544:トーチカ攻略・角待ち
「マンティイィス!」
焼夷ガスによって視界は塞がれ、多少のダメージを負う事にはなる。
だが、レッドマンティスはそれでも躊躇いなく焼夷ガスの中に突っ込み、突き抜け……。
「はい、ご苦労さん」
「マギュッ!?」
通路の角と言うどうしても正確な位置を把握するのに一瞬の間が必要になる位置に居た俺の拳と『昴』の射出に対応できず、壁に叩きつけられた。
「「マティ……カマァ!?」」
「お前らもだ」
続けてやってきたイエローマンティスとオレンジマンティスも同様に壁へと叩きつけられ、三体のマンティス種の巨体が積み重なる事によって通路の角では渋滞が起こる事になった。
だがこれで終わらない。
焼夷ガスと言う一瞬でも早く突き抜けたい目隠しの先で渋滞が起きているのだ。
そして、マンティス種の後ろには、大量のシープ種たちが控えていた。
「「「メエエェェーベエエェェー!?」」」
「「「マンティススウゥ!?」」」
「多重衝突事故って奴だな」
『ブーン。これはひどいですね』
であれば、勢い良く焼夷ガスを突き抜けたシープ種たちと、角で折り重なるようになっていたマンティス種たちが衝突事故を引き起こすことは当然の流れ。
彼我の衝突、通路にあった金の茨、これらが合わさる事によって、どちらのシールドも少なくない量で削れていく。
「そうだな。だからもっと酷くする」
とは言え、この場に居る魔物はシールドの自然回復能力を持つ黄色以上のランクの魔物のみで、シールドが剥がれるほどのダメージは受けていない以上、放置すればやがては全回復してしまう。
また、度重なる衝突事故によって態勢を整えることは難しくなっているが、それでも相手の数を考えると、集団に踏み込んで斬ったり殴ったりするのは危険だ。
だから俺は特殊弾『焼夷ガス発生』込みのフググレネードを再び投入。
集団の真ん中で焼夷ガスを発生させる。
「「「ーーーーー!?」」」
「その上で……おらぁ!」
これで正に阿鼻叫喚の状況と言えるだろう。
しかし、相手のシールドの総量を考えると漫然と待っているわけにはいかないので、俺は焼夷ガスからある程度距離を取ると『昴』の全力投擲を当たるを幸いに次々に投げ込んでいく。
「「「ーーーーー!?」」」
「とっとと全員くたばれ! 殴れる状況になれ! 一対一とまでは言わないが、一対三くらいでないと悠長に殴ってられないんだよ!」
『ブ、ブーン……』
焼夷ガスの中からは魔物の声だけでなく、シールドが剥がれる音が何度も響く。
魔物が出てくる気配は……そろそろ来るな。
俺はこれまでの戦闘経験からなる坑道内での一時強化を生かして、『昴』を投げるついでに床に触れて周囲の振動を探っているのだが、その振動がだんだん整ってきている事からして、もう間もなく焼夷ガスの外に出てくるだろう。
「マンテエエェェ! ガマァ!?」
「ふん!」
だが出てくると分かっているならば幾らでも対処出来る。
俺は出て来たレッドマンティスを殴り飛ばし、『昴』を射出してシールドを剥がすと、その体の大半をまだ残っている焼夷ガスの中に叩き込む。
中の混乱とシールドなし状態で受ける焼夷ガスの組み合わせは致命的なものになる。
レッドマンティスは数度の痙攣をした後に、焼夷ガスの外に鎌と頭だけ出すような形で力尽き、ゆっくりと消えていく。
「「「メエエェェーベエエェェー!」」」
「よっ、ほっ、そらそらどうした!」
そうしてレッドマンティスが消えている間にも焼夷ガスから魔物は出てくる。
なので、俺は次々に出てきた魔物を殴り飛ばし、『昴』で打ち返して仕留めていく。
勿論、相手の数が数だけに完全に無被弾とはいかないが、それでも直撃だけは避けて、弾き飛ばすことを優先する事で有利な戦場を維持する。
「ーーー!」
そんな中でそれはやってきた。
「この調子で行けば……」
それはシープ種の間を蛇のようにすり抜けると、槍の穂先のようにこちらへと突っ込んできていた。
それは全身真っ赤で、金属光沢を有する表皮を持っていて、とにかく細長かった。
それを視界に収めた時、俺は全身の毛が逆立ち、台所の黒い虫をはるかに上回るような嫌悪感を感じた。
「ハリ……」
「っおう!?」
故に俺は反射的に、そして無理やりに振っていた『昴』の軌道を変えて、それを迎撃。
その細い体を弾き返していた。
「メエェベエェ!」
「ぐっ!?」
その隙を突かれる形で、俺の体にレッドシープの体当たりが直撃し、弾き飛ばされる。
また、これまでのかすり傷の積み重ねも合わさってシールドを剥がされることになった。
「ぐっ……ティガ」
『ブン。再使用します』
直ぐに特殊弾『シールド発生』鉄を使用してシールドは復活させる。
だが、ティガに聞きたいことは他にもある。
「今さっきの魔物はなんだ」
『ブブ。情報は……レッドハリガネムシになってます』
「ハリガネムシ?」
だから俺はこちらにトドメを刺すべく再度突っ込んできたシープ種たちに後退しつつ切り結ぶ形で逆に仕留めつつ、ティガに先ほどの正体不明の魔物について尋ねる。
すると出てきた名前は俺が知らないものだった。
「どうして坑道予測に出ていない魔物が……いや、ナグルファルが倒された時に呼び出す魔物も坑道予測には載っていなかったか。となれば出本は……レッドマンティスか」
『ブーン。レッドマンティスは死後に別種の魔物を召喚する能力持ちだったのですか』
「ああ。とは言え、ハンネから話を聞いていないとなると、相当の低確率、第五坑道限定、特定のランク以上、時間差での召喚、この辺りの事情が組み合わさっていそうだがな」
ハリガネムシは俺の記憶が確かならカマキリに寄生する生物だ。
となれば、レッドハリガネムシはレッドマンティスに寄生していた可能性が高い。
そして、寄生虫が元になった魔物となると……出来るだけ攻撃は受けるべきではないだろう。
『トビィ』
「このまま後退しつつ仕留めていく。死体には完全に消えるまで近づかない。それで対応できると信じたいな」
と言うか、下手をすれば、他の魔物に再寄生して潜んでいるぐらいはありそうだ。
俺は既に焼夷ガスが晴れている通路の角から離れつつ、シープ種たちを撃破していった。
レッドハリガネムシの姿は……当然のようにない。




