615:理無き世界に理を
「すぅ……ふぅ……ヒノカグツチノカミ様。御身が力、親殺しにして神殺しの火の一握りを我が身に授けたまえ。起動。特殊弾『神降・火之迦具土神』」
『昴』を構えた俺は特殊弾『神降・火之迦具土神』を発動する。
「あるがままにあるを認める」
平静に努める俺の眼前で『昴』が炎に変換されて、俺の全身を卵の殻のように覆う。
「心は凪でもなく、時化でもない」
炎の卵の中で、炉の中のように炎が燃え上がり、渦巻き、ゴーレムのパーツが分解されていくことで、ゴーレムに憑依している俺の魂が露わになる。
「終生は途上にして錐の先」
そうして露わになった俺の魂には、俺のこれまでが蓄積されている。
だが、蓄積されているのであって全てが同化しているわけではない。
だから、蓄積されたそれを、分解されたゴーレムのパーツたちをヒノカグツチノカミ様の炎によって溶かし、まとめ上げ、俺の魂に鋳溶かされていく。
「枷とするは目的唯一つ」
本来ならば……そう、本来ならば、俺はまだこの段階には進めなかった。
だが、ヒノカグツチノカミ様と監査の力によって、一時だが世界を騙し、この先へと進む。
鋳溶かされた力がまとめ上げられて形を成していく。
「六連星は手を伸ばす先であって、掴むものではない」
髪は死者のごとき黒と生命そのものであろう金。
瞳は炎のごとき赤。
身に着ける衣服は白と赤と金で、形はゴーレムの衣装を人間サイズに合わせたようなもの。
ただ、背中はマントの下が直接肌になっていたり、腋や太ももの一部が露わになっていたりと、少々露出度が高いような気はする。
「理解したならば、汝が為せるがままに成せ」
手足には防具の一切が無く素手に裸足で、触れているものがよく分かる。
『昴』は形は普段のままだが、それは秘めている力が臨界点を突破し、逆に安定したからこそであり、文字通りに桁違いの代物になっている。
他の武装たちはその姿を隠しているが、必要になれば炎が集まることで簡単に生成できるようになっている。
「虎の如き獰猛さ。蜂の如き苛烈さ。それらを以って六連星の如き煌めきを見せよ」
俺の全身の肌へと文様が刻み込まれていく。
真っ赤なそれは虎あるいは蜂の模様のようであるが、意味を持つ文章のようにも見える。
「我と共にエフィラに至れ……『昴』!」
俺が腕を振ると同時に炎の卵が割れて消滅する。
これで変身完了だ。
『ブブ。これは……』
「文字通りの別格って事だろ」
炎が集まって蜂の形になり、色づき、ティガが誰の目にも見える形で姿を現す。
UIは……全て消滅しているな。
今更必要ないという事だろう。
『虚の書』の作用っぽい感じだが、今の俺に何が出来て何が出来ないかが全て手に取るように分かる。
とりあえず重要なこととして……時間制限はなさそうだ。
「さて進むぞ」
『ブン』
俺は法壊坑道・ストロビハ……宇宙あるいは混沌のような虚無と暗闇の空間へと足を踏み入れる。
「……」
『ブブ。これが法則の無い空間ですか。ですが……』
「ああ、問題ないようだ」
法則が無い空間。
物質がそもそも存在できない空間。
酸素、水、タンパク質、それどころか重力や素粒子までないような空間。
そんな空間を俺は自分で自分に必要なものを作りながら歩いていく。
『トビィ。腑興坑道・エフィラニまでの道を示します』
「頼む」
ティガの体が何千もの炎の蜂に分解されて、俺が行く道を指し示す。
俺はそれに従って何もない空間に道を作って歩いていく。
「現世は……まあ、とりあえずウチの国は何の問題もなさそうだな」
『ブン。余裕過ぎて暇を持て余しているレベルですね』
脳裏にフッセたちの姿が見える。
フッセたちは……まあ、合流したハンネと一緒に、元気に魔物たちを狩って、街坑道・ヒイズルガの防衛を進めている。
他の国と現実も……俺がここで開発の目を惹きつけているからだろうか、順調に事を進めているようだ。
尤も、全てが上手くいっているわけでもないようだが……まあ、それは当然のことだな。
「緋炭石、レキノーリ液、赤海月……場所が場所だけに妙な情報も流れてくるな」
『ブン。何もない空間ですが、そこにトビィとトビィが持つ何かが干渉していることで、情報が流れるようになってきているようです』
「その俺が持つ何かは、それ以上知るなよ。下手をすれば狂う」
『ブン』
緋炭石、歪みの石、歴史の余白の積み重ねを物質化させたものであり、使い過ぎれば未来の可能性を狭めることになるが、適度に使えば新たなエネルギー源になる事だろう。
レキノーリ液、歴の澱の液、緋炭石の中でも負の感情に偏ったものを液化させたものであり、敗者たちの恨み辛みと言い換えることが出来るかもしれない。
ただ、彼らから何かを学び取るとしたら、肯定よりも否定の形が主体になりそうではある。
赤海月、敵対的な異世界の神であり生物であり種族であるが、詳細はよく分からない。
分からないが……時間はかけない方がよい種族ではあるようだ。
他にも色々と情報は入ってくるが、これらの知識の大半は今だけアクセスし、覚えていられるものだろう。
きっと、人間の領域に戻ったなら、忘れてしまうに違いない。
『ブン。トビィ、着きました』
「みたいだな」
さて、歩き続ける俺の前にそれ……竜命金で作られた円盤は現れた。
ここが腑興坑道・エフィラニだ。
この中に開発たちは居る。
ただ、外で見ていたものと違って、今の円盤は黒い霧、土の蛇、無数の茨に覆われていて、誰も外には出られないように封じ込められている。
きっと監査の言っていた、包囲をしている神々の仕業だろう。
「進むぞ」
『ブン』
そこへ俺は割り込んでいく。
自分が通る分だけ霧を蒸発させ、蛇を溶かし、茨を焼いて、円盤の中へと突入した。




