212:ハンネは語る ※
今回は別視点となっております。
「まったく。こんな夜中にレディを呼び出すなんてどうかしているとは思わないのかしら?」
「だから一応の配慮として、現実ではなく『Scarlet Coal-Meterra082』内部で会合する事にしたのだがな」
トビィが虹蜂を撃破して第三坑道・アルメコウを踏破した日の深夜。
街坑道・ヒイズルガの一角、進入権を有さなければ入れない特別な飲食店の一室で、ハンネとデイトレは二人きりで会っていた。
だが、男女が一緒に居る事で漂いそうな甘い雰囲気は一切なく、空気は既に緊張感で張り詰めている。
「そうね。そういう事にしておくわ。ただ、特急料金は高くつくものではあるわよ」
「そちらも分かっている。遠慮なく要求しろ。私としては貴様の意見など急ぐものではないと上に言ったのだが、それを聞き入れる耳がなかったからな」
机の上に現れた、ワインと肉料理……現実であるならば極めて高級なものを模したそれをハンネとデイトレはマナーに従って口にしていく。
だが、所詮はデータであるし、この場は冷静な話し合いが求められる場。
ワインも肉料理も美味いだけで、満足感は感じるが、酔う事も鼓を打つ事もない。
よって、二人とも直ぐに食事を切り上げると、本題へ移るべく、料理は消して、各種資料を机の上に並べていく。
「『Fluoride A』のトビィがレッドキーパー・アルメコウα・虹蜂を撃破。第三坑道・アルメコウを踏破。称号『デレゲイト』を獲得した」
「知ってるわ。私も配信は見ていたし。で、それが何か問題なのかしら?」
「これらについては問題はない。問題はトビィと虹蜂の戦闘の際に虹蜂が言葉を発した事と、その内容についてだ。この部分についての意見を上は求めている。率直な感想を出してくれ」
「ふうん……」
ハンネは素早く資料を読んでいく。
資料の内容はトビィと虹蜂の戦闘中に行われた会話を文章化したものであり、配信映像では戦闘音などの雑音に紛れて聞き取りづらかったものもしっかりと文章化されている。
これはある意味で源データを直接採取できる運営だからこそのものと言えるだろう。
「そうねぇ……」
ただ、資料を読み込んだハンネからしてみれば、自分が聞き取っていた内容と齟齬が無いかをチェックするだけのものとも言え、齟齬がなかった事で逆に不満を覚えるような内容でもあった。
が、それはそれとして、ハンネは求められた以上は、率直な感想とやらを出すことにする。
「とりあえず言える事としては、こいつらはトビィの事を何も分かっていない。と言うところかしら」
「何故そうなる?」
「トビィは奪われる側、縛られる側、搾られる側じゃないもの。ただ、奪う側、縛る側、搾る側でもないわ。トビィを敢えて簡単に表現するなら……少々特殊な才能を有しているだけの小市民。これが正解よ」
「……」
ハンネの言葉にデイトレは黙る。
デイトレにとって、トビィと言う女性の戦闘能力は少々特殊な才能を有している程度のそれでは決してなかったからだ。
加えてだ。
「貴様がそれを言うのか。私の調べた限りだと、貴様こそトビィを縛っていいように使い、功績を奪い、利益を搾り取っているように見えるが?」
デイトレが調べた二人の過去を見たら、二人の関係性はそのようにしか見えなかったからだ。
「その点についてはそう見えるように私がしているのよ。私とトビィの関係性は対等。私は情報を、トビィは合法的に殴れる相手を、それぞれに得られるようにしていたら、傍目にはそう見えるようになっただけの話」
「合法的に殴れる相手、か。そんなものはボクシングのプロや空手の師範などにでもなれば……。いや、彼女の実力なら、格闘ゲーム専門のプロゲーマーにだって……っ!?」
デイトレの言葉は途中で止まる。
いつの間にかハンネの手に消したはずのフォークが握られており、その先が自分の眼球の目の前に来ていたからだ。
