584:怨霊のフロア12
「フロア12か」
『ブーン……ブンッ!? 此処は!?』
「起きたか。フロア11についてはサポートAIが稼働できないフロアだったみたいだから、気にしなくていいぞ」
『ブ、ブン。なるほど。そうでしたか……』
エレベーターがフロア12に向かって下降していく。
その中でティガが目を覚まして、申し訳なさそうな声を上げる。
まあ、フロア11については本当にそういうフロアだったから仕方がない。
仮にティガ稼働していても……ヒノカグツチノカミ様と監査の二柱が居て、色々と聞かないほうがよさそうな話をしていたからなぁ、どちらかによって機能停止をさせられていたんじゃないだろうか。
「とりあえずフロア12に出現する魔物の情報と今の俺の状態は過去ログから参照しておいてくれ」
『ブン。分かりました。ブブ、アドオン『オートコレクター』すら外して戦闘に専念する形ですか。キーパーと戦わないという選択肢はないのですか?』
「一度現実に戻ってハンネたちから話を聞く限り、ガチ戦闘しかなさそうだったぞ」
『ブン。そうですか……』
フロア12が見えてきた。
最初の部屋は……ただの木製の小部屋だな。
部屋の中には外に繋がる扉が一つあるだけで、他には何もない。
そして、部屋の外に出れば直ぐに戦闘が始まるに違いない。
「おっと」
いや、それどころではないようだ。
フロア12にエレベーターが着いたので一歩踏み出してみたのだが、それだけで分かるほどにこの小屋は安普請であり、何かしらの仕掛けによって簡単に崩れ落ちそうな感覚があった。
どうやら、この小屋に長居をさせるつもりはないらしい。
『属性は……虚無属性のようですね。トビィ』
「だろうな」
属性は当然ながら虚無属性。
監査モチーフのキーパーが出てくるのに、ハンネが見せてくれた八属性のキーパーにはそれらしき姿がなかったので当然と言えるだろう。
≪積もる怨みは僅かな傷すらも大禍とする。 ゼッタイ ニ ユルサナイ≫
「そして当然のように未知のハプニングなわけだが……ティガ?」
『ブーン。このフロア内で撃破した敵の数に応じて、被ダメージが増えていくハプニングのようです。そして恐らくは乗算ではなく加算ですね』
「ある意味では虚無属性らしいハプニングってことか」
ハプニングを告げる声もどこかおどろおどろしい。
しかし、撃破した敵の数に応じて被ダメージが固定で増えていくというのは……これまでの坑道探索で逃げることよりも戦っていることの方が多かったからだろうか。
なんにせよ、悪用も出来そうだし、被弾をトリガーにしている以上、攻撃を受けないように立ち回れば問題はないな。
「進むぞ。長居を出来る場所ではなさそうだし、ブラックハウンドが何時現れてもおかしくはないからな」
『ブン』
俺は扉を開けて外に出る。
「これは……ある意味絶景か?」
『ブーン。前回の虚無属性のフロアとはまるで別物ですね』
小屋の外は事前情報通りに露天構造だった。
ただ、俺やティガが想像していたような虚無属性っぽい感じではなく、普通のフロアのように見える風景が広がっていた。
具体的に述べるなら、基本はどこまでも広がっているような青々とした草原。
遠くには天を衝くような大樹が聳えており、黒い靄のようなものを纏っているが……これは流石にただの背景か。
もう少し近くに目をやれば、遮蔽物になりそうな岩、灌木、林、塀などがある他、池のように見える場所もある。
そして、脱出ポッドがありそうなのは……俺と大樹の間に聳える大きな屋敷の中だろうな、他に脱出ポッドが置かれそうな場所がない。
「来たか人間」
「む……」
体が動かなくなった。
どうやら例のブラックキーパー・ネラカーンによる前口上が始まったらしい。
場所は……屋敷の前、どうやらそこに監視塔と玉座を兼ねるように足場が組まれていて、そこに相手が座っているらしい。
「まずは名乗ろう。我はブラックキーパー・ネラカーンω・虚光。虚無の属性を司るネラカーンの番人である」
相手……ブラックキーパー・ネラカーンω・虚光の見た目は確かに監査とよく似ていた。
だがあくまでもモチーフと言うだけなのだろう、実物とはだいぶ違う点もあった。
「よくぞここまで来たな、人間。褒めて遣わそう」
見た目としては全身を黒い金属鎧で覆っているのは監査も虚光も変わらない。
しかし、監査の鎧が装飾控えめな実戦的なものであるとしたら、虚光の鎧は金色あるいは虹色の金属によって華美と言えるほどの装飾が施されている。
ただ、額にある目のような装飾が、無意味な装飾ではなく、見えている装飾に思えるし、全ての装飾が無駄と言うわけではなさそうだ。
関節から黒い炎が噴き出しているのはどちらにも共通している特徴だったが、監査の炎から感じたほどの禍々しさは虚光の炎からは感じず、どこか薄っぺらいように思えてしまう。
それでも熱量は十分に感じられるのだが。
背中で回る五つの輪も監査のそれは重厚と言う言葉が相応しいものであったが、虚光の五つの輪は何かのリアクターのように激しく回転している。
となれば、何かしらの役目を担っているのかもしれない。
「だが、汝の旅路はこの地にて終わる。全ては虚無へと飲み込まれて終わりを告げるのだ」
うん、総合的に見れば、確かに監査と違って勝ちの目は感じられる。
感じられるだけで、相手が弱くなったわけでも、俺が強くなったわけでもなく、普通に強いことは間違いないのだから、全くもって油断はできない訳だが。
「さあ、選ぶがいい。座して死を待つか、抗った末に果てるのか。『試練の時は来たれり。汝が新たな世界を開くに相応しき器であるかを我が権能をもって見極めよう』」
「……」
あ、監査の奴、ばっちり相手視点で見てますね。
なんか虚光の最後の方のセリフだけ威圧感が違ったので。
うん、誰か監査を監査してくれないかな?
これ、開発的にも駄目なんじゃないか?
「どちらにせよ結末は変わらず、虚無に落ちるのみだがな!」
『トビィ!』
「ああ、分かってる。戦闘開始だ」
虚光の言葉と共にそこら中から坑道予測通りの魔物が出現し始める。
総数は見える範囲でも30以上、色の比率はおおよそだが、緋色1に対して黒3と言ったところだろうか。
それと同時に、背後の小屋が崩れ落ちて消滅する。
「だからこそ告げようか。ブラックキーパー・ネラカーンω・虚光。俺は俺の生きたいように生きるだけ。つまりは殴りたい相手を殴るだけだ。だから、結末は俺がお前らを殴りまくって楽しむ。虚無も何もぶん殴る! ポケットアリーナ起動!!」
そして、魔物の出現と共に俺の体も動き出したため、俺は即座にポケットアリーナを起動。
巨大な篝火が焚かれ、正体不明の人影で観客席が満たされた、巨大な黄金のコロシアムが俺、虚光、魔物たちを取り囲むように出現した。
(・ω・)<正体不明のプログラムがインストールされたが、挙動に影響は与えていないし、なんか馴染みもいいのでヨシッ!




