要らぬ反発は示すな!
深夜の赤坂。難しい顔で男が黒塗りのミニバンを走らせている。後部座席に一人のタレントを乗せて。
「俺、会ったら文句言っちゃうよ! いいかな?」
不機嫌そうに訴えるのは笑原拓海。ハンドル握り聞いているのは飯倉三津郎。
「だめだ。まず俺がお尋ねするから」
すると、拓海は独り言のようにこんなことを呟きだした。
「『社長! それは約束が違います。言いましたよね、これはキャリアアップだと。タレントマネジメントにおける当社のコンプライアンス違反じゃないですか、それは!』なんてね」
ドラマのセリフ掛かった拓海の激白を聞きながら飯倉は言った。
「気持ちはわかるが、社長にも多分お考えがあってのことだ。それを聞かんことには始まらんだろう」
「けどさ、そのつもりでスケジュール調整してきたんでしょ。半年先以降の予定ないっしょ俺?」
「ああ、全部断ってきた」
「選挙出なきゃ、何のため仕事減らしたのかわかんねえじゃん」
「まだ出ないと決まったわけじゃない」
「でも言ったんでしょ社長。3年後に伸ばすって。だったら今回ないじゃん」
「だから、その事実を伺いにいくんだろ」
「辞めて政治家になれとか、そうかと思ったら選挙は出るなとか。振り回すのもいい加減にして欲しいぜ。どういうつもりなんだろ、うちの事務所」
拓海の憤りが飯倉にはわかる。ほぼ強制的に雅樹と拓海に参議院選挙に民政党候補として出馬するよう命じ、アイドル業から足を洗わせようとしておきながら、突如選挙には出るなと先日言ってきた。その命を受けたのが拓海のマネージャーである飯倉だった。
「社長も副社長もおまえたちの将来のことをよおく考えてくださっている。選挙に出ろと言ってくれたのも今後のキャリアを考慮されてのことだ。出ないとなればそれもそっちがいいとご判断されてのことだ。だから信用しろ、社長を。要らぬ反発は示すな、いいな!」
拓海は不服であったが、飯倉に任せるしかなかった。ここまで芸能界でやってこられたのは彼のお陰だからだ。
「わかったよ、飯倉さん。おとなしくしてるよ」
「それでいい」
本音は飯倉にしても社長たちに言ってやりたいことがたくさんある。特にここ最近の事務所のごたごたについては。だが、一社員としては・・・
「ご恩を忘れるな。誰のお陰でここまで大きくなれたのかそれを考えろ! とにかく、お話を聞いて、それからだ、先のことは」
事務所を信じるしかなかった。