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第六話

「座ってて貰って構わないのだけれどね。いいや、ここは御礼だね、すまない。セシリアちゃん、ありがとう」

 レイギルトさんは器用に食器を洗っていた。運び終えた私は彼に頭を撫でられ、笑顔を作り、いえいえ、と言い、席に戻った。

 食事をしていないサクラさんも皿を運び、彼に手渡す。

「ギギ?」首を傾け、物欲しそうな目で、彼の顔を覗き込んだ。

「サクラもありがとう」

 彼は、また手を止め、拭くと、彼女の頭を撫でた。彼女は満更でも無い様子で、彼に抱き付くと、彼の首を舐め、私に強い眼差しを向け、嘆息して、席に戻る。私は彼女の視線の意味が分からず、ただ瞬きを返していた。

 湯が沸く音を聞いた。

 レイギルトさんは、私では届かないであろう高所の木製戸棚を開き、振り返る。

「セリシアちゃんは、珈琲でいいかい?」

「あ、はい。いつもありがとうございます」

「少し待っててね」

「はい」

 彼は猫の尻尾の様な黒色のケトルを握った。私はその光景を見て、二つの光景を思い出していた。居心地の悪かった夕食の光景と、その原因を作った直前の光景だ。

 物語の中の獣人の様な姿のサクラさんが私に抱き付き、私は声を殺して泣き、終え、数分後、扉が開いた。レイギルトさんが部屋に入ってきたのだ。

 私の体調についての話を終え、彼から夕食が用意されているということを聞かされた。その間、彼は、サクラさんと彼女が先程漁っていたベッドの下を幾度も見ていたのだ。私は立ち上がる時、背後を、ベッドの下を、一瞥してしまった。そこには、以前、彼に渡した紙袋があり、中には本が入っていた。問題は表紙だ。肌蹴た女性が獣人の様な姿をして載っていたのだ。

 私は直ぐに視線を逸らしたが、その瞬間、部屋を出る直前、彼から声が掛けられた。

「えっと、その……見たかい?」

「え、いえ……何のことですか?」

 咄嗟に振り返り、首を傾げたが、彼の視線が逸れていくのを見てしまい、彼の溜息も聞いた。彼の歩く姿は少し弱々しく思えた。

 彼に言われ、私は料理の並んだ机を前に、待っていた。少し遅れて、不満気な表情を浮かべたサクラさんが席に着いた。猫耳と尻尾は着いていない。取り上げられたのだろう。レイギルトさんが席に着くと、無言の夕食が始まったのだった。

 珈琲の良い香りがした。

「そうだな。だったら、僕も珈琲にするとしよう。サクラは珈琲いるかい?」

「ギー」

 サクラさんは、椅子の上で胡座をかき、自身の八重歯を爪で掃除しながら、首を振るうと、ジッと彼の背中を眺め、歯をカツカツと鳴らし始めた。おやつが欲しい様だ。

 彼は、何かあったかな、と膝元の戸棚を開ける。

 ないの? と言わんばかりにキョトンとするサクラさん。

「あぁ、そういえば」棚の奥を探り始めた。

「ギギ⁉︎」その言葉に彼女は目を光らせる。

「いいや、もう切らしたか……」

 サクラさんの目から光が消え、頬が膨らむ。あからさまに不満気だ。彼女は立ち上がると、レイギルトさんの背後に立った。

「なんだい、サクラ?」

 彼女は、彼の目をジッと凝視めると、彼の右手を握り、カプリと彼の親指を噛んだ。

「ギギギ……」

「サクラ、これじゃあ、珈琲が入れれないのだけれど……」

「ギギ」彼女はハムハムと噛む。

 三分程、見つめ合う二人を呆然と眺めていた。一向に、サクラさんは止める気がない。それどころか、時折笑顔を溢しそうになっては、不満気な表情を作り直している。

「分かったよ……」

 レイギルトさんは諦めた様に嘆息した。

「後で何か作ってあげるよ。だから、今は離してくれるかい?」

「ギギ……」彼女は疑いの眼差しを向け続ける。

 レイギルトさんは、彼女から視線を私に向けた。

「セリシアちゃん、少し待ってて貰って……いいや、そんな話じゃ無い。ダメだ」

 彼から向けられた視線には光が無い様に思えた。ユリリアス叔父さんが時折見せる嫌な目と重なって見えた。

 私は息を止めており、乾き切った喉を鳴らした。逃げ出したくなる不安感に襲われていた。

 彼はサクラさんを見詰めると、儚げな表情を浮かべた。

「その……な、お願いだ、サクラ」

 彼が言い切る前に、サクラさんは噛むのを止めていた。

「ごめんね、後で作ってあげるから。ごめんね。今は……うん、セリシアちゃんと、大切な話があるんだ」

「……ギギ」

 彼女は頷くと、私を見詰め、走り寄って来た。今度は私の左手の親指をカプリと噛んだ。意外と気持ちの良い噛み方だった。

 私は、彼女のもぐもぐと言い出しそうな朗らかな表情を見て、落ち着いていた。早かった鼓動も収まっていた。

 何かな、と疑問を抱きながら、彼が座るのを待つ。

 彼は席に着くと、サクラさんに、おばさんの所でお菓子買ってくるかい? と聞いた。サクラさんは、頷くと部屋を後にした。

 五分後、二人切りの部屋。

 私は絶望した。珈琲を飲んだ事を後悔した。頭の中で、死にたい、と言いなが、目の前の彼に無表情を向けた。

「そうですか、分かりました」

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