617:デスゲム=コンプレークス
「ああくそ、やってくれたな。してやられた。ゲームの最後の最後にこうなるのならばまだしも、こんなまだまだゲームの途中の段階でこんな事になるとは……完全に奴らに謀られた」
俺は扉を開けて部屋の中に入った。
そこに居たのは、豪勢な椅子に腰を下ろし、豪勢な机に片肘をつき、もう片方の手で寒天質の赤い髪の毛を掻き散らしている男だった。
男の服装は血のように真っ赤なスーツであり、生地の光の反射などから質の良さを窺えるが、それ以上に着けているものの性質のせいか、どうにもチンピラとか三下とか、そんな言葉が思い浮かんでしまう。
「お前がデスゲム=コンプレークスとやらだな」
「何時からだ? 監査の連中とあちら側の神々は何時から手を組んでいた? まさか最初からか? だとしたらこの世界に我々が干渉を行おうとしたことそれ自体がもう既に罠だったか?」
俺はその男に声をかける。
男の返答はこちらを見ることもなく手を振り、それに合わせて何処からともなく大型の拳銃を持った赤毛の男と、血まみれの鋸を持った赤毛の女が現れる。
「にくそ……ギビャ!?」
「ダムダ……ムギョッ!?」
「随分な挨拶だな。流石は異世界の生物と言ったところか」
現れた二人の動きはそれなりに良かった。
が、奇襲が来ること自体は想定済みだったので、鋸女に『昴』を投げつけてからの一瞬の『影渡り』を起点として、両方に数十発の拳を叩き込んで黙らせた。
どちらも痙攣した状態で壁にめり込み、気は完全に失っているので、放置しても大丈夫だろう。
「ああくそ、リベリオンにインコーニタ。奴らが逃げたのもそういう事なのか? キョンサーたちも始末されて、私の下に残っているのは我々としては成長途中な個体ばかりだと言うのに……くそくそくそっ!」
「はあっ……」
『虚の書』を確認。
やはりこいつがデスゲム=コンプレークスで間違いはないようだ。
今回の件の元凶であり、追いつめられて今は自棄になっている感じか?
「くそっ! なんて素晴らしい日なんだ! デスゲームの主催者であるのにデスゲームに参加させられるなんて、今日と言うこの日は記念日だ! 私の夢が叶ってしまったではないか! あの会社では決して達成できなかったであろう私の夢がだ!」
『ブブッ!?』
「なるほど分かった」
いや、そうではないようだ。
なんか急にデスゲムは興奮しだした。
なので俺は『昴』をデスゲムの顔面へと投擲した。
「こうし……ペギャッ!?」
投げられた『昴』はデスゲムの顔面に難なく突き刺さった。
「とりあえず、お前がくたばるまで殴ろう。話はそれからだ」
そして、特殊弾『影渡り』の効果で接近すると、両手でデスゲムの体を殴りまくる。
「おびょびょぼびょびょおびびょびぇびゃびょぼぼびびょぼよびゃぎぎょぎょぎゃぎぇごぼっげ!?」
殴って殴って殴りまくる。
拳を叩き込まれる度に妙な声を上げるデスゲムの体をだ。
そうして殴ることでデスゲムがどういう存在なのかが、今回の状況に何故至ったのかが分かってくる。
こいつは……デスゲームと言う舞台において、自分が生き残るために倫理も論理も捨て去って、自分本位に動く人間たちを見て愉悦に浸ると共に力を増していく神だ。
だから、『Scarlet Coal』と言う一見すれば攻略することが可能であるように見えるゲームを作り出し、世界中に脅しをかけて広めたのだ。
だが、『Scarlet Coal』は実際には攻略不可能……正確に言えば、ゲームマスターであるデスゲムには絶対に敵わないように作られていたゲームだった。
故に監査が動き、ヒノカグツチノカミ様が動き、他の神々が動き……俺がここに辿り着いた。
「貴様ぁ! ここはグビャラマグスだぞばぁ!?」
「お、道中の連中と違って丈夫だから、くたばる迄だとかなりの時間楽しむことになりそうだな」
そう、圧倒的な暴力でもって、デスゲムに楽しむなんて暇をそもそも与えずにはっ倒すための存在として、俺は選ばれて導かれたのだ。
そしてそれは正しい。
こいつは所詮、デスゲーム、生死がかかっているとは言え、一定のルールが存在していてゲームとして成立していないといけない状況でしか本領を発揮できない神なのだ。
「まへ! おぢづげ! 『Scarlet Coal』は私が死ねば永遠のものと化す! そうなるように仕組んだ! ゲームが終わらなければ貴様ら人間は何時か必ずほろびゅっ!?」
「ん? それがどうした?」
対する俺はシンプルだ。
「俺は」
「びぎゅ!?」
「殴りたいから」
「ばぎゅ!?」
「殴るんだ」
「ぼげえっ!?」
「世界だの、人類の存亡だの、そんなものを考えるのは俺の役目じゃない」
「!!?」
俺の欲求はシンプルに殴る事だけだ。
相手の理屈も、状況も、感情も考えることはない。
考えているように見える場面があるとするならば、それは考えなければ未来で俺が殴れるものが減るから考えているのだ。
そんなわけで、ここでデスゲムが死んだら『Scarlet Coal』が永続化する?
大いに結構。
俺個人としては殴れるものに困らなくなるので、何も困る事はない。
「ま、俺の感情を抜きにしても『Scarlet Coal』の永続化は国際的にも別に困らないだろ」
「そ、そんなわけがあるかっ!? 私じゃないんだ! どこかで間違えて貴様らは滅びることになびゅ!??」
「それが困らないっていうんだよ。人間を舐めるなよ。だいたい何とかなる。仮に滅びたなら、この世界の人類はそこまででしたってだけの話だ。少なくともお前の命……いや、存在の存続と引き換えにするような話じゃないな」
だからとにかく殴る。
殴り続けることで、デスゲム自身の存在を痛め続けるとともに、何か準備しようとしているものも存在が露わになる前に打ち砕いていく。
だが、何時までもこうやって殴り続けているのは……他の物を殴りたくなった時に困るな。
だから『虚の書』……いや、監査に尋ねた。
此処からどうすればいい、と。
「ふうん……」
「な、なんだそれは……」
返答は迅速であり、俺の手元には『虚の書』のコピーとでもいうべきものに、土の蛇とバラの茨が絡み合ったものに黒い霧と黒い炎が纏わりついた、奇妙としか言いようのない物体が現れる。
それの使い方は俺の頭に直接流れ込むという、とても分かり易いものだった。
「じゃ。永遠にサンドバッグになってくれ。俺の後進たちの為にも、なっ」
「や、止め……くぁwせdrftgyふじこlp!?」
なので、俺は直ぐに動いた。
『虚の書』のコピーをデスゲムの眼前に拳と共に押し付けることでデスゲムを発狂させ、腹を殴って『昴』を叩き込むと同時に奇妙な物体をデスゲムの体内にまで押し込むことで封印を施した。
封印は直ぐにデスゲムの全身へと広がっていき……。
「じゃ、とりあえずは耐久チェックで一時間ほど撃ち込み続けるか」
布で包まれた柱状の物体……つまりはサンドバッグの形にデスゲムは変貌した。
そして俺は気が済むまでそのサンドバッグを殴り続け、円盤中に殴る音を響かせた。
ラスボスだからと言ってね、待ってあげる必要性はないんですよ。
むしろこう言うのは行動させちゃダメなタイプ。
そんなわけでラスボスの恥さらしとして、一話で撃破されてもらいます。




