555:封鎖
「グルアッ!」
「『首刈り一閃』は……いっそ分かり易いくらいに警戒しているな」
ブラックケルベロスは通路を進み、俺との距離を詰めると、左の首による噛みつきと前足による爪攻撃を微妙にタイミングをずらして放ってくる。
俺はそれを後退して避けると、反撃に『昴』を振るのだが、そうするとブラックケルベロスは左の首は素早く引き、中央の首はその反動で不規則な動きをして俺の迎撃を試みてくる。
そのため、俺は特殊弾『首刈り一閃』は使わずに普通に斬って、シールドゲージを削る事にしている。
「ガウバウ! グルアッ!」
「幸いなのは此処が通路である事に、通路が終わるまでに十分な距離がある事か」
で、ブラックケルベロスの体を一度斬ったならば、素早く引いて、再び距離を取る。
それこそブラックケルベロスが距離を詰める前と同じくらいの空間が出来るように。
なお、距離を詰め続けないのは、ブラックケルベロスが今居る場所にスカーレットトリカブトが生え始めていて、その場に留まればトリカブトの毒にやられるのが目に見ているから。
そして、背後に回らないのは、ブラックケルベロスの後方はスカーレットトリカブトが行列を作っているのに近い状態になっていて、とてもではないが、背後に回れるような状態にはなっていないからだ。
本当にここが長い通路でよかった。
此処が部屋ならばとっくにスカーレットトリカブトの毒にやられていただろうし、通路が短くても同様。
ブラックケルベロスが方向転換し、後退を図る事が難しい程度に通路が狭い事に、この先俺の背後に控えているものも含めて、本当に遭遇した場所は良かった。
「一度仕掛けて二歩下がる。これが通用するのはいいとして……」
「ガウバウ! グルアッ!」
俺はそんな遭遇状況の良さに感謝をしつつ、何度もブラックケルベロスの体を『昴』で斬りつけ、拳を叩き込み、そして距離を取る。
幸いにしてこちらの攻撃能力は『昴』のおかげで十二分、防御面もヴァンパイアマントとコア『ニンジャ』の身のこなしに特殊弾『黄金障壁』の保険で十分。
黒の魔物一体と真正面からやり合うのなら、不足はない。
カシャ!
「来たか……」
そして、そんな中で背後からバネが縮み、伸びる音、それに炎が燃え盛る音がした。
「グル……」
ブラックケルベロスもそれを視覚で認識したのだろう。
次の一撃の挙動が、俺を攻撃しつつ、避けられたならそれを打ち返すつもりであるような軌道を描き始めている。
「喰らうのはお前だよ」
だから俺は後ろに飛びながら前方向に向かって縦回転をすると言う、一般的に奇妙と言われるであろう動作を以って、背後から飛んできたそれ……この通路の罠の一つである燃え盛るバネ付き鉄球に対して、踵落としを横方向に叩き込み、勢いよく跳ねさせる。
「ガブゥ!?」
「ーーーーー……!?」
俺の踵落としによってバネが縮み、伸び、何なら『昴』の射出も乗せて、元からの推力も併せてもう加速した燃え盛るバネ付き鉄球が向かった先は勿論ブラックケルベロスの顔面。
しかも、いい感じに反射したのか、中央と左の首の両方にめり込んで跳ね返り、どちらの首にも苦悶の声を上げさせた。
シールドゲージの削りも大きい。
これは属性相性もあるだろうが、それ以上にこの燃え盛るバネ鉄球が坑道の一部であり、特定の手段以外では破壊不可能であることが大きいだろう。
破壊不可能=硬いや強いではないが、砕け散るためのエネルギーが消費されず、ぶつかった先へとほぼ一方的に伝達するのだろうから。
「一気に仕留める。オラァ!」
「ガボッ!?」
だから俺は多少の被ダメージと引き換えに、跳ね返ってきた燃え盛るバネ鉄球を殴り、再加速と射出、ブラックケルベロスの左の首へと叩きつけ、よろめきを延長させる。
その上で接近し、中央の首を千切るつもりで殴り飛ばしてシールドを粉砕。
そのまま胴体……心臓があるであろう部分に向かって拳を叩き込み、『昴』を射出。
射出された『昴』はブラックケルベロスの体を貫いて……。
「ガ……アアァ……」
撃破した。
≪設計図:ケルベロスボディを回収しました≫
「でだ」
『ブン』
で、実を言えば問題は此処からだった。
と言うか、ある意味ではこれまでが前座で、本題はこっち。
なんなら準備万端でも対処できるプレイヤーが云々についてもこっちの方が主である。
「どうするんだよ、このスカーレットトリカブトだらけの通路」
そう、俺の目の前に広がっているのは、見える範囲でも十本以上生えているスカーレットトリカブトと言う名前の魔物。
近づくだけでも大ダメージを受ける毒を周囲にバラ撒き続けている危険すぎる魔物である。
幸いなのが、能動的な行動をしない、半分ギミックのような魔物と言う点しかないような相手だ。
『ブーン。地道に処理するか諦めるかの二択だと思います……』
対処法は……俺の手持ちだと『昴』を投げ続けるしかない。
それ以外では火力不足で、相手のシールドの自然回復に追いつけない。
だが、この数相手に……なんならブラックケルベロスと遭遇した曲がり角の先にも未確認のスカーレットトリカブトが居るであろう状態で、地道に処理していくのは……流石に無理がある。
いくらなんでも燃料が足りない。
「頼むからトリカブト種に占領されていない範囲にエレベーターがあってくれ。そうでなかったらレキノーリ液来てくれ。無理やりにでも特殊弾『根絶やし』を作るから」
『ブーン。そうなりますよねぇ……』
俺は通路を戻らざるを得なかった。




