176:降り注ぐ白
本話には人によっては不快に感じる表現が存在します。ご注意ください。
「コイツは……!」
飛んできた石のような何かは、綺麗な緑色で体表が染められており、多少のトゲのような凹凸はあれど全体としては細長い形をしている。
俺は直感的にこれは何かからの攻撃ではなく、こいつ自身が突っ込んできてるものだと理解した。
と言うか、第一次防衛戦の反省会で見た。
コイツはグリーンナマコだ。
「「「~~~~~♯♪」」」
そんなグリーンナマコに四方八方から青と緑の光が飛んできて、まとわりつき、あらゆる色に変化してグリーンナマコ自身が強く輝く。
周囲にいるフェアリーたちからの支援、恐らくはバフの類。
一体一体のバフは微量なのかもしれないが、一体だけに集中しているので、軽視する事は決して出来ないレベルのバフになっているだろう。
『トビィ! グリーンナマコです!』
空中にいるはずのグリーンナマコが加速して俺の顔面に向かってくる。
これが直撃するのは流石に拙い。
なので俺はティガの魔物の種類を告げる言葉を聞きつつ、膝を折り曲げ、重力異常を利用した高速しゃがみでグリーンナマコの攻撃軌道から逃れる。
「だろうなっ!」
「!?」
そこから、一瞬だけデイムビーウィングを起動して軟着陸しつつ、パンプキンアームを先端ではなく肩から動かし、伸ばし、最短かつ最速の動きでグリーンナマコを下から突き上げる。
「硬いっ!」
グリーンナマコの体が天高く打ち上げられる。
だが、攻撃されたことに伴って現れたシールドゲージは、大量のバフによって20%も削れていない。
ただでさえナマコ種はシールドがない状態で攻撃を受けると、一度だけワープして逃げるので、始末をつけづらい魔物なのだが、この硬さだとシールドを割るのも一苦労になりそうだ。
そして、グリーンナマコが襲い掛かることを発端とした状況の変化はまだ終わっていなかった。
「「「ポーホホウ! ポーホホウ!」」」
「なっ!?」
『ブブ、これは……!?』
「!?」
「「「~~~~~♭♪」」」
突如として周囲の島々から鳩の鳴き声が響き、それと同時に俺、グリーンナマコ、フェアリーたちの体にデバフのエフェクトが表示される。
デバフの内容は攻撃力の低下と射程の短縮。
実に平和の象徴らしい、嫌らしい無差別デバフである。
また、声に合わせて、数羽の影が島から飛び立ちこちらへと向かってくる。
「なるほど、鳩が今回のフロア3の飛行枠か!」
「ーーー!」
俺は落ちてきたグリーンナマコを全力で殴り、弾き飛ばす。
与えたダメージは鳩のデバフ、フェアリーのバフ、ナマコ自身の耐久性が合わさった事によって、10%未満と言うレベルだ。
こうなると倒すのにかなりの苦戦を強いられることになりそうだ。
「ーーー!」
「「「~~~~~♭♭♭♪」」」
「ん?」
そんな事を思いつつ俺は構えを取る。
が、そんな俺を無視するようにグリーンナマコは島の外に向かって跳ねて逃げ、フェアリーたちも俺の事など気にする様子も見せずに島から逃げ出していく。
そして、そんな異常事態であるのに、他の島から飛び立った鳩たちはこちらからの攻撃がまず届かそうな高空を飛んで、こちらに迫ってきている。
で、こちらに迫ってくる数羽の鳩、外出時に色んなところで見る警告、逃げ出す他の魔物たち、そういった要素が組み合わさってか、唐突に一つの言葉が頭の中に思い浮かんだ。
糞害。
と言う言葉がだ。
「ふっざけんなぁ!」
『トビィ!?』
思い浮かんだ瞬間。
俺は島の外に向かって二重推進で素早く飛び出し、距離を取った。
「「「クルーポー!」」」
直後。
上空の鳩たちから白い何かが次々に落ちて来る。
落ちてきたそれは白い雨のように島へと降り注ぐ。
島へと降り注いだそれは爆発し、周囲に爆音と白い液体を撒き散らす。
それらは島を隈なく爆炎と爆風で埋め尽くしていき、それに伴って周囲には異臭が立ち込めていく。
「戦闘を感知したら、敵味方関係なしにデバフをかけて戦闘を止めた上で、一方的な爆撃によって戦っていた全員へ制裁、ってか? 少しばかり皮肉が効きすぎているんじゃあないか? と言うか、糞害は事実として起きている事だが、仮にも平和の象徴にやらせるような攻撃じゃないぞ」
『ブ、ブーン……ブルーピジョンとグリーンピジョンのようです』
白の雨はたっぷり数分間続いた。
そして、攻撃を終えた鳩……ピジョンたちは元居たであろう島へと戻っていく。
で、攻撃された島と言えば……漂白されている。
綺麗な表現をするならだ。
「あれって糞まみれだよなぁ……」
『ブーン。今、この距離からでも出来る範囲での解析をしてみましたが、生物原理、化学原理に基づくDoT空間が形成されていますね。踏み込めば、全身金属製のゴーレムでも多少のダメージは受けますし、それ以上に相当の不快感になるかと』
「うわぁ……」
実際は文字通りに糞の山である。
よく、不快だとか、不満だとか、そういう負の面を表すのにクソと言う表現が用いられ、それが積み重なればクソの山とも言われるが、まさか物理的に糞の山が築かれるとは思いもしなかった。
とりあえずフロア3の厄介枠はピジョン種で確定だろう。
「まあ、とりあえずこのフロア3全体の対処の仕方は思いついた」
『ブン? そうなのですか?』
「どいつも行動パターン自体は単純だからな」
フェアリーたちはいつの間にか戻ってきていて、俺の攻撃が届かない位置から、俺の様子を窺っている。
次のバフをかける相手を見つけるまではこのままだろう。
ナマコたちは俺が近づくまではじっとしているだろう。
さっき殴った奴は……残念ながら追えないだろうな。
ピジョンたちは戦闘を感知するまでは、それぞれの縄張りである島でじっとしているのだろう。
そして、襲い掛かってくるまでに多少ではあるが時間がかかる。
まだ見ていないリリィ種は植物で、根を張っているので、強制的に待ち伏せ型。
見つからなければ脅威はない。
となればだ。
「可能な限りの隠密をし、不意打ちで片付けていく。これが最善策だ」
『ブン。なるほど』
まず狙うべきは周囲にいるフェアリー種だろう。
俺は行動を開始した。