能力アフター3話01
二日酔いが
ツライです。
乱暴にベレッタM9のスライドを引きながら、黒いメルセデスのバンに乗り込む、黒の背広、スラックス、全身、黒ずくめの男、朧 理世。
彼のハンドガンは、能力ブースターの武器ではなく、単純な9ミリパラベラム弾を使用する実銃だ。
彼の特質には、それが合っており、好みでもある。
「なんだって、上の連中はいつも、唐突なんだよ!こっちの都合も考えろっての!」
不機嫌そうに、牙のような犬歯をガチガチさせる。
助手席に滑り込むのは、同じく黒ずくめ、ロングの黒髪の美女、不可視、超高圧分子の切断糸を操る、千里 詩吟。
「あんたが、それを言う?行き当たりばったりの理世くん。」
面白そうに笑う、詩吟。
「るっせー!よりにもよってこんな時によ!」
7人乗り、後ろの、最後尾、3人席の3人をにらみ、忌々しそうにグチる朧。
そこには楽しそうに、はしゃぐティーンエイジャー三人の姿がある。
正確には、真ん中、ウチのチームのオペレーター、
オレンジ頭の両サイドに、ミカンのような、お団子がついた、妙なヘアスタイルのポリグラム能力者、設楽 郁恵にじゃれつく、
白い一高のブレザー、緑の風紀委員の腕章のお客さん。フワリとしたブラウンのセミロング、名にし負うAAAの炎姫、爆弾女、野川那智と、
左に、我関せず、と知らんフリのプラチナのショートボブ、受信テレパスAクラスの冬木リンがいる。
「ガキの引率中に事件かよ!」
アルカの制定部隊、
つまり、民間の対能力者用の軍事警備会社だが、ここの警察、特殊捜査四課と同じくたまに、天宮四校から、風紀委員たちが、課外活動として、見学に来る。
優秀な人材にツバを付けておきたいのだろうが、現場にとっては、ただの迷惑だ。
遊び気分の抜けないガキの面倒などしてられるかって話だ。
「遊んでんなよ!爆弾女!郁恵!大人しくさせてろ!」
釣り上がった三白眼がさらに傾斜していく。
「や〜〜〜!おぼさん。怖い〜〜〜!」
きゃっきゃと郁恵に抱きつく那智。
「な、那智さん!早くシートベルト、してくださいです!」
なぜか知らないが、彼女は、この天宮一高の少女、野川那智に大変気に入られていた。屈託なく天真爛漫。輝くような明るい美少女だが、はっきり言って苦手だ。
朧 理世といったら、制定部隊でも大の男が避けて通るコワモテだ。
それを全く意に介さず、気にもしない。常人には理解し難い無軌道さだ。
それに、彼女が絡むと、大体事態が酷いことになる。巻き込まれて割りを食うのはいつも自分だ。
正直泣きたい。
アルファチームに同い年なのは自分だけ。接しやすいのだろう事は、判るのだが。
制定部隊、PMCナーブ本部は、東京湾の人工島、東アルカ、ほぼ中央の若干、上、
住宅区とオフィス区の間にある。
一号から四号練のビルを持ち、他に厚生練、隊舎、専門学校まで存在する。
設楽 郁恵は、そこの学生だが、十六歳にして正規部隊員に登録されるのは極めてまれだ。
彼女の優秀さの証明なのだが、野川那智に関わると、ただの少女に戻ってしまうようだ。
三号練の下、広々とした地下駐車場から、次々と黒塗りの車が滑り出して行く。国産から外車、セダンからバン、車種はバラバラだ。
「イクエちゃんの黒ワンピ、カワイーよね!MIBみたいなのじゃダサいもん!」
明るく、おぼろ達の服装をデスる那智。
何言ってんのこの子!青くなる郁恵。
黒のワンピース、胸にはエメラルド色のビーズと白いヒラヒラ、あと、袖も白。シックな装いだが、彼女に言わせると、これもどうかと思うのだが。
「んふふ〜〜〜」
不気味な笑いを浮かべて、振り返る、黒髪ロングの詩吟。
「でしょう〜!かわい〜よね〜〜〜!若い子のファッションは、アレンジ加えていかなきゃ!お姉さん、頑張って上と交渉したから!」
仲間をほめられて、嬉しいらしい。詩吟。
あなたですか!このクラッシックデザインの隊服の出どころは!
