570:宝物庫のフロア10
「さて、フロア10だな」
『ブン。そうですね』
エレベーターが降下してフロア10が見えてくる。
フロア10の情報としては……判明している範囲だと、侵食属性で、フライ種、ガーゴイル種、バーグラー種の三種類が確定、加えて???で表示される俺が未確認の魔物が三種類だったか。
「出来るだけ早めに抜けたいところではあるんだが……」
『ブーン。難しいと思います』
フライ種が居るので、時間が経つほどにマテリアルタワーや放置したマテリアルを利用して増殖してくるのは確実。
ガーゴイル種がいる以上、エレベーターで戦闘になる事はほぼ確定。
バーグラー種が居るので、迂闊に武装を投げると盗まれてロストしかねない。
ここに未確定の魔物、ギミック、ハプニングが加わるのだから、中々に厄介な状況である。
「さて到着」
エレベーターがフロア10に着いた。
坑道構造はたぶん普通の坑道だが、岩と言うよりはコンクリートで壁と天井は出来ているし、床はタイル張りになっている。
で、着いた先は通路であるらしく、俺の正面にはプレイヤーや魔物の接近を感知して開くと思われる、銀行の金庫あるいは水密扉のような立派で厳重な扉がある。
後方は……普通に通路が続いているだけだな。
「ハプニングは……」
≪宝物庫だ! マテリアルタワーとレコードボックスで溢れかえっている!≫
「まるで嬉しくない」
『ブン。フライ種の増殖スピードを加速させる効果しかないと思います』
今回のハプニングは宝物庫。
普段ならば喜びの涙だって流せそうなハプニングだが……今はちょっと勘弁してほしかった。
と言うのも、まず単純に第五坑道・ネラカーンのフロア10と言う赤、緋色、黒の魔物が徘徊する環境でマテリアルを探して歩き回ると言う環境が危険すぎる。
次に、見つけたレコードボックスがミミックで無い保証が何処にもない。
さらにはフライ種が居るのもマイナスだ。
ぶっちゃけ、宝物庫だろうが何だろうが、こちらとしては即降り一択なので、本当に嬉しくないのだ。
ちなみにフライ種だが。
見た目は人間の頭大のハエ。
生物系のマテリアルに触れると、そのマテリアルを消費して3体に増殖すると言う能力を持っている。
そして、黄色以上のランクになると増殖するために使えるものの対象が広がり、マテリアルタワーの状態でも増殖に利用できるし、鉱石系のマテリアル、マテリアルタワーでも増殖可能になる。
なので、今回のフロア10では、緋炭石、宝石系と幻想系のマテリアル以外のマテリアルには期待するべきではないだろう。
「急ぐか。出来れば一部屋目にエレベーターとか来てくれると助かるんだが……」
『ブーン。それは無理……高望みだと思います。トビィ』
では探索開始。
俺はとりあえず目の前の扉の前に立つ。
すると扉に付いている回す部分が高速で回転を始め、十分に回ったところで停止、それから数秒かけて開く。
この状況下でこれは……地味に嫌な遅延だな。
なお、一部屋目にエレベーターがないのは、扉の向こうにガーゴイル種が居ない時点で確定した。
「さて、部屋の中には……っ!?」
だから俺は普通に扉の中に入って……その直後に背後から感じた悪寒に反応して、反射的に前に向かって跳びつつ反転。
「ほう、避けるか」
と同時に部屋に響いたのは、床のタイルと竜命金製の大太刀がぶつかり合う甲高い音と、何かに興奮し始めているように聞こえる女性の声。
「ここでお前が来るのか」
俺が認識したのは、黒色の靄を纏った人間。
手には大太刀を握り、背には弓を携え、防具として黒塗りの当世具足を身に着け、般若の面で顔を隠し、だがその角は面からではなく己のもの。
極めて見覚えのある姿だ。
しかし、ここでそいつが来るのかと言う思いは当然ながらある。
姿だけが同じな別個体ではないか、普通に考えればその筈だ。
「ん? んー? その身のこなしに、その剣。これはこれは……驚いたな。いつぞやの神を降ろした人間ではないか」
だが、当人……いや、当鬼の言葉でそれは否定された。
そうでなければ出て来ない台詞を発してきた。
「はははははっ! いずれまた敵として見えようとは語ったが、まさか本当に見えることが叶うとは! 私がこれほどの幸運に恵まれるとは驚きだ!」
「はー……本当にお前か。黒鬼」
間違いない。
こいつは『第一次選抜試験』の第五試験で戦う事になった黒鬼……ゲーム的にはブラックオニと呼ばれた個体そのものだ。
「くくくくく、そんなに嫌そうな声をするな。確かにこの場では神の力が行使されることはないから、以前ほどの熱狂は得られないだろう。だが、多くのものの目があるのだろう? ならば、存分に戦って畏れを高めようではないか」
「断る。悪いが今の俺は戦闘よりも先に進むことを優先したい状況なんでな」
黒鬼は大太刀を構えて、少しずつこちらとの距離を詰めつつ、鬼門の能力を生かすべく方角の調整をしているように見える。
対する俺は黒鬼以外にこの部屋に魔物が居ない事を確認すると、『昴』を構えつつ後方に下がり、この部屋から脱出する隙を窺う。
「ああ、一つ言い忘れていた」
「ん?」
そんな俺の行動を嘲笑うかのように。
「この部屋は決闘部屋。敵対する者同士が揃ったのであれば、出られるのは勝者のみだ」
≪決闘部屋だ! 部屋の中の魔物を全滅させなければいけない!!≫
「!?」
俺が入ってきた扉も、他の扉も大きな音を立てつつ閉まり、ロックがかかった音がした。
「さあ勝負だ。トビィ」
「ちっ、やってやるよ。黒鬼」
どうやら戦う他に無いらしい。




