そういう職業があるらしい、この世界には
曽我は窮地に立っていた。『笑門来福⤴吉日』再結成を阻止するため鶴岡と謀った計画が意図せぬところから崩れ始めたからである。出馬辞退を告げてきた吉岡雅樹と笑原拓海。二人を諫めることができるのは立石しかいないと思い、曽我と鶴岡はNHCに赴き立石に二人への説得をお願いしようと試みたのだが・・・。
「悪いが諦めてくれ」
開口一番、計画の中断を告げられた。しかし、曽我はそう簡単に引き下がらなかった。
「困ります。約束したのですから、出てもらわないことには。その上で民政党も計画を進めているわけですから。だよね鶴ちゃ、鶴岡さん」
肩を並べる鶴岡に、曽我は流し目で圧力を加えた。曽我から結構な袖の下を受け取っている鶴岡は、自分がこの交渉に責任を負わねばと思った。
「曽我さんの言う通りです。すでに党内での合意を取り付けています。いまさら引っ込めるなんて私は言えません」
すると立石は厳かな表情で言った。
「私から緒沢に言っておく」
かつて自分が秘書を務めた代議士の名が出たので鶴岡は敢えて踏み込んだ。
「会長もご存知の通り、いま民政党は緒沢先生の一件以来政治不信が極みに達しています。ここで信頼を回復できなければ民政党は野党に下ることになりかねません。それは会長のご学友であらせられる緒沢先生の望まれていることではありません」
だが、立石はより表情を強張らせて言った。
「退役軍人はもうこれ以上関わらんほうがいい」
「しかし・・・」
「緒沢と違ってあの二人はまだ国民から必要とされておる。ここで潰すわけにはいかんのだ」
「我が党にとっても必要な方なんです。国民の支持を得ているあのお二人にお力添えをいただかなければ」
「選ぶのは誰だ?」
「えっ?」
「彼等の未来を選ぶのは誰だと聞いておるのだ」
「それは・・・」
口籠る鶴岡に代わって曽我が言った。
「国民でしょう」
立石が頷く。
「その通り。私でもない、君たちでもない、そして彼等自身でもない。国民だけが選べる」
「だから選挙なんじゃないですか」
曽我は立石に対し強弁で立ち向かう。
「悪徳を重ねてきたアイドルタレントとしては一度国民の審判を仰ぐべきだと私は思います。不幸なことに国民は投票でもってアイドルをキャスティングから外せない。NHCがえこ贔屓して使い続ければどんな悪いアイドルでもテレビに出演し続けられる」
そこには露骨に吉岡と笑原を紅白司会者や大河ドラマ主演などで抜擢してきた立石に対する批判があった。
「だからあの二人は選挙に出るべきなんです。本当に国民から必要とされているのかどうかはっきりさせるために」
鶴岡の表情が俄かに曇った。曽我は吉岡と笑原の落選を期待していたのか。それは鶴岡たちの意図と異なるではないか。それを打ち破るように立石が杖で床をカツンと叩いた。
「あいつら揃って同じようなことを言いおった」
曽我と鶴岡の視線が怪しく光る杖の先のルビーに注がれる。
「より多くのひとが満たされてくれる職業に、終生かけて身を捧げたいとな」
曽我が不服そうに立石を睨む。立石はその不満げな表情を払い除けるように言った。
「それは政治家ではないらしい」
曽我がつっこむ。
「だったらなにでできると?」
回想するかのように立石は先日別々に会った二人の異口同音を束ねて再現した。
「『究極のアイドル』・・・そういう職業があるらしい、この世界には」
これを聞いて、曽我の表情がみるみる険しくなっていく。
(ざけんじゃねえ! ぜったいさねえぞ)