562:湧き出す黒
「此処も何も無し、と」
俺が様子を窺った建物の中には何もなかった。
それなりに広さのある塔なので、普段なら魔物かマテリアルタワーか、とにかく何かしらはあるところなのだが、どうやら核南瓜によって吹き飛ばされてしまったようだ。
『ブーン。魔物が居ないのは何時まででしょうか?』
「それはリポップにどのぐらいの時間がかかるかと言う話になってくるからな……俺にはちょっと分からないな」
まあ、無いものは仕方がない。
と言う事で俺は次の建物に向かって走っていく。
流星雨は引き続き降っているが、降ってくる方向に変わりはなく、巨大な隕石もまだ見えていないので、回避は容易なまま。
ブラックパンプキンたちによる一斉核南瓜の影響で魔物の影もないので、探索も実にスムーズである。
「ただ?」
『ただ?』
「全く魔物が居ない状態は坑道側としては良くない状況だろうからな。ある程度の数までは出来るだけ早く増やそうとするんじゃないか? つまりは一時的にだがリポップが加速する」
『ブーン。また核南瓜が来そうですね……』
「流石に連射はされないだろうけどな」
とは言え油断は禁物である。
視界内に魔物が発生してくれるなら対処は容易だが、地平線らしきものが見えるほどに広いフロアで、塔や建物と言った遮蔽物かつ屋内もある。
その辺りでブラックパンプキンが出現して、いきなり核南瓜を放つなんてパターンは普通にあり得る事だ。
だから俺は警戒しつつ、引き続き急いで探索を進めていく。
「と、やっぱりリポップは進んでいるみたいだな」
『ブン。そうみたいですね』
と、ここで遠くの方を見ていれば、霧の塊みたいなもの、昔の学者風の服を纏っているもの、巨大な南京錠と鍵束の姿が見えた。
前二つが坑道予測に出ていなかった未知の魔物二種で、後ろ一つがパドロック種だな。
やはり、普段よりリポップが早い気がする。
だがこれで未知の魔物の姿も確認できたので、警戒の方向性は少し変えられるかもしれない。
「は?」
そして、だからこそ、俺は自分に襲い掛かってきたそれが理解できなかった。
『トビィ!?』
それは建物の影から突然飛び出してきた。
全身が黒い毛皮に覆われ、冷気を纏った牙が生え揃う口を大きく広げ、冷気を纏った爪をこちらに突き立てようとしている。
「バウアッ!」
ブラックハウンドだ。
それも氷結属性の。
一瞬遅れて、その正体を正しく認識した俺へと、二重の意味で有り得ない魔物が襲い掛かってきていた。
「っう!?」
「バウバウッ!」
流石に攻撃を避け切ることは出来なかった。
牙は避けたが、爪は掠り、シールドが削られる。
だが特殊弾『黄金障壁』によってもたらされた大量のシールドはコア『ニンジャ』のマイナス補正込みでも十分に多く、削られたのは20%程度で済んでいる。
「アオーン! バウバウッ! ギャイン!?」
「いや待て、おかしいだろ。なんで坑道予測に居なかったブラックハウンドがここに居る。しかも氷結属性って……このフロアは時空属性だぞ」
攻撃を避けた俺は仲間を集めるかのように遠吠えをしているブラックハウンドをとりあえず殴る。
そして、『昴』も射出して、一気にダメージを与える。
後、ヒールバンテージを起動して、ダメージを受けたシールドの回復を進めていく。
と同時に周囲の状況を把握していく。
まず、ブラックハウンドの声は、実際に仲間を集めているのだろう。
遠くの方に見えていた他の魔物たちの進行方向が明らかに変わったのだから。
『ブブ。バグ、チート、有りませんね。正常な挙動だとシステムは判断しています』
「そうか。とりあえずトドメ!」
「ギャイン!?」
この異常事態は異常ではなく正常な状態であるらしい。
つまり、ここにブラックハウンドが居る事はおかしくないし、フロアの属性に合わない氷結属性なのも問題はない、と。
それを理解した上で俺は『昴』を数度振ってブラックハウンドを倒す。
「「バウバウッ!」」
「増えた!? いや、それよりも……」
と、ここで新たなブラックハウンドが現れる。
片方は魔力属性、もう片方は拒絶属性のようだ。
そして奴らは、塔と地面の間、角になるような部分から現れていた。
まるでそこが門であるかのように。
「どこのティンダロスだよ!? 猟犬繋がりって事か畜生め!!」
『ブブッ!? どういうことですか!? トビィ!』
「「バウバウッ!」」
とりあえず色々と察した。
これはもう戦って撃退するのは、最低限にした方がいい。
なので俺は新たに現れたブラックハウンドは無視して走り始める。
「推測になるが、ハウンド種は黒以上になると、その回の坑道探索を終えるまでは、フロアを跨いで遭遇したプレイヤーを追いかけられるようになるんだと思う。そして、遭遇した場所のハプニングの影響もしっかりと受けている。つまり……」
『つまり?』
逃げ出した俺を追いかけてブラックハウンドも走り始める。
他の魔物たちもブラックハウンドに導かれて、こっちに寄ってきている。
「これから俺たちは第五坑道を突破するまで、ランダムな属性のブラックハウンドに追われ続けます。しかも、たぶんだが、リポップ速度はブラックハウンドたちと今俺が居るフロアで別管理なので、ガンガン湧いてきます」
『ブブ……なんですかそれは……』
「本当に何なんだろうな……ハウンド種なんてほぼ最弱の魔物扱いだったろうに……」
「「「バウバウバウッ!!」」」
ため息を吐きつつ走る俺の背後には、既に三体目のブラックハウンドが追加されている。
どうやら、こちらの位置を捕捉した事で、続々と増援が送り込まれているらしい。
俺はどうやって撒くかを考えつつ、走り続ける。
そして、遠くの方で閃光が放たれた。