しずかに絶望する、郁恵。
「い〜〜〜〜かげんにしろっっ!!行くぞ!」
おぼろが、乱暴にアクセルを踏みつける。
カリカリにフルチューンされたターボチャージャー付きDOHC直列4気筒、総排気量3142cc最高出力1263psのエンジンが咆哮を上げる。
派手にタイヤを軋らせながら、光さす地上へ踊り出すメルセデスV220d。
東アルカ、研究学園区内、第三創薬基盤研究所、午後2時
敷地内に黒塗りの車たちが次々と乗り入れる。
大まかに、三つに分かれる研究練だが、それぞれに、過不足なく配置されていく、制定部隊。
その様子を、少し離れた駐車場にて見物する影があった。
一般車両に混ざった、これもまた、黒いバンだ。
中にはきれいに剃り上げた禿頭、黒人のジノ フィッシャー、黒髪ショートボブ、エイダ レスターの姿も見える。
「しかし、驚いたね。あの真面目男のハリー君が、我々を裏切るとは、」
丸くて小さな黒いサングラスに隠れた目を細めて笑う。ジノ。
(真面目だからさ、
違法クローンの実験体など邪魔に過ぎない。司法取引の材料にして我が身の安全をはかる、と。)
耳のワイヤレスイヤホンから、不知火あらたの面白くも無さそうな声が聞こえる。
彼もまた、天宮学園一高、生徒会室でひとり、アンバーTYPE01の中継で、ここの様子を、モニターしているのだろう。
「まあ、私たちにとっては、好都合じゃない。予想通り、制定部隊が釣れてさ。」
赤ジャケット、黒いレザーパンツのエイダが話を受ける。
日本の警察相手では、まだ司法取引は一般的ではない。よって、PMCナーブを利用したのだろう。
そう、彼らの目的は、下部組織のここの研究所をエサに、アンバーTYPE01を
制定部隊に渡す事だった。
日本の、制定部隊は、ある男の私設軍隊といえる。その男の手に。
しかし、物事は思い通りには、進まない。
ドォオン、
腹に響く振動と共に、研究練の一角から、黒い煙が上がる。
「なんだ!」
ジノのぶ厚い唇がへの字に曲がる。
話は少し遡る。
「クソッ!クソッ!クソッ!」
グレイのオールバック、髭面、神経質そうな長身の白衣の男が、酷いスラング混じりにブツブツ、イライラと歩き回る。
ここは、研究練のD棟。メインのA〜C棟からは少し離れた、緑多い湖のほとりにある。小規模な研究施設だ。
現在、A〜C棟は、制定部隊に完全に包囲されていた。
「話が違うじゃないか!アンバーの引き渡しは、まだ先のはずだ!なんだってこんな、、、」
すっかり頬がこけてしまった、研究主任ハリースミスだ。例の違法検体を預かって以来、
神経をやられたらしく、ドラッグの常用の噂まである。
二人の助手が心配そうに見守る。PMCナーブとの取り引きが失敗したら、自分たちの身もどうなるか判ったものではない。
「理事長に連絡してみたらどうでしょう。主任!」
小太りの助手が、声をかける。
「簡単に、連絡がつくものか!やつら、この機にここの荒探しをするつもりだ!クソッ!」
乱暴に携帯を取り出し、通話するハリー
「どうゆう事だ!これは!秘密裡に取り引きするのではないのかね!これでは事態が公に!」
つながった相手に一気にまくし立てるハリー。
が、すぐに大人しくなる。
「わ、わかった。とにかく頼む。直ぐに、そちらに向かう。ああ、ああ、」
なんとか気を取り直し、助手たちに指示を告げようと振り向くハリー
しかし、二人は立ったまま、物言わぬオブジェと化していた。
凄まじい、火煙が人体のあらゆる所から立ち登る。生きたまま体内を焼き尽くされているのだ。肉のこげる匂いが辺り一面を覆う。
「うわっ、、、、、ウワアアアアアアアーーーーーーー!!」
いつの間にか、幽鬼のような長身の影が立っていた。
「いけないな。先生。組織を裏切っちゃあ、なぁ。」
黒いウエーブがかかった髪が、コケた頰骨にかかる。狂気が宿る鋭利な瞳。両耳に二つずつ、赤いイヤリングが仄かに発光する。能力ブースターだろう。
溝口征治。Bクラスの火炎能力者。
その薄いくちびるに張り付くタバコが、赤く、赤く、発火する。
それが、エリート意識に、こり固まったハリースミスが見た、最期の光景だった。