勿論、こんな脅しに意味はない。
ここはゲームの中であるし、戦闘が不可能なエリアでもあるのだから。
だが、それでもデイトレは動けなかった。
自分が一切感知できずに詰められていたという事実と、ハンネから漂う気配に。
「その話。トビィに向けては絶対にしない方がいいわよ。トビィは、自分の意志で、都合で、拳を振るうために生きているの。ただでさえ、現実で生きていくのが大変な衝動持ちなのよ? 自分で自分のために殴る権利を恒久的に奪われて、これ以上に生きるのが大変になったら、トビィは自分で自分で殴り殺して果てかねない。もしもそんな事になるのなら……国ごと亡びる覚悟はしなさい。私は私の欲を邪魔する存在を許す気はなく、トビィの邪魔をする人間もその内に含まれているのだから」
「……。分かった。覚えておこう」
「そう。分かればいいわ」
ハンネがフォークを置き、着席する。
「ま、要するにアレなのよ。暴力と言う手段で状況を解決する場合にはトビィの力を私が借りて、そうでない手段を使わないといけない相手なら私がトビィの代わりに相手をする。私たちの関係性はそういう事。ああでも、今は『Fluoride A』の面々にかかるそっち方面も含めて私の担当かしらね? 『Fluoride A』の法務部は優秀だけど、全部の話がそっちを通してくるわけじゃないし」
「……。そこも併せて覚えておこう」
「ええ、覚えておいてくれると助かるわ。状況的に情報は出来るだけ少人数で管理すべきでしょうから」
話が続けられる。
ハンネは笑みを浮かべて。
デイトレは少し疲れた様子を見せつつも基本は無表情のままで。
「話がだいぶ逸れたわね。えーと、そっちが聞きたいところとしては、スコの開発がどうしてこんなセリフを言わせたか、と言うところかしら?」
「ああそうだな。どう思う?」
「そんなもの単純ね。疑惑と疑念の種まき。所属組織への批判を無知な民衆にさせ、おかしいと思って調べた民衆は有知カウントになって防衛戦の難易度上昇。これが基本ね」
「やはりそうなるか」
開発の意図は明白だった。
トビィの所属組織に搾取の疑惑を持たせる。
そうする事で所属組織への批判が募れば、説明をするわけにはいかない所属組織は良くて疲弊、場合によっては何もかも曝け出して防衛戦の難易度を大幅に上げるような行動に出かねない。
つまり、ある種の破壊工作であったわけだ。
これは仮の話だが、もしもトビィが配信を行っていなかった場合、件の場面は録画されたものが何処からか公の場へと火消しできないように流出していたに違いない。
「だから対策としては、考察勢以外にとってはただのフレーバーにしてしまい、一般にはエンタメ、フィクション、マクガフィンで終わらせてしまう事。ま、言われるまでもないでしょうけどね」
「そうだな。具体的にどうするかは、もう担当者が考えている事だろう。幸いにして明日説明会もするようだしな」
「トビィに説明会を勧めた私のファインプレーね」
「そうだな……」
しかし、少なくともこの国においてはそれは失敗に終わった。
トビィは普段から楽しそうにプレイしており、一般人視点では搾取と言う言葉とは無縁。
多少裏を知っていれば、『Fluoride A』やハンネとの関わりから疑いを持つかもしれないが、それもまたトビィの言動によって自然と晴らされるに違いない。
「ま、なんにせよ大変なのは此処からでしょうね。他にも有るんでしょう? 私を急ぎで呼び出さなければいけないような話が幾つも。それとも私から口にしましょうか? ここ最近、貴方たちのおかげで情報の伝手が沢山増えているのよね」
「貴様。何時か海に沈められかねんぞ」
「知識を求めた果てにそうなるなら、それもまた本望よ。その際には、実行犯が所属する組織くらいは最低でも道連れにするけど」
「本当に何時か海に……いや、溶岩にでも沈みそうだな……」
その後も話は続き……気が付けば日が昇っていたのだった。




