03話011
梅雨前線と
台風のコンボは、
やめて下さい。
翌日、日曜日、
天宮学園、第一高、四階、生徒会室に二つの影があった。
「でゅふ、でゅふふ。」
交通事故で、ムチ打ちを起こし、首にギブスをはめたビア樽のような男が、あぶら汗を垂らしながら、目の前でモッチャモッチャとドーナツを食べている。
「今回のような事は、これで最後にして欲しいでござるな。生徒会長どの。」
三年、エレクトロテスターDクラス、ダブりのコンピ研、部長、玄岳 良夫だ。
彼の前には、会長のイスに座った、どんよりとした、目の不知火あらたがいる。
その死んだような瞳からは、なんの感情も読み取れなかった。
七号土手駅、
赤い電車から、杖をついた茶髪メガネが降りる。
改札には、白衣の少年が待っている。
イブの見物がしたい。と言うので仕方なく迎えに来たのだ。
「おい、しん。知ってっか?お前の超研部の回りの部活、ほとんどが、生徒会の手が回ってて超研部の監視してたって。」
右足を引きずりながら、友樹。
軽い捻挫で済んだそうだ。すぐに松葉杖も要らなくなるって話だ。
「まーな。天文部以外は、ほとんど、そうだろ。公然の秘密みたいなもんだ。クロ兄に聞いたよ。」
「なんだ。知ってたのか。」
残念がる友樹。
大方、治療中にクロ兄に聞いたのだろう。
特にイブ関連の情報は、会長自身が出張るほど、食い付きがよかったらしい。あのヒョロ長ノッポ、ロリコンだろうか。
しかし、そんな事はどうでもいい。
あの後、イブとしずく、二人の事でてんやわんやだったのだ。
特にイブ、彼女の事が、世界的に平和理に収まって見えるのは、ひとえに、ハドリア師匠の卓抜とした政治手腕によるところが大きい。
各国上層部に情報開示を行うと共に、イブに日本の国籍を与え、アルカ国際条約のもと、東アルカで保護することを決めてしまう。
いくら、月のイブの所有権を各国が主張しようが、彼女個人の人権は別問題と、区別した訳だ。
これにより、迂闊に手を出せなくなる、諸外国。
ほぼ、全領域を起動させ、活動を開始するイブ。
この宇宙、全ての森羅万象を、演算可能と言われる無限の叡智は、その全能力を一人の少女に集め、注ぎ込んでいる。
それが一体何を意味するのか、どんな事態を招くのか。
世界各国が戦々恐々として、固唾を飲んで注視していた。
「でゅふふ、生徒同士を監視させる管理方法は、健全な、学生生活には、そぐわないものでござる。
たとえ、権力に弾圧されようと、断固、意を唱えるでござる。」
依然、生徒会室にて、あらたに、しんの監視を辞めさせようと、頑張るクロ兄。
「、、、、、、、、」
無言のあらた。
だんだん顔色が、ドス黒くなっていくクロ兄。
「でゅふふ、、、、さては、、、、意にそぐわぬ者を粛正するるで、、、ござるるぅか!」
ろれつも回らなくなっている。苦しそうに、膝をつくビア樽。
「我は、、、屈せぬでぇござるるぅ、、、、自由はぅ、、、、決してぅぇっ、、、、」
ドタン、
と倒れ伏すクロ兄。
「、、、、、、、、、」
ピクピクと痙攣する、ガマガエルのような玄岳を、見下ろすあらた。
彼は特に何もしていない。
緊張とストレスで、脳梗塞を再発したのかもしれない。
暴飲暴食を見る限り、摂生しているようにも見えなかった。
自業自得と言える。
「、、、、立夏。救急車を呼んでくれ。」
携帯で話しながら、片手で巨漢を脇に抱えて、階段をおりる。
130キロオーバーを楽々とだ。
こんな所で死なれても迷惑なだけだ。
さすがに、日曜日に、智由保険医はいない。
病院に任せるしかないだろう。
『10分で到着します。昇降口へ向かってください。』
感情がゴッソリ削げ落ちた声が、答える。
アンバーをバックアップする研究施設から中継され、イブの内部の、彼女のプログラムにアクセスできる。
驚いた事に、アンバーの秘匿プログラム、立夏の人格は消えていなかった。
どういうつもりか、気付いていながらイブは、彼女を見逃しているらしい。
理由は、立夏にもわからないそうだ。
どうあれ、あらた達には、選択の余地はない。
7月のターミナル コア開設記念式典まで、現状が続くのを祈るばかりだ。
救急車で運ばれていく、玄岳良夫。
その事を、しん達は翌日、月曜日に知ることになる。
ありがとう。クロ兄。
さらば!コンピ研の勇者よ!
私たちは忘れない。あなた勇姿を、その笑顔を!
空の彼方から、ずっと見守ってください!
別に死んではいないけど。
果たして彼は、今年、卒業できるのだろうか!
どうでもいいけど。
日曜日、山下宅。
家に戻ると、背もたれの無いオットマンチェアを二つ引っ張り出してきて、
リビングにて、リンがイブのアッシュブロンドの長い髪をサイドテールにして、遊んでいる。
「ど、どうかの?主人どの、、、」
「おー!かわいーぞ。イブ。」
「う、うむ!」
真っ赤になってフニャフニャする少女。
ドン!
