578:境界にして深淵なるフロア11
「警告? ああなるほど。この先は開発としてもあまり出したくない情報が色々とあるってことか」
エレベーターが降下していく中、俺の視界にフロア11は配信が行えないエリアであることを示す通知が現れる。
と同時に、フロア11の情報を言いふらすのは防衛戦で敵が強くなるのに繋がる事や、サポートAI……つまりはティガにも話すべきでない事も示される。
ついでにフロア11には魔物が出現せず、燃料消費もしないことも告げられた。
どうやらフロア11は色んな意味で普通のフロアではないらしい。
「となるとティガは……なるほど寝てるな」
俺は視界の隅に目を向ける。
普段ならばそこには俺の視界と配信画面にだけ映る形でティガが居るのだが、今は反応しないことを示すように眠っている。
「さて着いたか」
エレベーターがフロア11に着いて、解放される。
フロア11の様子は……一言で言えばサイバーな感じだな。
床や壁はプラスチックと金属の相の子のような、黒色の不思議な材質で、そこに緋色の光が幾筋も激しく行き交っている。
まるで何かしらの情報をやり取りしているようだ。
「進める方向は前だけ、と」
後ろは壁、分かれ道もなし。
道なりに進む他ないらしい。
なので俺は本当に燃料消費がないことと魔物が居ないことを確かめた上で先に進み始める。
「これは?」
進んでいくと、緋色の光の幅が少しずつ広がっていき、それと同時に緋色の光の移動スピードそのものも遅くなっていく。
そうして光の幅が十分に広がり、光の速度が十分に遅くなると、それが光と言うよりも映写機のフィルムを1コマ1コマ流しているようなものであることに気づいた。
問題はその内容。
『何だこいつらは……一体何なんだ!?』
『助けてくれ! 金なら……金ならああぁぁっ!』
『痛い! 痛い! 痛いいいいぃぃぃぃっ!?』
「悪趣味だな。魔物による虐殺現場を撮影していたとは……いや、あの開発ならやっていても何もおかしくはないんだろうが……」
映されていたのは恐らくは『第一次防衛戦』、『第二次防衛戦』で敗れた国家に魔物が出現し、領土の占領を行っていた時の映像。
それはつまり無限に湧き出す無数の魔物によって人々が虐殺されていく光景であった。
『逃げろ! 逃げるんだ! 勝ち目がない!!』
『化け物だ! 化け物がどこからでも湧いてき……てびゅ!?』
『なんで! どうして! ゲームに負けた程度でどうしてこんなことにならないといけないんだ!!』
「むしろ分からないのは、どうしてこんな映像を俺に見せるかだな。精神攻撃のつもりか?」
ただ、その光景で俺の心が多少苛立つことはあっても、大きく動くことはない。
なにせ、これは現実について正しく情報を集めているのならば、起きていて当然の光景だからだ。
だからこそ分からない。
どうしてこんな映像をわざわざ見せているのか、この程度の映像ならば、本当に今更なのだから、配信させない理由にすらならないはずだ。
『精神攻撃の意図は一応あるだろうけど、そもそも向こうとしては君がこれを読み取れることも想定外なんじゃないかな?』
「っ!?」
不意に背後で声がして振り返る。
そこに居たのは炎に包まれた赤子……ヒノカグツチノカミ様であり、その姿を認識した俺は直ぐに片膝をついて頭を下げる。
『楽にしてくれていい。ここは一応敵地だからね。君の安全が最優先。次にこの先へ進むことだ』
「わ、分かりました」
俺は立ち上がると、通路を再び歩き始める。
『ふむ。なるほど。読み取れる条件はこちら側の知識が最低限度ある事。流している意図としては、自分たちの力の強大さを示すことで、この先の力を手にしたものの気勢を削ぐ。と言うところかな。普通のプレイヤーだと、ただの長い通路にしか見えていなさそうだ』
「な、なるほど」
えーと、ヒノカグツチノカミ様の言葉通りなら、俺がポリプーロの契約武装を持っているからこそ、様々な情報が得られる場になっているようだ。
そして、この先の力という言葉からして、ポリプーロの契約武装の先へ至るために必要な何かもこの先にはあるらしい。
『情報についてはその通りだが、この場が存在している用途については他にもある』
『おや、これは驚いた。君が入ってこられるのか。私もこの子との縁があるからこそ入ってこれたんだが……ああなるほど。そういう事か。やらかしたんだね』
『そういう事だな』
「っ!?」
気が付かなかった。
気が付けば、俺が進む先に人影が生じていて、その誰かはヒノカグツチノカミ様と話をしていた。
いったい何者だ?
『敵ではない。味方……と言われると、少々怪しいところか』
その何者かは全身を黒い鎧で覆っていて、背では五つの黒い輪がゆっくりと回転し、関節からは黒い炎が僅かに噴き出している。
全体のモチーフとして近いものを挙げるならば……仏教の明王像などが、禍々しさを除けば近いだろうか。
ヒノカグツチノカミ様との言葉、ただこの場に居るだけで感じるプレッシャー、俺の本能が訴える戦いたくないと言う感覚からして、少なくとも尋常な存在でない事だけは明らかだと言えるか。
『そうだな。トビィだったか。貴様の友人、ハンネとやら言うところの監査。そちらに属している神の一柱が俺だ。名前……名乗らないほうがお互いにとって都合がいいだろう』
「監査。それはまた……」
『そうだね。名乗らないほうが誰にとっても都合はいいだろう』
そして、俺の考えは正しかったらしい。
目の前の存在は、自身がハンネが言うところの監査であると明かした。
それはつまり、目の前の存在が何かしらの神であるという事なのだから。
『さて、少しばかり話をしていこう。お前たちが開発と称している連中について、この場が何なのか、どうして俺がこの場に居られるのか。話題は十分にあるからな』
『聞いた方がいいね。少なくとも彼がどうしてこの場に居るのか程度は』
「あ、はい」
気が付けば監査は木製の簡素な椅子に、ヒノカグツチノカミ様は揺り篭のようなものに収まり、俺の目前には現実にもありそうなパイプ椅子が置かれていた。
どうやら、それなりに長い話になるようだ。
なお、とりあえず読者にだけ明かすべき情報として、フロア12はフロア11と12、両方のリソースを使って構成される、と言うものがございます。




