新しい形のエンターテインメント
飯倉と梶が立ち上げた新しい芸能事務所名は『HAPPY DAYS 100⤴』とした。『テイクプレジャー』のデビュー曲『From now on DAYS』と『笑門来福⤴吉日』を掛け合わせたようなこの名前には、飯倉なりのこだわりがあった。
「和製アイドルが求めるものと韓国アイドルが求めるものは違う。我々は100歳を超えても人々を惹きつけることができる根の張ったアイドルの育成をめざす」
それが彼のこの事務所名に込めた願いだった。近年、日本の芸能が韓流化するのを見て、飯倉は強い焦りを覚えていた。
「流行りのダンスや透明感のあるお肌だけをアイドルと呼ぶなら、アイドルの使い捨ては終わらない」
それは奇しくも彼が80年代から90年代にたくさん見てきたアイドル消費時代だった。デビューしてくるアイドルたちはそのほとんどが数年後には姿を消していく。
「彼らが本当のアイドルになるにはその後が大事なんだ」
飯倉の頭には挫折を繰り返したマッキーの姿があった。察してか、梶は問う。
「マッキーはともかく、『笑門来福⤴吉日』がそこまでたどり着きますかね?」
想いを同じにしながらも梶は『笑門来福⤴吉日』の再結成にまだ懐疑的だった。彼らの歩んできた道があまりにも違いすぎる。加えて、たくさんの新規ファンを獲得できるキラキラアイドルと違って固定ファンに依存するポストアイドルは事務所的に不経済だ。儲からない。しかし飯倉は言う。
「解散してからの10年、彼らがどんな思いでステージを見てきたかだな。そこに成功の鍵がある」
「詩郎には見えていましたか?」
飯倉が攻め落とした來嶋詩郎の腹落ち具合を梶は訊ねる。
「見えている。詩郎はいまや日本を代表する俳優だ」
グループ解散後、來嶋詩郎はお芝居に徹底的に力を入れてきた。その演技力は斯界から高く評価されており、国内の映画にも何本も出演し日本アカデミー賞を主演でも助演でも受賞している。
「あの名俳優に、ピンクのスーツを着せて踊らせるんですか?」
俳優として成功している來嶋詩郎が、かつてのように派手な衣装で苦手なダンスを踊っているイメージが梶には全くできなかった。飯倉は苦笑いしながら呟く。
「わからん。あるとすれば彼らの意思がどこに向かうかでそういった演出もあり得る。が、それは事務所が強いることではない」
メンバーの多くが50を超えて事務所からああしろこうしろと言われる域ではない。しかし、もし彼らが国民の声に応えて昔の楽曲を再現したいというのなら、そういったこともあり得るだろうと飯倉は想像はしていた。沖縄でマッキーがファンに見せた昔の楽曲のパフォーマンスは、決して後戻りなどではなく、新しい形のエンターテインメントだった。