618:祇杯坑道・メデュサホ
『さて、そろそろ回収して構わないかな? スバル』
「はい大丈夫です。おかげで思う存分殴れました。ヒノカグツチノカミ様」
文字通りのサンドバッグと化したデスゲムが運ばれていく。
荊愛そっくり……いや、荊愛のモチーフになったであろう女性が茨の縄で縛って引きずると言う形でだが。
なんでも、この後のデスゲムは取り調べやら、各界でやった事の報復だとかで、方々を引きずり回されてサンドバッグにされるようだ。
まあ、自業自得と言う奴なのだろう。
『さて、これでこの世界は救われた。だからこそ君にはこの場所を開示する必要がある』
俺はヒノカグツチノカミ様の後についていき、デスゲムが座っていた椅子の足元に隠されていた通路を下っていく。
そうして辿り着いたのは……虹色の太陽を一望できると共に、何かのコンソールが置かれた大きな部屋だった。
「此処は?」
『此処は祇杯坑道・メデュサホ。簡単に言えば、世界の全てを支配し管理するための場所だ』
「それはまた……」
『ブブッ!?』
どうやら此処は見た目からは想像できないほどに重要な場所らしい。
『さてスバル。君が望むのであれば、デスゲムが干渉を行う前……つまりは『Scarlet Coal』が始まる前の世界に戻すことも可能だろう』
「……」
『戻すだけではない。君が望むままの世界を作り上げることも、そうでない世界を作ることも可能だろう。過去から変える事となれば相応のひずみを生み出すことにもなるだろうけど』
「なるほど」
世界を俺が望むままに、か。
「ヒノカグツチノカミ様。申し訳ありませんが、俺はそう言うのに興味はないです。俺が思う程度の望んだ世界ではあっという間に詰んで滅びるだけでしょうし」
『そうか。それが君の選択ならば私は止めない。今ここを操る権利を持っているのは君だけなのだから』
「ああでもそうですね。俺以外がここを使おうとした時に俺が直ぐここへ来れるように細工をしておくぐらいはしておきます。たぶん、目的をもってここまで来る奴は、とても殴り甲斐がある相手だと思うので」
『なるほど。では、それぐらいの細工は私の方でやっておこう』
まあ、弄る意味はないな。
と言うより、弄っていいものじゃない。
殴る事が好きなだけの奴に弄らせるには荷が勝ちすぎている。
『ただだ。スバル、君が再びこの場に来たいのであれば、今度は私の助力無しで今の君の領域にまで辿り着く必要がある』
「はい」
『そのための手法は……ああ、監査の関係者がもう仕込んでくれたようだ。相当の苦難の道、今の君の領域に至った人間が一万人居て、一人辿り着けるかどうかだそうだが、興味があれば挑んでみるといい』
「分かりました」
今の俺の状態はヒノカグツチノカミ様の助力があってこそだ。
だから、今の俺と言うか『昴』がなっているエフィラニの現神武装とやらに至るためには、色々とこなす必要があると言うのも納得がいく話である。
苦難は……まあ、暇をしないという意味だと思っておこう。
『では、私の巫女、虎蜂スバルよ。願わくば、君と再びこうして相見える機会があることを望むとしよう』
「ありがとうございます。ヒノカグツチノカミ様。俺は何時か自力でまたここに来たいと思います」
そうして俺は祇杯坑道・メデュサホから転移し、特殊弾『神降・火之迦具土神』の効果が解除された上で、街坑道・ヒイズルガにある『Fluoride A』のギルドホームへと戻された。
『それでトビィ、良かったのですか?』
「何がだ?」
『世界を変える力のことです。アレがあれば、トビィが好きなものを殴りたい放題だったと思うのですが。それはしなくても、世界を平和にすることくらいは出来たと思いますが』
「ああその事か。アレでいいんだよ。ヒノカグツチノカミ様にも言ったとおり、俺には荷が勝ちすぎている話だ。世界を弄るだなんてな」
街坑道・ヒイズルガに戻ってきた俺は情報収集を図るが……ああうん、『第三次防衛戦』の終了まで大人しくしているように的な書き込みが『虚の書』経由で飛んできているので、出撃はしないでおこう。
それよりもティガの質問に答えておくか。
「それにだ。世界は既に『Scarlet Coal』が存在し続けている前提で動いている。そこで突然に『Scarlet Coal』やそれの影響によって手に出来るものを消したら、世界は大混乱なんて次元じゃすまない。これだけでも、少なくとも俺の独断で動いていい話じゃないことは分かるだろ」
『ブーン。それは……そうですね』
「そして下手に弄れば……それこそ世界は詰む。『Scarlet Coal』が始まる前の緩やかに腐っていくだけだと感じる世界になれば、それこそ確実にな。たぶん、終焉が近づかない可能性があるのが現状なんだと思う」
『ブーン?』
まあ、簡単に言ってしまえば、俺には世界を変える知識なんてない、と言う話だな。
本当に世界を変えたいのなら、ちゃんと色んなものを考えて、メリットだけでなくデメリットも見て欲しいし、世界を続けようと言う意思を世界を変える本人だけでなく、そこに生きている人間の多くが抱けるような世界を作れる者に変えて欲しい。
もしも俺に世界を変えるに当たって役割があるとするならば……きっと、そういう人物が現れるまで、あの場所の使用権を変なのに渡さず守り切る事なのだろう。
「後はまあ、単純にあれだ。ああいう場所に行って、知れることは何でも知りたがりそうなのが一人居るしな。その一人が諦めるか辿り着くかぐらいまでは待つべきだろうさ」
『ブーン。なるほど、ハンネですか』
「そういう事だ」
もしもそれが間に合わず、俺が役目を果たせず、結果として世界が滅びるのだとしたら……それはもうそういう運命だったと受け入れるべきことなのだろう、きっと。
なんにせよ、俺の役目は定まった。
後はその役目を果たせるように、俺はこの先へと進むだけである。
そうして『第三次防衛戦』は表向きは人間側の大勝利と言う形で、裏では元凶が捕縛されると言う形で終わった。




