550:混沌のフロア8
「っ!?」
エレベーターが降下していきフロア7からフロア8に入った瞬間。
俺は背筋が凍り付くような感覚を覚え、思わず戦闘の体勢を取ってしまっていた。
『ブブ。トビィ、どうしましたか?』
「……」
それはまるでライオン、オオカミ、サメ、ヒグマと言った危険な獣を目の前にしているような感覚……いや、それを何倍にも煮詰めたような、命の危機が目前に迫っていると理解させられるようなものだった。
だが、何故今そんな感覚がした?
そんな俺の疑問はフロア8の光景が見えてきたことで氷解した。
『ブブ、これはいったい……』
「これはまた厄介な気配がプンプンと……」
見えて来たフロア8は全面岩張りの坑道に、触れたものにダメージを与える各種ギミックが設置されているという、それだけならばごく普通の坑道だった。
だが、壁も天井も、床すらも、まるでペンキをぶちまけたかのように塗りたくられ、極彩色の彩りを見せている。
火炎属性ギミックであるバーナーが見えたかと思えば、氷結属性のギミックである冷気の噴出口があり、かと思えば電撃属性のギミックである漏電中の板もあれば、坑道予測に従った魔力属性のギミックである定期的に周囲に衝撃波を放つ塔も見えた。
この場では見えないが、きっと他の属性のギミックも何処かにあるに違いない。
明らかに異常だ。
どう見ても魔力属性の坑道ではない。
「まあいい、どんなハプニングだ?」
そしてエレベーターがフロア8に着く。
≪属性が乱れている。なにがどの属性を持つか分からない≫
『ブブ。ハプニングの名前は……混沌属性。魔物、ギミック、回収物の属性がランダムになるようです』
「なるほど」
どうやら混沌属性のハプニングと言うらしい。
だから、あらゆる属性のギミックが設置されているし、混沌を現わすかのようにカラーリングも混沌としている、と言う事か。
「とりあえず……魔力属性のマテリアル回収に支障が出そうなのは問題だな」
『ブーン。特殊弾『根絶やし』作成のために、と言う事ですか』
「そういう事だな。現状だと時空属性が先んじて手に入るかもしれないのは美味しいように見えてそこまでじゃないし、それよりも魔力属性のマテリアルが手に入らない方が困る」
言うまでもなく初めて遭遇するハプニングだが、観察だけをしていても俺にとって状況が良くなることはない。
なので俺は適当に通路を選ぶと、今居る部屋からの移動を始める。
「他に問題と言うと……戦闘、インベントリ容量、この辺にも問題が出て来るか」
『ブン。戦闘面では不意に拒絶属性を持っている魔物やギミックが出て来た時に、拒絶属性弱点であるヴァンパイアアームRで受けてしまうと問題ですね』
「だな。まあ、幸いにして他の部位は侵食属性以外に耐性があるエクソシストシリーズ。受ける方は大丈夫だろ。むしろ問題は魔物の側が侵食・火炎・電撃属性を持ってきて、同じ種類同じランクなのに倒すのに必要な手数が変わる事の方だが……その分だけ余裕を持って動けばいいか」
『ブーン。案外何とかなりそうですね』
「かもな」
通路を移動し始めた俺は火炎放射のギミックを避けると、続けてやってきた槍衾のギミックもやり過ごし、更に放たれて来たビームのギミックも銃口が見えた時点で半身になる事で避ける。
うん、順に火炎属性、物理属性、拒絶属性のギミックだな。
正に混沌属性だ。
『ブブ。インベントリ容量の問題は……残り19枠を上手く使ってくださいとしか言えませんね』
「まあ、そうなるよな。魔力属性でない、玉鋼以上でもない、現在手元にあるわけでもない、魔物から手に入ったマテリアルの内、そんなマテリアルについては捨てることも考えるべきか」
『ブーン。ハウンドからでも、少なくとも肉、骨、皮で三種類のマテリアルが手に入りますからね。それが九つの属性に分かれて手に入るのですから、最悪の場合、インベントリを27枠も埋めてしまう事になりますからね。どれだけ容量があっても持ちきれないと思います』
「そう考えると、戦闘面と言うよりは、インベントリ容量やパーツと特殊弾の生成と補給に影響を及ぼすハプニングと捉える方が正確なのかもしれない」
まだまだギミックによる攻勢は続く。
侵食属性と思しき黒い泥が壁から突然噴き出してくる。
急に天井から氷柱が生えて来て、串刺しを狙ってくる。
唐突に空間が捻じれて、回避する時間もなく直撃し、ダメージは少なかったが、その場から弾き飛ばされる。
うん、他のフロアに比べてギミックの量が明らかに多いな。
これもまた混沌属性のハプニングの影響であるのかもしれない。
「ああでも、混沌属性と言っても虚無属性は含まれていないみたいだな」
『ブーン。そう言えば見かけませんね。運でしょうか?』
「いや、虚無属性が色々と特殊だから、混沌属性のハプニングには含まれない枠なんだと思う。設定的には……混沌と虚無は一緒に出来ない、とかなのかもな」
『ブーン、なるほど?』
さて、ここでようやく次の部屋が見えて来た。
俺は魔力属性の定期的に爆発する球体と、近づいたら放電するぞと言わんばかりにバチバチしている電撃属性のギミックを難なく避けると、部屋の中に入る。
「「「「グルルル……」」」」
「コーン」
『ところでトビィ。このフロア8での戦闘は?』
「やれる範囲ではやっていく。相手の面子的に迂闊に逃げる方が危ないと思うしな」
部屋の中にあったのは五体の魔物と複数のギミック。
見た感じだと……火炎属性のレッドハウンド、氷結属性のブラックハウンド、電撃属性のスカーレットハウンド、侵食属性のスカーレットウルフ、時空属性のレッドフォックスか。
本当に赤、緋色、黒の魔物しか居ない。
そして、部屋の四隅には定期的に魔力属性の衝撃波を地面を伝う形で放つらしい柱が設置されていて、既に緑色の光が地面を這って、同心円状に広がってきている。
うん、ここまでに戦力が整わなかったプレイヤーが見たら大泣きしそうな光景が、当たり前のように広がっていた。
そりゃあ、これまでにメタの有無も分からず、突破者も出て来ないわけである。
05/24 誤字訂正




