553:毒気増す混沌
「退くぞ。このままこの部屋に居たら詰みだ」
『ブン』
ブラックムカデ、スカーレットムカデ、複数体のハウンドが一つの部屋にいる上に、ウルフ種の遠吠えを聞きつけた魔物たちがこれから続々と集まってくる。
うん、対処不可能だ。
そう判断した俺は一番近くの通路に駆け込むと、そのまま部屋から離れていく。
「「チチチチチ」」
「「「バウバウバウッ!」」」
「さて、ここからどれだけ追ってくるか……」
通路に入った俺を追いかけてくる魔物は……とりあえずスカーレットムカデとブラックムカデ、それに通路に駆け込んだ時点で部屋に進入していたハウンドたちは追いかけてきているようだ。
『トビィ、ここからどうしますか?』
「そうだな……」
で、追いかけてきている魔物たちの先頭は二体のムカデ種であり、ヴァンパイアマントの機能とコア『ニンジャ』の効果で普通のゴーレムよりもかなり速く走っている俺と同じくらいの速さを発揮している。
「罠やギミック……で、止まるような奴らじゃないか」
「「セッチァッ!!」」
まあ、同じくらいの速さと言っても、俺は通路に仕掛けられている、激しく動き回る丸ノコやら、乗ると熱せられる鉄板やら、魔力で形作られた矢などの罠を回避しつつ。
対するムカデ種たちはシールドの総量、自然回復を生かして、被弾前提で突っ込んできているのだが。
ただ、時々見えるムカデ種たちのシールドを見る限り……罠で削る事は厳しいな、自然回復と釣り合っているように見える。
「だが通路で戦うのは無理だ」
『ブン。面制圧されてお終いだと思います』
となれば、通路で二体のムカデ種を倒そうとするのは止めておいた方がいいだろう。
ムカデ種はあの巨体に見合わず速く、小回りが利き、壁や天井の利用が出来る。
避けるスペースが限られている分だけ、俺の方が不利になる環境だ。
「……。こうするか」
しかし、このまま逃げ続けるのもリスクが高い。
次の部屋の危険性、罠に引っかかる可能性、何かしらの理由で距離を詰められる可能性、どれも許容は出来るだけしたくないリスクだ。
なので俺は追いかけてきている魔物を撒くために、曲がり角に手を当てて曲がる手助けにしつつ、布石を打ち、そのまま駆けていく。
「「セッチアァッ!」」
「「「バウバウバウッ!」」」
「コーン!」
「「ガウガウッ!!」」
で、駆けつつ少し耳を澄ませてみたが……何時の間にかフォックス種やウルフ種も混ざっているようだ。
そうなると、少しタイミングや飛び方を考えて……。
『ブブ!? トビィ! 次の部屋が!?』
「うげぇっ!?」
が、そんな事は言ってられないようだ。
布石を打った後に更にもう一度曲がったところで次の部屋が見えて来たのだが、その部屋の中に緋色の花をつけたトリカブト……つまりはスカーレットトリカブトが何体も生えているのが見えてしまったからである。
あんな部屋に入ったら、一瞬でシールドゲージが底を突き、シールドが無くなったゴーレムは溶けて消えるに決まっている。
間違っても無対処で入ってはいけない部屋なのは明らかである。
「「セッチ……」」
「特殊弾『煙幕発生』からの特殊弾『影渡り』!」
俺は咄嗟に部屋の直前で特殊弾『煙幕発生』付きのグレネードを足元に投げて起爆。
部屋と通路の境界が分からないように煙幕を焚く。
その上で、後方のムカデ種たちが突っ込んでくる前に特殊弾『影渡り』を発動。
煙幕が展開し終わる直前、消える間近だった自分の足元の影に滑り込む。
「さて……」
影の中は当然ながら平和だ。
だが、影の中から元の空間の様子は窺えない。
出来る事ならば魔物たちには、俺が消えたことに気づかず煙幕に突っ込み、勢い余って部屋の中に突入、そのまま無数のスカーレットトリカブトの毒によってくたばってくれると助かるが……ムカデ種にトリカブト種の毒は効くのだろうか? 俺は知らない範囲の話だな。
『トビィ。坑道予測に居なかったトリカブト種がいたという事はそういう事でしょうか?』
「そういう事だろうな。ケルベロス種……それもブラックケルベロスがあの部屋には居たんだと思う。ケルベロス種は自身より1ランク下のトリカブト種を召喚するとハンネから聞いているしな」
で、肝心のスカーレットトリカブトだが……坑道予測で示されなかったという事は、フロア7のハリガネムシと同様に何者かによって召喚された魔物と言う事。
そして、トリカブト種を召喚できる魔物については事前にハンネからレクチャーされて知っている。
その魔物の名前はケルベロス。
三つ首の巨大な犬の姿をした魔物であり、その涎からトリカブト種を生み出すことが出来る魔物だ。
呼び出されるトリカブト種の能力も厄介なら、ケルベロス種自身もDoT完全無効の上に高めの戦闘能力を持つという危険な魔物。
少なくとも、ムカデ種を含む何体もの魔物と挟み撃ちにされながら戦うような相手ではない。
「さて、そろそろ限界だ。布石に飛ぶぞ」
『ブン』
こんな雑談をしている間にも影の中に居られる時間はなくなっていく。
このまま時間が無くなれば元の空間に戻った際の場所は特殊弾『影渡り』を使った場所である上に、3秒間移動不能状態になってしまう。
で、そこにはたぶん匂いが途切れたことを不審に思うハウンド種辺りがたむろしている事だろうから、そんな場所で3秒も動けなければ、普通に死ぬ。
と言うわけで俺は布石……事前に通路の角へ貼っておいたピクトステッカーの下へと飛んで、元の空間に戻った。
≪生物系マテリアル:骨・浸食を1個回収しました≫
「やり過ごし成功だな」
『ブン。ブブ。ですが、問題は此処からですね』
「まあ、そうなんだよな……」
俺が元の空間に戻った場所には、当然ではあるが魔物の影はなかった。
05/29 スカーレットウルフの報酬追加