「なんだったんだ?今の電話。」
研究所、A棟のロビーで、受付に、ノンビリと身分証明書を見せながら、目つきの悪い、朧 理世が、となりの美女、詩吟にたずねる。ちなみに、制定部隊は警察と同等の公権力を持っている。
「今回のクライアントよ。すぐコッチに来るって。ビビりーの小心者ね。その上プライド高いって、始末に置けないわ。」
苦笑いをしながら、携帯をしまう詩吟。
ハリーと話していたのは、彼女らしい。
証拠の差し押さえ、内部調査は他のチームが担当している。
検体の受け取り役の、おぼろ達はノンビリしたものだった。
「各チームの様子はどう?郁恵ちゃん。」
左耳のワイヤレスイヤフォンで、後方のオペレーターに確認をする詩吟。
(順調です。、、、キャンセラーによる通信、能力妨害がある区域はありますが、、、、今のところどこも異常はありません。)
「キャンセラーだあ?なんで創薬研究所に、そんなもんがあんだよ!」
ぶ然とする、おぼろ。そのせいだろう、通信も安定しない。
「気を付けて、郁恵ちゃん。何かあったらすぐ連絡を。」
漠然とした不安にかられて、足を早める詩吟。
(了、、、解、、、、)
通信が途絶する。
ズゥウウン、ン、
それと同時に、足元を突き上げる衝撃が来る。
もともと騒然としていた研究所内に、悲鳴が混ざる。
「爆発だな、こりゃあ。何かあったな。」
嬉しそうに笑うおぼろ。
「D棟、クライアントの方向だ。急ぐよ。理世!」
消える二人。能力による、高速機動に移ったようだ。
ざわめくA棟の左、正面のロータリーに横付けした、メルセデスのバンの中に郁恵達はいた。
窓を完全に目隠しされた、後部座席は、コの字に座席が組み合わされ、横向きになった郁恵の完璧なオペレーションルームと化していた。
白い一高のブレザーの二人は、反転した中二席に座って、特にやる事もなく彼女を見学していた。
九つのチームが現場に展開しているのだが、彼女はその全ての動きを把握し、それぞれのオペレーターにフォローを入れている。
現在、一名の欠員があるそうだが、さすが、トップチームのオペレーターと言えるだろう。
「んふ〜〜〜。やっぱ、凄いね、イクエちゃん。」
向かって右手前、両手にアゴを乗せて楽しそうに那智が言う。
ここまで完璧なバックアップができるのは、一高の風紀にはいないだろう。
同い年の少女が一人前以上の社会人をやっているのだ。絶賛を惜しまない、那智。
「いいですから、おとなしくしていてください。」
若干、赤面しながら作業を進める、郁恵。
いつもなら、抱きついてくるだろう、彼女を警戒して、自分の隣、左手前にはひどく、無口な少女、冬木リンに座ってもらっている。
那智の、特に女性に対するスキンシップは、単なる、人懐っこさからくるもので、一高、風紀委員の中では男女問わず、天然のたらしとして、警戒されている。
彼女の無邪気な好意に、泣かされる、男子委員たちは、結構いる。
「そうだ、イクエちゃん。」
彼女を見ていて、とある白衣の少年を思い出す那智、
「アダムって、ハッキングできるの?」
言わずと知れた、月面にある、超古代のオーバーテクノロジー、稼働率1%に満たないながら、現在、世界中のほぼ全てのインフラを制御する、スーパー量子コンピューター、アダム、である。
「は?そんな事できるわけ、ないでしょう。そんな事例は皆無!可能ならこの世界、崩壊しますよ。」
事もなげに断言する、郁恵。
「だ、、、だよね〜〜〜〜アハハハハ。」
バツが悪そうに笑う那智。
やっぱりだ。あの大ボラ吹きめ。今度、とっちめてやる。
はた迷惑な決意をする少女。
郁恵は、ヘッドセットに繋がれたマイクで、詩吟と何やら、通話をしている。
何かのトラブルのようだが、よくわからない。
後方待機というのは、何かと手持ち無沙汰だ。
早い話、那智は、退屈していた。
ドォォオオン、ン、
そこに、バンのサスペンションを軋ませる衝撃が来る。
素早く、ドアを開けて、研究棟を見上げる、那智。
五月、後半の晴れた青い空、
A棟、右、向こうから黒煙が上がっている。
「リン!」
叫ぶ。
プラチナショートボブの少女の、淡い光彩の瞳が、ほのかに燐のような光を灯す。
