165:報告書の一部 ※
今回は別視点です。
「事情は把握致しました。流石に本日は持ってこれませんでしたが、『昴』を所持するために必要な書類とケースはこちらで用意しましょう」
「よろしくお願いします」
「それと、今後可能であれば『昴』を研究するために何かしらの要請がされる可能性もありますが、その際にはそちらの事情を最優先にする事は約束させていただきます」
「分かった」
ハンネが連れてきた検証班のデイトレとスバル……トビィの話し合いはスムーズに進んだ。
これはお互いが求めるものがはっきりしていると共に、出せるものが比較的簡単に出せるものだったからだろう。
「時期はどれぐらいになる?」
「そうですね……一週間貰えれば、今後トビィ様が違法行為を働かない限りは有効であり続けるような本物を準備できるでしょう。また、鍵付きの専用ケースもですね」
「ありがとうございます。しかし、そうなると、この一週間の生活必需品は……」
「そこはコレに任せますのでご安心を」
だから話は難なくまとまった。
これでトビィは『昴』を専用ケースに収めることで、日常活動を行えるようになるだろう。
そして、トビィの精神性を考えると若干の違法性を孕む書類が交付されるまでについては、ハンネが生活の支援をする事になった。
なお、コレ呼ばわりされたにも関わらず、ハンネはとても良い笑顔をしている。
「では、我々はこれにて」
「じゃあ、必要なものがあれば連絡してね。トビィ」
「ああ、分かった」
いずれにせよ話は終わり、ハンネとデイトレはトビィの家を後にする。
そして家の中から微かに殴打音が聞こえてくる中で、ハンネはデイトレに向かって即座に手を出し、デイトレはハンネに対して小型の記録媒体を渡す。
これがハンネの笑顔の理由であり、デイトレからの報酬だった。
「見るのは構わないが、意見や感想も出すように」
「勿論」
ハンネとデイトレは一緒に車に乗り込む。
そしてハンネは受け取った資料を一切の通信機能を敢えて省いた機器で読み始める。
「へー、こんな裏事情があったの」
資料の内容は第一次防衛戦での各サーバーの戦況と各国の表裏両面の事情。
特に防衛に失敗したサーバーと国については詳しく書かれている。
「この国については分かり易いわね」
「そうだな。ある意味予定通り滅びた国だ」
具体例としてはだ。
仮にこの国をA国と称しよう。
A国は小国であり、国土面積も、国民の人数も、とても少なかった。
それこそ全国民を国外に避難させても他の国の負担にならないレベルだ。
そのため、諸外国から工作員が入り、情報の流布が行われたのだ。
『Scarlet Coal』についての真実を国民に教えるという工作が。
なお、具体的にどんな情報が広められたかは資料には書かれていない。
結果、A国は大量のレッドの魔物に襲われて、防衛戦に失敗。
魔物が出現し始めた。
が、既に救出作戦は始まっており、概ね問題は無いようだった。
「此処も……まあ、ある意味分かり易いわね。利用させてやる気はない、と言うところかしら」
「そうだな。実験台になるなら自分でなれ、利用するならされると思え、という事だ」
続けてB国。
この国はA国への工作にも参加していたが、他の国にも工作を仕掛けていた。
特に自国と仲が著しく悪い国に対してだ。
そして、B国内ではきちんと情報統制がされており、我が国と同じかそれ以下程度の情報しか流れていなかった。
が、結果としてB国も大量のレッドの魔物に襲われて、防衛戦に失敗した。
それはまるで開発が、他国を実験台として提供しようと言うなら、貴国こそが実験台になるべきだと言わんばかりだった。
なんにせよ、一つ確かな事として、他国へ情報の流布と言う工作を仕掛ける事は、情報が流れた側だけでなく、情報を流した側にもペナルティがある。
これは確定した。
「分からないのはこの辺からね」
「そうだ。手を焼いている」
さらに続けてC国。
独裁色の強い国であり、圧政に近い政治が行われている国でもある。
他国への情報流布は行っていたが、それは我が国と同程度。
情報統制は徹底されており、国民はほぼ『Scarlet Coal』については知らなかった。
しかし、戦力は十分に用意されていた。
此処までしていれば第一次防衛戦は余裕と見られたが……。
C国は防衛戦に失敗した。
それも大量のスカーレットの魔物が出現するという大惨事でもって。
このC国の件を以って、何かしらの地雷が存在する事は確定した。
我が国と同程度であればともかく、スカーレットと言うレッドの更に上が出て来てしまったのだから。
「ふうん。C国の首脳陣は……もう国外に居るのね。そしてペラペラと包み隠さず喋っているのね」
「『Scarlet Coal』周りだけだがな。あの国の首脳陣が抱える闇の深さはこんなものではない」
「まあ、そうでしょうね。私でも知っているくらいに色々とやっている国だし」
「そうだ。そして、魔物が出現しているにも関わらず国民を見捨てて逃げ出したわけだ」
だが、その地雷がデイトレたちには分からなかった。
『Scarlet Coal』は全体的には公正公平。
しかし、トビィを狙い撃ちにされた件のように仕掛ける事もある。
だが、その仕掛けるにしても、凌ぎきれるレベルで終わっていた。
では、今回の件は?
デイトレたちは、自分たちが把握しているルールが全てではないと思ってはいたが、秘匿されているルールがあるにしても極端すぎた。
故に何か地雷はあるはずなのだが……やはり分からなかった。
「……。ふと思ったのだけれど、『Scarlet Coal』開発が使っている言葉って私たちと同じ言葉なのかしらね?」
「それはどういう……。いや、まさか、そういう事なのか!?」
そんな中でハンネは呟いた。
『Scarlet Coal』開発は、『Scarlet Coal』の真実を知っている人間が多ければ多いほど、知識の総量が多ければ多いほど防衛線の難易度が上がると示した。
では、ここで言う人間とは?
圧倒的な技術を有する『Scarlet Coal』開発にとっての人間とは?
我々の国では人間とはヒトである。
老いも若きも、男も女も、思想の内容、知識量の多寡、職種、その他諸々違いはあれど、ヒトは人であり人間だ。
そう思っていない人間も中には居るかもしれないが、国民の大部分の人間はそう思っており、法にも記載されていて、間違いなく共通認識である。
しかし、『Scarlet Coal』開発にとっての人間とは?
そう、同じ言葉を使っているからと深く問われてはいなかったが……その定義については誰も確認していなかったのである。
「まあ、ありそうよね。相手の実力と言うか所有する技術はこっちを大きく上回っているわけだし」
「……。無いとは言えないな。感謝する。こちらで検討してみよう」
では、もしもその定義が一般認識とは大きく異なっていたら?
その結果が今回の第一次防衛戦の結果であったのかもしれない。
この気づきを得たデイトレは、ハンネをハンネの自宅へと送り届けると、自分の組織へと向かった。
そして、何時かは反撃するべく、今は国を守るために、調査が改めて始まった。
『Scarlet Coal』の開発ですが、
・各国の首脳を正確に認識している
・全ての人間の脳内を覗き見できる疑惑あり
・正確に把握している人間が多いほど難易度が上がる
と言うのは覚えておきましょう。
そして、
・ルールの都合上、開発が提示した全てのルールを、首脳陣の部下たちが把握しているとは限らない
と言うのも覚えておくべきでしょう。
うーん、実にいやらしい。