197:トーチカスタート
「はぁ……」
エレベーターが降下する先は広々としたオフィスの中心である。
だが、そのオフィスにはコンクリートで造られた防壁が幾つも存在していると共に、緋炭石、鉄、鋼、琥珀、そして銀に似ているが銀ではなさそうなマテリアルタワーが立っている。
そして、それ以外の空間には、黄色あるいは橙色を主体としたカラーリングの魔物たちが合計で十数体存在し、その全てが既に俺の存在を認識している。
この場の名称はトーチカ、モンスターハウスとも呼ばれるものだ。
相手がイエローあるいはオレンジのランクであることを抜きにしても、マトモにやり合える場所、数、状況ではない。
「ティガ」
『ブン。全てが新規の魔物なので順に伝えます』
おまけに今回のフロア9は坑道予測では???が四つ並んでいる、出現する魔物が完全に未知と言う厄介な状況。
こうなってくると、もはや半分くらいは脊髄反射で動くくらいの気持ちでないと、数秒生き残る事も難しそうだ。
まあ、それでもまずは相手の名称確認だな。
姿と名前が分かれば、ある程度相手が何をやってくるかの予想もつく。
『まずはイエローアントとオレンジアント』
「蟻か」
「「「ギギギ……」」」
この場で最も数が多いアント種は体高が1メートルほどある巨大な蟻であり、床上だけでなく、壁や天井にも張り付いている。
体を包む甲殻は見るからに堅そうで、口の牙は相当力強そうだ。
後、尾部の先が噴出口のようにも見えるので、蟻酸を吹きかけて来るぐらいは考えておこう。
『続けてイエローミュルミドンとオレンジミュルミドン』
「蟻人間だな」
「「「ミュミュミュ……」」」
次に数が多いミュルミドン種は、デイムビーから翅を取り除き、代わりに重武装化したような魔物だ。
武器として持っているのも大剣、大斧、グレネードランチャー、バルカン砲と言った具合に、本人の動きは遅くなるが火力は高そうな代物ばかりだ。
デイムビーと大まかなデザインが似ているのは……蜂と蟻が近似の種だからだろうか?
『あの蔓はイエローアイビーとオレンジアイビーです』
「一見すると紐だな」
「「「……」」」
根元近くの葉っぱを見なければ紐かロープのようにも見えるのはアイビー種。
蔓となると……絡みついての拘束や引き寄せの類をやってくるだろうか?
他の魔物がこれだけ居る環境で拘束されたら、死に戻り待ったなし……となる前に四肢を同時に引っ張られて、車裂きになりそうだな。
まあ、シールドゲージが無ければの話だが。
『そしてオレンジレオパルドです』
「豹か」
「グルル……」
最後に、このトーチカ全体で、俺が認識できる範囲では一体しか確認できていないのがレオパルド種。
見た目からして、そのまま豹で、仮にこの場にイエローレオパルドが居たら、現実の豹と見分けがつかないだろう。
その美しさに目を惹かれそうになるが、しなやかな体に伴う身のこなし、オレンジのランクと数の少なさから想像できる戦闘能力、そう言ったものを考えれば、強敵であることは間違いないだろう。
「ふぅ。覚悟を決めるか」
『ブン。そうですね』
敵の陣営を確認した俺はまず金製の特殊弾『シールド発生』を発動して、シールドの量を少しでも増やしておく。
そしてインベントリからナマコノワタを取り出して、左腕に装着。
何時でも発動できるように備えておく。
うん、当然ではあるが戦う気などない。
一瞬で蒸発させられることが分かっているからだ。
「行く……」
「「「ギギギ……」」」
「「「ミュミュミュ……」」」
「……」
そうしてエレベーターがフロア9に到着。
俺は二重推進によって、最も近い位置にいたバルカン砲持ちのミュルミドンに向かって駆けだそうとした。
対する魔物たちも行動を開始。
アントたちは半分が尾部の先を俺の方へと向けようとし、もう半分が俺の接近に備えるように身構える。
ミュルミドンたちは銃器持ちは銃口を向け、近接武器持ちは俺をエレベーターの到着点から大きく外れさせないように牽制の構えを取る。
レオパルドはその素早さとしなやかさによって姿を眩ませ、恐らくは奇襲を狙いに来ている。
で、アイビーたちは……。
「ぞっ!?」
『ブブ!?』
そこまで思考が行った時点で、既に異常は起きていた。
俺は自分の脚に蔓状の何かが絡みついた事と、どこかに向かって引っ張られるのは知覚した。
だが、次の瞬間には既に俺の体は天地が逆さまの状態で、エレベーターが降りた場所とは全く別の場所に移動させられていた。
「な……」
そして異常は一度に留まらず、二度三度と、体の向きをランダムに変えられつつ、トーチカの何処かへと、過程無く、何にもぶつかることなく、突如として引っ張られ、強制的に移動をさせられる。
「に……」
視界が目まぐるしく変わり、三半規管が激しく揺さぶられ、ゴーレムではなくゴーレムを操る俺自身へとダメージが蓄積していく。
「が……」
誰が何をやっているのかは分かってる。
犯人はこの部屋内にいるアイビー種たちで、奴らの能力はプレイヤーを自分の近くへと引き寄せると言うものだろう。
それを何体ものアイビー種がやっているから、こんな稼働中の洗濯機の中に投げ込まれたような状態になっているのだ。
「起きて……」
問題はこれをどうやって終わらせるかだが……この状況はミュルミドンたちにとっても、狙いを付けられずに困った状態であるはず。
アイビー種の引き寄せだけではゴーレムへのダメージもない。
となれば何処かで……俺の三半規管に十分なダメージを与えたと判断した時点で攻撃が止むはずだ。
「いるかは……」
そして、アイビー種の連続引き寄せは唐突に終わった。
俺の体はほぼ上下逆さまで、肩から地面に設地しようとしており、右腕にはオレンジアイビーの蔓が絡んでいる。
ミュルミドンたちもアントたちも状況の変化に素早く反応し、俺への遠距離攻撃を始めようとしている。
レオパルドは見えない。
「分かっているんだよ!」
だが終わったならば好機。
俺は素早く頭を一回転させて周囲の状況を確認すると、接地した肩を動かして地面を弾き、それに合わせてデイムビーウィングを起動して二重推進。
俺はバルカン砲を構えるミュルミドンに向かって跳ぶ。
「グルアッ!」
「っ!?」
直後、レオパルドが俺の右足の甲から先を食いちぎり、オレンジアイビーが逃がすまいと蔓を張り、アント種の蟻酸が降り注ごうとし……それよりも早くミュルミドンのバルカン砲が火を噴き、放たれた弾丸が起動状態のナマコノワタに接触。
ナマコノワタが砕け散り消滅すると共に、俺の姿はその場から消え去った。