「湖畔の施設、、、、、三人の犠牲者、、、、炎熱の能力者、、、、、止めないと、、、危険、、、」
湖畔の施設とは、D棟の事だろう。
「わ、、、、わかるんですか?」
あっけに取られて、すぐ隣の小柄な少女を見つめる、郁恵。
これは、常識外れの探知能力の証だ。
現在、全チームの知覚拡張能力者たちが、最新の電子機器のサポートを受け、全施設内のサーチをしているが、キャンセラー、EPの妨害を受け、情報把握には程遠い、状況だ。
しかし、彼女はこの広大な敷地内の、個人を特定。状況、細かなデテールまで理解してしまっているようだ。
もちろん以前の冬木リンでは無理だったのだが、最近、能力の底上げがあったおかげである。
さて、とにかくそれは、最強度のアンチ能力システムを引く軍事施設を持ってしても、彼女の前ではその有用性が、疑問視されるのを表している。
Aクラス、テレパシー能力者。
ここまで、違うものなのか、改めて思い知る郁恵。
ポリグラム能力、クラスC、
自分の能力だ。
オレンジのような頭のお団子のヘア飾り、能力ブースターの力を借りて、
他者の生理反応、皮膚電気活動を把握して、嘘か真実を言っているかの判別ができる力。
冬木リンの下位互換である事は、重々承知していたが、どうやら次元が違ったようだ。
ちょと泣けてくる。
ちなみに、能力ブースターだが、これはBクラス以下にしか効果はない。
Aクラス以上の、能力者の能力演算速度は、機械的、ブースター機器のそれを軽くを越えてしまい、
デットストック、足枷にしかならない。
よって彼らには、どんなサポートマシンも意味はなく、必要とはならない。
彼らこそが、正真正銘の超能力者なのだ。
なのだが、
「うし!行くぞ、リン!案内して!」
リンをバンから引っ張り出す那智。
何を言ってるんだ。こいつは!
「だ、だだだだだだだ、だめですよ!何言ってんです!那智さん!」
慌てて止める郁恵。
彼女たち二人は、絶対じゅん守の後方待機。さらに正規の隊員でもない。現場に立ち入るなど言語道断、越権、違反行為だ。
「人が死んでんだよ!止めなきゃ!」
言ってる事は正しいのだが。
常の明るい少女からは想像できない真剣さだ。
「んじゃ、イクエちゃんも同伴ならOKかな!」
が、ニッコリ笑う。
「何を、、、え、ええ?」
ほんの一瞬、瞬く間に、車外に連れ出され、那智の右脇に彼女は抱えられていた。
状況が把握できない。同じく左脇に抱えられた冬木リンが見えた。
彼女の表情は、諦観し、悟りきった、諦めが漂っている。
野川那智の突発的行動の被害者は、だいたい彼女なのだろう。
「キャアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーー!!」
ドン、
全身を襲う浮遊感。
黒いバンが、
駐車場の車が、
研究所前のロータリーが、みるみる内に、眼下に遠く、小さくなる。
A棟、研究練を軽く超え、三連の研究練、湖と緑の公園。敷地全体を睥睨できる、空高くに三人は舞い上がっていた。
「いやああああああああーーーーーーーーーーーーー!!」
ぬけるような五月晴れの空に、少女の悲鳴が溶けていく。
研究練から少し離れた、駐車場の黒いバンの中で、
ジノとエイダは、所内カメラ、通話記録、制定部隊の情報など、刻一刻と移り変わる情報を、アンバーTYPE01から受け取っていた。
「驚いたな、ミスター溝口が、思いのほか真面目に、仕事をするとは、ね。」
剃り上げた頭を、ペシリと叩く。
溝口は組織に飼われていた、使い捨ての兵隊だ。
ハリーのお目付役に、一応置いていたに過ぎない。
ハリーの行動を裏切りと判断し、始末している。他、数名の助手達を脅して、アンバーを
研究所から脱出させようと、動いている。
今となっては、余計なことだ。
「ヤーレンソーランが、足りてないのよ。ジノはさ。」
笑うエイダ。
(ホウレンソウだよ。エイダ)
あらたの、冷静なツッコミがワイヤレスイヤホンに入る。
「じょ、じょ、ジョーダンに決まってるじゃない!あらた!」
シドロモドロになりながら、話を続ける。
「それに、あの異常者が、まともに働くわけないじゃない!
