アイドルの完成形
当然、メディアは連日のようにラバーズ事務所に押しかけ取材を試みた。だが、社長も副社長も雲隠れし、弁護士がメディア対応にあたるものの、その弁護士も後ろ盾を失い職を放棄した。
こうなると所属タレントたち、そして残された社員が行き場を失う。
陥落間近の城に残された『笑門来福⤴吉日』の元マネージャー飯倉三津郎と退所した吉岡雅樹のマネージャーを務めていた梶晴郎は外の喧騒をひっそりとした事務所から眺めていた。飯倉は呟いた。
「もう終わりだな」
梶は目を細め飯倉の言葉を拾った。
「こんなんで終わるんですか? あの天下のラバーズが」
「続けられると思うか?」
梶は落胆した声で囁く。
「民政党より支持率低いんでしょうね、いまのラバーズは」
飯倉は冷めた顔で言った。
「ゼロパーセントじゃないか」
「夢を持って頑張ってきた彼らはどうなるんでしょうか?」
梶はレッスンに来られなくなったアイドルの卵たちのことを心配した。飯倉はやるせなさを吐き出すように強い口調で言った。
「当面はラバーズにいたというだけでどこも起用してくれない。だが、彼らもラバーズの犠牲者だ。なんとしても俺たちが救ってやらねばならん。不甲斐ないトップの代わりに」
そこにアイドルを育成して40年のキャリアを持つ男の決意が込められていた。梶は溝に落ちてしまった二人の古参アイドルのことにも触れた。
「吉岡と笑原はどうなりますかね?」
ラバーズとの契約を切られた彼らはいまどこにも所属せず謂わば無職の状態だった。
「彼らも一度やり直した方がいい。アイドルとはなんであったかを思い出すために。だが、信頼回復までは時間がかかるだろう。それでもアイドルを続けたいと思うかどうかだ」
「飯倉さん、マッキーのこと言ってます?」
「わかるか?」
自分がかつて手がけた3人組人気アイドル『テイクプレジャー』のことを飯倉は思い出していた。その中の一人、近見真紀ことマッキーはラバーズ事務所を退所して一旦は干されたが、思いを改めて復帰してきた。いまでは彼を慕う昔ながらのファンを大事にライブホールを回っている。懐かしい歌をひっさげて。
「あれになるには吉岡も笑原もまだまだ時間がかかる」
「アイドルの完成形ですか?」
「わからん、その境地は、あいつにしか」
飯倉はまだ若かった頃のマッキーの凛々しい顔を思い浮かべていた。