ローテーブルに片足をかける那智。
正面三人掛けソファーをひとり、占拠している。
「いい!?リン!しずく!なんで、こんな変態が、こんな、いたいけな少女を預かる事になったか知らないけど!一致団結!協力して彼女を守るわよ!」
彼女はアンバーだが、紫煙から自分達を助けてくれた恩人だ。
よくわからないが、恩義には最大応えなければならないと、仲間、保護対象として、イブを受け入れる那智。
そこらへんは柔軟のようだ。
いや、だが、しかし、いい加減、帰れよ、お前。と思う。
昨日、なんやかんやと、一泊した那智とリン。合宿のように、二人とも、楽しそうだった。
ラッキースケベを狙うが、中々隙のない両名である。残念。
「私、、、、どうしたんでしょう、、、、どうなっちゃうんでしょう、、、、」
那智の左となり。シングルソファーで頭を抱えている、みず希しずく。
その脳裏に響く声。
『しずく姉〜〜〜あさっては、私が学校行く番ね〜〜〜〜!』
みず希 紫煙だ
彼女は正式に、しずくの第二人格として、しずくの14才の妹ととして、イブと一緒に天宮学園一高付属中等部に通うようになった。
しずくも紫煙も頭がいいので、交代交代でもとくに問題はなさそうだ。
昨日は、あれから、しずくのメデカルチェックや心理テスト等、大騒ぎだったのだ。
まあ、これもハドリア師匠の計らいで、すべてつつがなく、平和理に事態は終息する。
イブは、オレの遠い親戚のいとこ。山下イブとして。
紫煙はみず希しずくの妹として、日本国籍、アルカのIDも獲得した。
しずくの母親は、あらあら、まあまあと、事態をノホホンと認め、しずくの中等部時代の制服や洋服を用意する。
日本の主婦、恐るべし、だ。
ついでに、イブの服や、色々世話まで焼いてくれた。ここ数年、白衣の少年もかなり世話になっている。山下少年の理想の母親像といえるだろう。
彼の実際の母は、フルメタルジャケッOの、ハートマン軍曹みたいな鬼教官だが。
面白いのは紫煙の変わりようだ。
彼女は、イブに対して絶対の服従を誓っている。
本能的な恐怖を刷り込まれているらしい。彼女がイブの中に何を見たか知らないが、
イブの目が黒いうちは、大人しくしているだろう。
呼び名もイブ様、イブ師匠を経て、イブちゃんに落ち着いたらしい。縮こまる彼女にイブも閉口している。
那智とリンにはちゃんと謝罪させた。二人はまだ警戒しているが、そのうち慣れるだろう。
そして、イブの事で残念な事が一つある。
「世界征服とかできないんだとー。」
イブとリンが用意した、お茶をすするしん。
彼は、那智の右側のシングルソファーに座っている。隣にもう一つオットマンチェアーを出してきて友樹が茶を飲んでいる。
「当たり前じゃ。わらわが、そんな悪行、看過するわけがないであろう。」
茶をすすりながら、イブ。
融通が利かない事、極まりない。
「お前は、どんな性格設定をイブちゃんにしたんだ?」
何気なく、友樹が聞く。
「清廉潔白!品行方正!晴天白日!夢見がちな乙女、だ!!」
ビシ、
と変なポーズを決める、白衣の少年。
「無い無い、ないわ〜。どんだけ夢みてんの。お前。正直引くレベルだぞそれ。」
白い目を向ける茶髪メガネ。
「ぐぬぬ、、、、」
うるさい!友樹のくせに!
人の理想の女性像にイチャモン付けやがって。
とか思う少年だが、そのご都合的、理想像が彼の犯罪志向の、強烈な抑止力になっているのだから、皮肉な話だ。
ともかく、しずくと紫煙。
イブと立夏。
二つの人格を秘めた少女達が東アルカに、現れた事になる。
それが何を意味するのか、
知る者はまだいない。
東京湾の人工島。
東アルカの上空を舞う、多目的汎用ヘリコプター、ベル206。
オフィス街と商業区の境にある、5200平方メートルのハドリアの豪邸の上をホバリングする。
敷地内のプールが中央で割れ、激しい水流と共に、地下ヘリポートが現れる。
バラバラとローターが風をかくはんする中、降りて来る長身の白いマントの男。
「おとうさま!」
美しい金色のウエーブしたロングヘアを手で押さえながら、瀬里奈Sフィールズがハドリアに近づく。
「ホントにいいのですの?あの子を山下しんに預けるなんて!」
ハドリアはヒマでは無い。
単刀直入に疑問を問う。
「問題ない。アルカでバックアップするさ。」
笑顔を見せるハドリア。
「イブは、テレスティアでも私でもなく、しんを選んだのだ。口惜しい話だがな。」
「理事長!」
秘書のマツリが、彼を即す。車の準備が出来ている。
ハドリアは、香港での、緊急8カ国会議からの帰りだ。秘密裏だが、イブ関連の調整だ。
今から、アルカの政庁で国内会議がある。
彼はアレからマトモに寝てはいない。移動の最中にうたた寝するのみだ。
タフと言っても限界はある。
「お嬢さま。」
小柄な秘書は、些末な事に関わる暇はないと言外に、瀬里奈に伝える。
しかし、だ。
「しずくの事も!」
彼女の二重人格は、突然のAクラス能力、覚醒による、精神不安定がその理由とされている。
「二つのAクラス能力を持つ、極めて珍しい、デュアル能力者になるわけですわよ!」
「若いのさ。」
「おとうさま!」
茶化しているのかと思うが、その後、彼女は聞いたことのない事柄を耳にする。
「北海道事変の当事者だからね。それぐらいの事はありえるのさ。」
車に乗り込むハドリア。
遮るように、おじぎをする、美人秘書。
彼にしては、地味な黒い公用車が地下スロープを上がっていく。
「お嬢さま。」
残る瀬里奈に心配そうに、美貌の書記、椎名葵が声をかける。
「、、、、、、、、」
判然としない不安が、暗雲のように広がっていくのを感じる瀬里奈。
事件はまだ、始まったばかりなのかも知れない。
END
また来週。