あいつ、人を殺したいだけよ。仕事はついでじゃない!」
彼女の言っているのは、ある意味正しい。
たぶん、溝口征治はアンバーをエサに集まるPMCを皆殺しにするつもりだろう。
異常犯罪者が、ギリギリのところで、雇われ仕事をこなしているのが、現状の彼だ。
「片付けますか?」
あらたの胸の内を、読んだように、ジノがつぶやく。
面倒だが、その方が早いか、と思うあらたにアンバーが意外な情報を届ける。
当然ジノたちにもだ。
「おやおや、」
ジノがチビたサングラスを上げる。
「あらあ、まあ!」
エイダは嬉しそうだ。
(しばらく、様子を見ようか)
幾分、面白そうに、あらたが、告げる。
風紀委員、ナンバーワンのトラブルメーカーが、現場に到着していた。
「クソったれ!」
おぼろと詩吟は、研究練C棟にて、ケムリにまかれて、避難してくる職員たちに阻まれ、足止めを喰っていた。
ケムリのため視界も悪いし、通信妨害のためバックアップも受けられない。おまけに無計画な増築のせいか、各棟の連絡路が、上がったり下がったり迷路のような様相を呈している。
「マズイわね。これじゃ、一旦、外に出た方が早いかも。」
ハンカチを口に焦る詩吟、
他のチームが避難誘導を始めている。
「外ってどっちだ!」
うなる、おぼろ。
「さあ?」
首を傾げる詩吟。
アルファチームは迷走していた。
しかし、彼らはまだマシな方だ、最初からC棟の湖側にいたイオタチームは、最悪な状況を迎えていた。
アンバーがD棟にいるのを掴んだ彼らが、向かったところ、地下エレベーターから上がってくる医療カプセルを運ぶ、数名の職員と、その男。
黒のタートルネック、灰色のジャケット、痩身の、狂気をはらんだ溝口と鉢合わせしてしまった。
いわゆる、遭遇戦だ。
この場合、最優先されるのは、主導の原理、いかに先制できるかにかかっている。
チームの三人には溝口の情報はなかった。
いかに鍛え抜かれたPMCだといえ、対応は遅れる。
反対に溝口の狂気には、一切の躊躇は無い。
イオタチームの三人が、一気に燃え上がる。
「グワガアアア!」
しかし、大男の松田の能力、不可視のシールドが展開する。
携帯キャンセラーによる、能力阻害の力を持つ、能力の盾という極めて、めずらしい特質を持ったそれは、かろうじて、全ての溝口の炎を打ち消す。
他の二人はもう瀕死の状態だ。かろうじて生きているのは、対能力用、防弾、防刃、耐熱の全身黒尽くめ、評判、最悪の隊服のおかげだ。
「こざかしいぃ。」
ニタニタ笑う溝口。周辺に鬼火のような炎を、ばら撒き出す。
瞬時に直接攻撃は効果が薄いと判断し、蒸し焼き、または一酸化炭素中毒をねらったものだろう。
こんな室内の廊下ではたちまち酸欠だ。
しかし、彼はここの研究所の間取り、造り、構造を完全に覚えこまされていた。
恐ろしく、心配症のチームのオペレーターのおかげだ。その点では、アルファチームの天才ルーキー、オレンジ頭にもひけはとるまい。
「死ぬかよ!」
盾を展開し、左の壁を叩き壊す。
そこは湖側の道路に繋がっている。二人を抱えて転がり出た。
そこまでだった。
まるで待ち構える様に、炎の壁が四方八方、周囲を囲んでいる。ユラユラと湖の展望台が、炎の向こうに揺れていた。退路は絶たれたようだ。
「クソ、、、、、!!」
グバァン、
シールド能力が、はかなく消え去る。
圧倒的な範囲、物量の炎の前に松田の力は無力のようだ。
「フハハハハ!美しいだろう!オレの炎は!これこそが芸術!これこそが人生の喜びだ!」
まるで悪鬼の様な影が、炎に揺れる。
ジワリと圧倒的な天を衝く炎の城跡が迫って来る。
喉が焼ける。呼吸ができなくなる。
後悔があるとしたら、ひどく心配症な、娘ほどの年の離れたオペレーターの事だ。
一気に三人もチームメイトがおっ死ねば、さすがに彼女も落ち込むかもしれない。
気にやまないで欲しいものだが。
最後に、熱にイカれたワイヤレスイヤホンから、彼女の呼ぶ声が聴こえた様な気がした。
グワゴッッアアアアアアアアッーーーーーーーー!!!
