182:グリーンワーム
「さて、確かに谷も水場も上の空間もない、シンプルな直方体の部屋同士を通路で繋いだ坑道だな」
『ブン。そうですね』
「ただ、鉱石以前に土すらない、巨大な氷の中をくり抜いて作りましたと言う場所でもあるな」
『ブーン。まあ、そうですね。ただ、微量な金属元素は含まれているようなので、坑道の対象ではあるのでしょう』
フロア4は全面氷張り……では済まず、壁の中身も床の下も高密度かつ透明度の高い氷で出来ている。
だが、透明度が高いと言っても完全な透明ではないため、徐々に白くなっていき、表面から数十センチほどで先が見えないほどに白く見えている。
『ブブ。ところでトビィ。このような環境ですと、歩くにあたっては……』
「まあ、相応の注意を払う必要はあるだろうな。二重推進とか注意を払ってやっても、スっ転びそうだ」
また、氷だけならそこまで滑らないのだが……。
ゴーレムの体が接触した部分が圧力によって僅かに溶け、水分を生じているように感じるので、このフロアの床がゴーレムや魔物の行動に応じて融けるのは確実。
となれば、二重推進は言うに及ばず、シンプルに走るとか、グレネードが爆発するとか、敵の攻撃をその場で受け止めるべく踏ん張るとか、そういう条件で表面が融けて、滑りやすくなる可能性は高い。
よって、このフロアの戦闘では二重推進や走りではなく、デイムビーウィング単体での移動をメインにするか、踏ん張らなくても問題ないように立ち回るべきなのだろう。
「ま、普通に歩く程度なら問題はない」
『ブン。そうですか』
うーん、フロア4がこうである以上はフロア5・6も同様のフロアになっているだろうし、この環境での戦闘はともかく採掘は……ちょっと面倒な気がするな。
度重なる予定変更になってしまうが、フロア4・5・6はエレベーターを見つけ次第次のフロアへと向かう、所謂即降りをしてしまうのもアリかもしれないなぁ。
まあ、こうして考えている時に限って、最後の一部屋までエレベーターが見つからないのが俺なのだが。
「ああ、角待ちとか、角から飛び出しての攻撃とかは厳しいのか」
『ブン。そうですね。壁になっている氷の透明度も高いので、見えてしまいます』
俺は通路へと移動する。
そして直ぐに気づいたのだが、氷の壁の透明度が高いため、角の先が攻撃は出来ないが見えていると言う状態になっている。
これはいい点もあれば悪い点にもなりそうだな。
気を付けておこう。
で、次の部屋に到達したわけだが……。
「いや、厳しいのは角待ちだけじゃなかったな……」
『ブブ。なんと言いますか……少々、間抜けな姿ですね』
次の部屋の床下に居る、一体の細長い魔物の姿が氷越しに見えてしまっている。
恐らくはモール種やケラ種のように、普段は地中で活動している魔物なのだろう。
で、先端を俺の方に向けているように見えるので、近くに来たら積極的に襲い掛かってくるものだと思われる。
つまり、本来なら地中から奇襲を仕掛けてくる厄介な魔物なのだが……このフロアが全て氷で出来ているせいで、備えている姿が俺から見えてしまっている、と。
「まあ、戦うか。この環境での戦闘の厳しさとか、潜んでいる魔物が何なのかとか、気になるしな」
『ブン、お気をつけて』
では戦ってみよう。
とは言え、相手が見えているのは活用する。
「よっと」
俺はまずサーディンダートを緩い軌道で投擲し、地中ならぬ氷中に居る魔物の目前に落とす。
「……」
『こうして見ると、本当に便利ですね。肉製サーディンダートは』
「まったくだ」
すると魔物はサーディンダートが氷に触れた音か振動でも感知したのだろう。
直ぐに動き出す。
具体的にはその場で小刻みに震え出し、周囲に微かな振動を放つ。
そして、振動が一瞬止まると同時に、氷越しでも分かるぐらいに魔物は力を蓄えて……。
「ワアアァァァム!!」
氷中から飛び出す。
「あ、やっぱりミミズだったか」
『ブン。グリーンワームですね』
出てきた魔物の姿は細長い管のようであり、首輪のような帯……環帯を持っている。
だが、サイズがとにかく大きい。
直径は1メートル少しであり、長さは20メートルを下らないだろう。
超巨大ミミズだ。
「ワムワムワム……ワムゥ?」
「牙無し、触手無し、となれば酸系統か?」
『ブブ。何の話ですか、トビィ……』
「ワーム系統あるあるって奴だ。けど、環帯から蒸気のように何かを噴き上げていると言うのは珍しいな」
口の中に岩を噛み砕けるような牙や歯は見えない。
獲物を体内に取り込むのに役立ちそうな触手の類も見えない。
であれば、地中潜行及び敵を攻撃するための手段としては酸の類と見るのが、まあ良くある話だろう。
普通に魔法を使ってくるワームも居ないわけではないので油断はできないが。
環帯から蒸気のように何かを噴き上げているのは……正体が分かるまでは触れないでおこう。
最悪、酸の霧と言うのもあり得る。
「じゃ、早速殴っていきますかぁ!」
後は実際に殴ってみてだな。
という訳で、俺はデイムビーウィングを起動して、真っすぐに突っ込んでいく。
「ワムッ!」
俺の行動にグリーンワームは敏感に反応した。
直ぐに俺の方を向き、環帯から吹き上げていた蒸気を止めると、逆に周囲の空気を吸い込み始める。
これは……来るな。
「ミイイィィィ!」
「やっぱり酸か!」
グリーンワームから黄色い液体がスプレー状に勢いよく放たれる。
俺は咄嗟に床を蹴って横に飛ぶ事で、酸のブレスを回避しようとした。
が、足元の滑りが原因で思ったほどに横へ跳べず、右腕が酸のブレスに巻き込まれ、シールドが削られると共に、化学原理によるDoTを受ける。
「やっぱり厳しい……な!」
「ワムウゥ!?」
だが、それらを無視して俺はグリーンワームの懐に突っ込み、右拳でグリーンワームを殴り飛ばす。
そして、攻撃と共に拒絶属性のエフェクトとして大量の光が周囲に放たれた。
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