205:フロア10の始まり
「さて、基本的には普通の坑道ではあるが……」
エレベーターがフロア10に到着し、俺は周囲の警戒をしながらエレベーターを降りる。
フロア10の坑道はごくごく普通の、岩肌がむき出しになった坑道であり、床には多少の凹凸、壁と天井には床よりも若干起伏が激しい凹凸がある状態になっている。
うん、物理属性の普通の坑道と言う予測通りだな。
ただ一点を除いて。
「変なのがあるな」
『ブーン。これはハチの巣であり、蜂蜜ですね』
部屋の中に高さ2メートル少々の塔が立っている。
その塔の表面には多数のハニカムが見え、ところどころから琥珀色の液体がゆっくりと漏れ出し、塔の周りに水たまりならぬ蜜だまりを形成している。
匂いは当然ながら蜂蜜のそれであり、非常に濃く、甘ったるい。
「蜂蜜ねぇ。粘性は……結構あるな」
俺は蜜だまりに近づくと、サーディンダートを手に持って、軽く突いてみる。
すると触れた場所と蜜だまりから離したサーディンダートの間に糸が張るし、離そうとする動きの際には相応の抵抗が感じられた。
どうやらこの蜜の粘性はかなり強いらしく、両足を突っ込んだら、その場から動けなくなるほどではないが、速度が大きく落ちるぐらいはありそうだ。
つまり、罠として十分に機能する事になる。
『あ、トビィ。このハチの巣は破壊可能なようです。破壊して何が起きるかは分かりませんが』
「ふうん。じゃ、とりあえず壊してみるか。ふんっ!」
なお、このハチの巣は坑道の床や壁と言った通常では破壊不可能なオブジェクトとは別物であり、普通に殴って壊せるようだ。
と言う訳で、試しに蜜だまりの外からパンプキンアームLを伸ばし、手刀の形で塔の側面を叩いてみたところ、現実のハチの巣を叩いた時の感触と同じ感触と共にあっさり壊せてしまった。
そして、破壊に伴って蜜の漏出は止まったが、蜜だまりはそのままだった。
あ、うん、これはヤバいな。
「急ぐぞティガ。蜜だまりが消えないって事は、このフロアは時間をかけたら拙い事になる」
『ブーン? ブン! ブン。そうですね。急いだほうがよさそうです』
この時点でフロア10に長居する選択肢は無くなった。
もしもハチの巣の塔がフロアの各所に建っていたら?
もしもハチの巣の塔から漏れ出る蜜の量に際限が無かったら?
もしもハチの巣の塔から出た蜜が何時までも消えないのなら?
フロア10はいずれ蜜に沈むかもしれないし、そこまではいかなくとも床全てが蜜で覆われるかもしれない。
そうなれば、今回のフロア10の魔物が、空を飛べる魔物2種に、重火器を使うので移動できなくてもそこまで支障がない1種なのだから、地面に足を着く高機動型である俺と比べてどちらが有利かは考えるまでもない事だろう。
「しかし、出現する魔物が蜂系統で偏り、罠まで蜂とは……これはまさか赤キパも蜂で、???も蜂関係だったりするか?」
『ブーン。流石にそれは偏り過ぎだと思いますが……』
俺は通路を駆け抜けていく。
うん、状況が拙い上に、魔物はオレンジオンリー、早いところ脱出ポッドを見つけて、脱出をしてしまいたいところだ。
だが、そうは問屋が卸してくれないらしい。
「最悪だ……」
次の部屋に入り、見えてしまったそれに対して、俺は思わず呟いてしまった。
『ブ、ブブ。あれは……』
その部屋にはハチの巣の塔が四本立っており、部屋の中に立つそれの向こうには脱出ポッドが見えた。
問題はそれの姿だった。
「……」
それは簡単に言ってしまえば、デイムビーを大型化すると共に、身に着けている防具を重装甲かつ華美な……俗に姫騎士と呼ばれるような存在が装備していそうなものに変えた感じだ。
詳しく述べるならばだ。
身長は2メートルほど、腕の数は四本で、武器の類は見えない。
鎧の基本色は赤、間違ってもオレンジではない。
鎧の隙間から見えている部分や胸部装甲の厚みから……と言うか、こちらを認識し、笑みを浮かべている顔からして女性。
鎧兜の端々には花をモチーフにしていると思しき、豪華で美しい装飾が施されており、間違っても一般兵卒ではないことを示している。
そんな鎧の胸部と言うか、胸の谷間には、どうしてか目のように見える模様もある。
蜂の尾部は……きちんと臀部から生えているな。
間違いない。
レッドキーパー・アルメコウだ。
「ポケットアリーナ起動」
脱出ポッドの位置からして逃げることも叶わない。
そう判断した俺はインベントリから素早くポケットアリーナを取り出し、展開。
俺とレッドキーパー・アルメコウが居る部屋を封鎖し、脱出を禁じると共に、外からの干渉が行えないようにする。
これで多少はマトモな戦いが出来るだろう。
そう思いつつ俺は戦闘の構えを取り……。
「ほう。ポケットアリーナか。逃げる気が無い、やり過ごす気がないと言うのは良い心構えだ」
レッドキーパー・アルメコウの声を……いや、言葉を聴いて、全身の皮膚が粟立つのを感じた。
「どうした? ああ、私が言葉を介したことがそんなに不思議か? あるいは恐ろしいか? ふふ、そうであるなら申し訳ない事をした。だが、ポケットアリーナが起動されたことで、多少時間をかけてもよくはなったのだ。であれば、多少の語らいくらいはしても良いとは思わないか?」
「多少の語らいね。そういうセリフは蜂蜜の漏出を止めてから言ってくれ。でないと、こっちが不利になる」
とても綺麗な女性の声ではある。
だが、冷酷で無慈悲な、敵を殺すことに躊躇いのない人間特有の響きが混ざっている。
コイツは……やばい。
「ふふふ、いい観察力に想像力だ。いいぞ。話している間は止めてやる。あの塔は私の管理下にあるからな。さて、それでは何を語るかだが……」
本格的にヤバい。
『昴』の元の持ち主であるプラヌライの騎士よりもランクそのものは下であるかもしれないが、明らかにコイツのがヤバい。
コイツは敵を殺す為であれば、何でもしてくるタイプだ。
であればだ。
「ああそうだ。まずは名乗りを挙げなければな。私の名前はレッドキーパー・アルメコウα・虹蜂。此度のフロア10の管理者であり……」
レッドキーパー・アルメコウα・虹蜂が腕の一本を真っ直ぐ前に伸ばし、手を広げる。
「貴様を殺すものである」
直後。
虹蜂の背後から五つの異なる色を持つ三角錐が飛び出し、その先端から俺が居る場所へと五色の光が放たれた。
一時的に蜜の噴出を止めていたハチの巣の塔は、止めていた分だけ溜めていたのだと言わんばかりに大量の蜜を吹き出した。
そして俺は……。
「返り討ちにしてやるよ。虹蜂」
既に二重推進によって、虹蜂へ向かって駆け出していた。