世界を白熱が包む。
白く全てが焼き尽くされたようだ。視界が戻るまで随分とかかった様な気がする。
その少女は中空から、静かに舞い降りる。
何故かはわからないが、両脇に、これも女の子を抱えている。
松田は自分の正気を、疑った。ついにおかしくなったのかもしれない。
巨大な炎の壁は跡形もなく消え失せている。
「し、、、信じられない、、、炎で炎を吹き飛ばした、、、」
右脇に抱えられた、オレンジを乗っけた頭の少女がうめいている。
考えられるのは、爆風消火だ。強力な爆発エネルギーを利用し火災自体を吹き飛ばす。
大規模な森林火災、油田火災さえ、鎮火が可能だ。
しかも、これは周辺被害、人的被害がまったく、見られない。
恐ろしく、綿密、繊細、正確な能力コントロール、
なおかつ圧倒的な、それこそ、比類ない力を有していなければならない。
現在、そんな事が可能なのは、日本には一人しか存在しない。
フワリとしたブラウンのセミロング、
白い一高の制服に、緑のアルカ、風紀の腕章。
炎熱系頂点のAAA。
アジア最強を謳われる、美しき炎姫。
彼女、野川那智、ただひとりだ。
「なんだっ!なんだっ!!何をした!!きさま!オレの!!オレの炎をっっ!!」
狂ったように喚き散らす、溝口。
瓦礫を踏み越え外に出る。信じられないように周囲を見回す。美しい、最愛の、彼の命、彼の炎は消えていた。まるで初めから、何も存在しないように。
「なにをしたんだああああああああーーーーーーーーーーーーーーー!!」
絶叫する溝口。
「うぅううううるぅっっさあぁああああああいいいいっ!!」
怒髪天を衝く、
「お前ええええ!!自分がなにをやってんんのかわかってんのかああああああああーーーーーーーーー!!!」
炎による、残虐行為。目の当たりしてしまった那智は激昂する。
怒りが圧力を伴い、爆発したようだ。
地上に下ろされた、郁恵は腰を抜かしてしまう。
「ぜっっったい!!許さないぃいいい!!!」
ドン、!
地を砕き、戦闘を開始する少女。
圧倒的な、蹂躙が始まった。
わめきながら、必死の攻撃を繰り出す溝口の炎を、すべて後出しの爆裂で、より強く、より速く、まるで、マッチの火を吹き消すように、無慈悲に、容赦なく、残酷に、打ち消していく那智。
本来まったくの勝負にならない、実力の開きがあるのだ。男の全てを打ち砕きながら、追い詰めていく。その姿は、まさに鬼神。災厄の地獄の業火が地上に、顕現したようだった。
戦いの趨勢は、すぐに決まるものと誰もが思った刹那、予想外の事態がおこる。
遠い昔、
彼、溝口征治は、薄暗く、ジメジメした地下深い、スプロールスラムで少年期を過ごす。
両親など居ない。
物心つく前から彼は一人。残飯を漁り、泥水を啜って生き延びてきた。
その中でたった一つの唯一の味方。
己が能力の炎。
自らを守り、敵を退け、暖かな温もりをくれる。
それは、魂の拠り所、彼の中核を成すものになり、やがては彼だけの、絶対の信仰に昇華する。
信じられなかった。
その信じる炎の「それ」が、少女の形を取り、眼前でその人智を超えた、権能の猛威を、存分に振るう。
信じたくなかった。
自分は、これで、信じるもの全てに見放されてしまったのだ。
崇めたてまつる炎の「それ」は、一片の慈悲もなく、この身の信仰を焼き尽くそうとしている。
残るものは何もない。
感じたことのない、根元の恐怖が男を、焼き尽くす。
「ウワ、、、、ウワオオオオオアアアーーーーーー!!」
溝口の絶叫が、四方八方、炎の炎弾を滅茶苦茶に撒き散らす。
「ちぃいっ!!」
思いがけない攻撃を許した油断は自分の責任だ。
高速機動を続ける那智が、直接攻撃に転じようとした瞬間、それは起こった。
後方に散った、炎弾の一つが、D棟の影に隠れていた、医療用カプセルと、職員たちを直撃する。
