525:暗中甘蕉
「んー? んー……。んんん??」
通路を歩くこと暫く。
次の部屋が見えてきた。
灯篭らしき影も、マテリアルタワーも、エレベーターもない、ただの部屋だ。
そして、その部屋には魔物の影が一つだけある。
『トビィ、何を悩んでいるんですか?』
「んー、まあ、相手の見た目がなぁ……」
魔物の影が一つだけと言うのは……まあ、分かる。
たぶん、同じ部屋に沸いたのがゴースト種だったか、坑道内徘徊をできる黄緑と黄色の魔物だったのだろう。
そうなれば、部屋に居る魔物の体表は緑っぽい事から考えて、一匹取り残されるのは分からなくもない。
分からないのは……その魔物の見た目がどうしてそうなっているかだ。
「アレは何のゆるキャラだ?」
『ブブ。トビィ、アレはグリーンバナナです』
そこに居たのは果物のバナナの一本を2メートルぐらいの長さにまで巨大化させ、着ぐるみのような手足と顔を付けた魔物だった。
たぶんだが、ショッピングモールあたりで歩いていたら、何かのマスコットキャラクターとしか認識されないと思う。
なお、普通のバナナならば茎に繋がっている方が頭側になっている。
「グリーンバナナね。消灯のハプニングに出て来ている辺り、視覚に頼らない認識方法は持っているとして……なんにせよ狩るか」
『ブン』
俺は部屋の中に飛び込む。
「バナッ!? バナーナ!」
すると、何かしらの方法でこちらの位置を認識したのだろう。
グリーンバナナは両手に三日月状の……いや、バナナ型の刃を出現させると、こちらに向かって投擲してくる。
「避けて……っ!?」
当然俺は普通に横へ動いて避けるわけだが……もともとそう言う物なのか、こちらの動きを先読みしたのか、後から動かせるのか、ホーミング能力持ちなのかは分からないが、バナナ型の刃はブーメランのように軌道を変え、回避行動を行った俺の方へと向かってきている。
「ちっ!」
なので俺は『昴』で迎撃。
どちらも空中で叩き落とす。
落としたのだが……実に奇妙な感触がした。
バナナ型の刃は武器としての面があるためだろう、外皮については緑のランクに相応しい鉄と同じ強度を持っているようだった。
問題は中身で、バナナそのものであるかのように柔らかかった。
そんな構造の結果、『昴』に弾かれた刃は白色の中身をまき散らしつつ、中身を食べた後のバナナの皮のように綺麗に広がって地面に転がる。
そして、周囲に立ち込めたのは、バナナ特有の甘くて美味しそうな香りだった。
これは……そういう事なんだろうな。
「味方の引き寄せと罠の設置を同時にこなせる投擲攻撃。第五坑道に相応しい厄介さではあるな!」
「バナーナ!」
意図は分かった。
匂いは嗅覚を有する他の魔物を引き寄せるためのものだ。
弾き飛ばして数メートル離れていても強烈に匂ってくるなら、隣の部屋か周囲の通路くらいまでなら匂いが届いてもおかしくはない。
バナナの皮が残るのは罠だ。
不確かな知識になるが、バナナの皮は良く滑ると言うのは科学的にも立証された事実であったはずで、わざわざ皮を残すなら、そこまで再現されているのは当然と考えるべきだ。
つまり、バナナ種と言う魔物は、そのマスコットのような見た目に似合わず、一回の行動で戦場に対して複数の影響を及ぼせる極めて厄介な魔物と言う事になる。
「バニャッ!?」
「だが、本体性能はその分控えめと言うか、所詮は緑止まりって感じだな」
そこまで理解した上で俺はグリーンバナナの攻撃を掻い潜り、接近。
連続で殴っていく。
うん、殴った感触も実にバナナだ。
そして、所詮は緑なので、あっという間にシールドが削れ、剥がれ……。
「ふんっ!」
「バショー!?」
撃破。
「うおっ!?」
と同時に俺はスっ転んだ。
受け身は取ったが、少しシールドが削れた。
≪生物系マテリアル:草・拒絶を1個回収しました≫
「なるほど……接近戦で倒すなと……」
『ブン。そういう事のようですね』
見れば俺の足元にはいつの間にか巨大なバナナの皮が敷かれていた。
どうやらバナナ種は倒されると同時に自分が居た場所にバナナの皮を残すらしい。
そして、接近戦で倒してしまうと、問答無用で踏みつけてしまって、強制的に転ばされると。
おまけにバナナ型の刃よりも強烈な甘い香りが周囲に立ち込めている。
これは……しばらくは取れなさそうだ。
となると、大量の魔物を呼び寄せる事にもなりそうだな。
うん、不快な臭いでは無いのが不幸中の幸いと思っておこう。
『ちなみにトビィ。バナナ種は新種の魔物だそうです。少なくとも検証班では把握していなかったそうです』
「配信のコメント欄からか? でもまあ、把握していなかったというのはそうだろうな。このレベルで危険な魔物なら、把握した時点でハンネから情報があったはずだ」
『ブーン。トビィがそこまで言いますか』
「割と真面目に乱戦で相手にしたいとは思えない魔物ではあるな。生かしておいても倒しても厄介だ」
俺はバナナの皮の範囲外まで転がって出ると、足裏の状態が問題ない事を確かめた上で立ち上がる。
さて、ここからどれぐらいの魔物が寄ってくるかだが……どうなるだろうな?




