使用した証拠。
これはおそらく選択授業で衛士や警察官を目指す生徒たちだろう。
青い光は道具を媒介にした呪術を使った生徒たち、
……まぁ、あまり看過しない方が良いんだろうけど、今回は関係ないっ。
──えっ、あんな美人さんがなんで呪術のお世話になんかなるのっ!?
いやいや駄目だ自分、そんなことを考えている暇はないっ!
そして見つけた、ピンクの光。お目当ての番外魔法を使用した生徒。
そっと近づいて過去視の魔法を手の平サイズで再生できるように
呪文を組み替えなおして唱える。
──そしてそこに映し出された〝彼女〟が私の姿に変化するのを確認した。
そっと目を向けると、その娘は今も友達と思われるメンバーと共に
談笑しながら食事を摂っている。
その娘に拘束魔法をかけながら、私タイム・グリルは
びしりと言い放った。
「戦闘魔法科トスト・ガリックちゃん、
貴方を当魔法学校の品位を貶めた罪、およびその罪を他人に擦り付けようとした
名誉毀損罪で捕縛いたします、逃げきれると思ってんじゃねぇぞてめェゴラっ!!」
しっかりと身の潔白を証明してから、私は学校で有名になった。
──汚い言葉で相手をなじる秘密警察なのではないか、という点で。
曰く、私に捕まったら片手片足のどちらかは差し出さなければならないとか、
曰く、軽い罪を犯していたら気が付いたら殺人罪レベルにまで
罪が重くなっているとか……
「私ってそんなにおっかなく見えるかなぁ……?あの時は
気が立ってたから言葉が荒くなってただけなんだけど……」
「そうっすね~、俺みたいな半端野郎の矯正を頼まれるくらいには
おっかなく見えるんじゃないっすか?」
「だってさぁ~、あの生徒、試験のストレスを発散するために
勝手に作ったピンナップをばら撒いたって話なんだよ?
そして自分だとバレたくないから、たまたま目に付いた
私の姿に魔法で変身して、罪を擦り付けようとしたんだよ?」
「でも、その時縛られたトストさんなんすけど、恐怖のあまりに
あらゆるものその場に漏らしまくってエラいことに
なったらしいじゃないすか。
秘密警察のあだ名がつくのも仕方ない気がするっすよ」
「なんか納得いかないんですけど~……」
なぜかあの後バゲット校長が若干怯えながら謝罪してきて、
その上で今目の前に居る不良生徒のバジル・フライ君を
矯正してくださいと言われてしまった。
完全に何か誤解を受けている、そう弁明しようとしたのだが
凄んでいるようにしか見えなかったらしく、
拝み倒されて逆に単位まで貰ってしまった。
お陰で苦手だった薬学科の単位が取れてしまった、
それはありがたいが、私の名声はある意味で地の底まで落ちてしまった。
どうしてこうなった、私は頭を抱え込みながら、不良生徒というには
意外と優しいバジル君に慰めてもらうという新しい日常を過ごしたのだった。