轟音を上げ、崩れる外壁。倒れる職員たち。
ストレッチャーから外れ、地面に叩きつけられる医療用カプセル。
その中かから、見かけ上は意識のない、アッシュブロンドのロングのストレートヘアー。
手術着のみの美少女。
アンバーTYPE01が、投げ出される。
バコン、
アスファルを削り、足がめり込む。少女の動きが止まる。
「あ、、、、、あ、あ、、、、、」
信じられないモノを見たように首を振る那智。
炎に囲まれる、医療用カプセル。倒れる少女。
それは、彼女の過去の、心の傷、PTSDを掘り起こしてしまう。
「な、、な、、さん、、、どうし、、、て、、、」
助けられなかった、少女の名を呼ぶ野川那智。
彼女の姿が、アンバーTYPE01にオーバーラップする。
そのショックは、それでなくても、負荷のかかった、激情による能力戦の最中。彼女のキャパシティを超えてしまった。
彼女の心の危険をキャッチする、リン。
「那智、、、、だめ!」
全ては手遅れだった。
「ああ、、、、アアアアア!!」
地響きと共に、現時点での彼女の全能力が暴走、解放されていく。
超能力の異常暴走事故だった。
直径50メートルを超える、円筒の炎の筒が天高く立ち上がる。
いわゆる、火災旋風、炎の竜巻だ。上層部は直径、100メートルに達し、高度は虚空を越え、成層圏に到達する。
みず希しずくの竜巻と似てはいるが、彼女のそれは、気象操作によるエネルギーを利用したものであり、純然とした炎のエネルギーのみのこれとは、違っている。
オレンジからサンライトイエロー、そして、まばゆい白熱へ。
轟音をあげる竜巻は、そのエネルギーを天井知らずに上げていく。いずれ四方に爆散し、学園研究区画を消しとばし、東アルカ半分が消えて無くなるだろう。
現在、D棟半分を飲み込み、湖の半分と展望台を飲み込む、炎の竜巻。
湖が爆発するように蒸発し、水量を減らしている。
「火事で避難が進んでいて、助かりましたね。」
二つのオレンジ団子を頭に乗っけた、少女が松田を木の影に運ぶ。
「君は、、、アルファチーム、、の、、、」
「休んでいてください!最後まで、諦めないで。ヒロミが悲しみます!」
チームのオペレーターの名を呼び、汗を拭きながら、設楽 郁恵はかけて行く。
「情けない、、、話だ、、、子供に、、、励まされる、、、、なんて、な、、」
能力の暴走による、竜巻の中だ。本物とは違うが、やがて、高温のガスと炎で窒息死するだろう。そして、外側は輻射熱による、炎熱地獄だ。被害はどれほどの事になるか、想像がつかない。
しかし、彼女に絶望の色は、見えなかった。
人間は、思いのほか、強いもののようだ。
野川那智は、白熱に輝きながら、火災旋風の中心にいた。
意識のないトランス状態だ。無意識の炎弾が彼女を守るように、周囲を漂う。
フラフラとその前に現れる、溝口。
高熱を放つ彼女には、近づけない。ただ、その姿を見たかった。
彼にはわかっていた。
いや、彼だからこそ、誰よりも理解していた。
周囲を旋回する白熱の竜巻の巨大さを、
天を覆う火炎の本質を、
少女の前に膝を折り、コウベを垂れる。
「それ」の名を呼び、祈りをあげる。生まれて初めての、多幸感が全身を包んだ。
「神よ、、、、、!」
両手に抱えるナイフを自らの、喉に突き立てる。
ガキ、
それを蹴り上げる、リン。
こんなバカに構っている暇はない。
「何を、、、ぎゃっ!」
思い切り、手刀を当てて意識を奪い、遠くに溝口を放り投げておく。
そこに、郁恵がかけて来る。
「リンさん!テレパシーを!彼女を止められるのは、あなただけです!」
しかし、悲しそうに首を振る小柄な少女。
「だめ、、、、全然、応えてくれない、、、、」
普通でさえAクラスには、精神操作系は通用しない。さらに現状、那智の周囲は、精神パルスの渦の中だ。たとえ、発信型最高峰のテレパス、瀬里奈がいても何もできないだろう。
「、、、、、、何か、、、、、何か、、、、」
どんどんと呼吸が困難になっていく、喉がヒリヒリしていく。すぐに何も出来なくなってしまうだろう。
死にたくもないが、底抜けに明るい彼女に、大量殺害などやってもらいたくない。
自分はそれほど、野川那智を嫌ってはいなかったようだ。
「これです!」
ゴツン、
とリンのおでこに頭突きをする、郁恵。
「ゼロ距離の!接触テレパスです!これなら多分!!アタタタ、、、」
頭を抱える郁恵。
同じく、頭を押さえる、冬木リンが目をパチクリしている。
そして、柔らかく笑ったような気がした。
「ありがとう、、、、」
冬木リンが消える。那智に匹敵するブーストムーブだ。
彼女のテレパスの影響か、郁恵には、なぜかわかってしまった。最悪の場合、リンは那智を殺してでも、暴走を止めるつもりだったのだ。
バカな話だ。そんな事をすれば、リンは自分自身を決して許さないだろう。
私は、いきなり二人の友達を失くすじゃないか。ふざけるな!
「リン!がんばれーーーーーーー!!」
叫ぶ少女。
超高速度での、ジグザグのイナズマ機動。
接近するモノを無意識に迎撃する那智の小型の爆烈を紙一重で、避けながら
一気に距離を詰める。
バチコオォオオオオンン、!
高熱を発する少女に、
凄まじいスピードでチョーパンを決めるリン。
それと同時にプロビデンス サーチを展開。野川那智に干渉し、正気を引きずり出す。
常識外れの演算能力が、可能にする、一瞬の奇跡だ。
「ぎぃやああああーーーーーー!!」
頭を抱えてのたうち回る那智。
グウワバッガアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーン、
大気を激動させ、成層圏にその全エネルギーを放出し消滅していく、巨大火災旋風。
名残りの暴風が当たりの樹々を、千切れるように揺らし、湖に幾重にも波を立て、水しぶきをあげる。
「リン、、、、那智、、、!」
二人は無事のようだ。なんとか風に飛ばされないように踏ん張る、郁恵に笑顔が戻る。
あれだけの騒ぎで、人的被害はなさそうだった。D棟は滅茶苦茶だが、まあ仕方がない。
しかし、芝生に、頭を抱えて転がり回る、美少女二人、というのは、なかなかシュールな光景だ。
「何やってんのー?あんた達、」
長い黒髪を押さえながら、詩吟がやってくる。
「おー、おー。このお人形。アンバーってんじゃねーの。」
おぼろもいるようだ。
全チームが次々と集まってくる。負傷者、怪我人が、次々と搬送されていく。
溝口も連行されて行くようだ。
「松田さん!豊洲さん!鈴森さん!」
向こうの方で、イオタチームの童顔のオペレーターが、大男の松田と、意識を取り戻した二人に抱きついて泣いている。
三人は無事のようだ。
「よかったね。ひーちゃん。」
湖畔の風が気持ちいい。事件はやっと終息のようだ。一つ大きく伸びをする郁恵。
ジャリン、とボロボロの歩道を踏む音が、後方からする。
「ああ?何やり遂げた感、カモしてんだ、テメェ。」
朧 理世だ。
「持ち場放棄に、命令違反。お姉さんは、悲しいよ。郁恵ちゃん。」
並んで詩吟。
遠くで、那智が、合掌して、頭を下げている。
そのとなりで、リンが手をヒラヒラしている。
ああ、わっかてますとも。説教でも、始末書でも減給でもなんでも、好きにすればいい。
最初から分かってたって。オチは大体いつもこうなんだ。
シクシクとおぼろと詩吟の二人に引きずられていく、郁恵。
ガンバレ郁恵ちゃん。
彼女の苦難は、まだ始まったばかりのようだ。
また来週。




